第125話 南方諸国へ-出発-
今回の大陸連絡評議会の南方諸国への派遣はシュゼールのナエル王が初参加となる。
このため、使節団の準備は主にシュゼールとカセームで済ませることになった。
「そうそう神聖アリス教国と聖アリステリアス王国ばかりに負担を強いる訳にもいきません。我らもお役に立たねば」ナエル王は、そんなことを言った。旱魃から復興して、こちらもベビーブームになるほどの繁栄を成し遂げている。余裕が無ければ、義務も果たせないということだ。
「その通りです。とはいえ、まだまだ世話になっているのですが、出来ることからやらねば『独立した国』とは言えませんからね」とピステル。
「まさしく。むしろ完全な国などあるものではない。国としての振る舞いが、その国を表すのだ」とナエル王。
よくわからんが、無理しないように願う。俺は、もう半神だしな。まだ、知らないナエル王が気合い入れすぎないようにしないと。まぁ、バラすけど。
子供と言えばピステルの妃ピアスが懐妊したそうだ。イリス様の祝福いまだ有効ってことだ。それで、南方諸国派遣への参加を迷ってたらピアス妃に叱られたそうだ。「カセームから出発する派遣団なのに、そんなことでどうする。まだ、全然元気だし一月くらい大丈夫だから行って来い」と言ったらしい。さすがですピアス妃。
* * *
俺は飛行船を提供するので自分たちの荷物を積んで早々に出発し、シュゼール経由でカセームに到着した。
大陸連絡評議会による派遣式典はカセームのパタンで行うことになっている。本当は南方諸国への窓口となるヨセムでやりたい所だが、さすがにまだ復興が間に合っていない。国になっていないヨセムで式典は出来ないからな。それでも、かなり復興は進んでいると聞いた。
「やはり、雨が降るようになってガラッと変わったようです。気候が変わるからでしょうね」とピステル。
確かに、単に水が豊富になったという話ではない。気候が変われば人の心まで変わり、文化にまで影響する。
「変えすぎてなければいいんだけど。昔に戻ったくらいがちょうどいい。変えすぎると、彼らの文化で対応できないかもしれない」
「ああ、なるほど。そういう視点では考えていませんでしたね。単に、水が欲しいと思うだけで」
「まぁ、普通は、その願いも叶わないからいいんだろうけど、下手に叶ってしまうと予想外の事態と言うものも起こるかもしれない」
「なるほど。ちょっと注意しましょう」
* * *
「本日、いよいよ南方諸国使節団派遣の日がやってまいりました!」
南方諸国への旅立ちの日、各国に向けたビデオ配信は高らかに宣言した。
「南方諸国とは、どのような国なのでしょうか? 私たち、中央大陸、南北大陸の住民とはまた違った人たちなのでしょうか? 期待は高まるばかりです。南北大陸派遣の時と同様に、今回も各地の大陸連絡評議会加盟セレモニーはビデオ配信する予定です。どうぞご期待ください」
セシルのアナウンサーぶりは大したものだ。ただ、今回は見送り側だ。代わりに、前回見送り側だった後輩が飛行船に乗り込むことになった。アナウンサーは飛行船の常駐スタッフとしても必要かも知れない。
評議会への加盟セレモニーは、各国の事情で何時になるかは分からない。つまり、突然ニュースとして流れる。このため南北大陸派遣のときは、何時ニュースが流れるか気が気でなかったそうだ。申し訳ないので、今回は早めに予告を入れることにした。
ちなみに、今回から神魔動ストリングレコーダーを持っていく。つまり、各地の活動の録画が可能になった! セレモニーは当然ライブだが、各国の紹介映像も流せるのだ! まだ、編集機がないので、チラッと見せるくらいだが記録映像と言うものが無かった世界にこれは大きいだろう。
* * *
大陸各国のいろんな思いを乗せて、飛行船はゆっくりと上昇を始めた。パタンの住民に見送られるのもなんか新鮮だな。などと思っていたらピステルが声を掛けて来た。
「リュウジ殿、ヨセムを上空から眺めていきませんか?」
なるほど、まだ始まったばかりの復興だが、最初は大きく変わることもある。見ておくのも悪くないなと思った。
「そうですね。では、ちょっとルートを修正しましょう」
修正と言っても、ホントに少しだ。パタンからヨセムだと大体三百キロメートルほどなので、あっという間についてしまう。ついでなので、人工降雨山にGPS通信機を設置しておくことにした。
* * *
上空からみたヨセムは、報告の通り大きく様変わりしていた。赤茶けたような砂漠色ではなくなり、緑の草木と黒っぽい大地になっていた。
「変われば変わるものですね」思わず俺は言った。
「リュウジ殿のおかげです」
「派遣の帰りにでも寄れればいいんだが」
「そうですね」
人工の港には何隻もの漁船と商船らしい影も見えた。まだ売るものはないだろうが、買い手として扱って貰えるようになったのは大きい。
面白いのは、海流の関係だろうが白い砂浜がかなり広がったことだ。もともと砂浜はあったのだが防波堤がせり出したせいで流れが遅くなったため、さらに広がったようだ。もう少し広がれば、ビーチとして使えるようになるだろう。そうなれば、新しい産業が生まれる。これも新しい可能性だ。
何れにしても、南方諸国の窓口としての役割は果たせそうだとは思った。
俺達は、復興真っ最中のヨセムを後にして、一路南方諸国へ向け旅立った。
* * *
ヨセムを離れて、直ぐに海しか見えない状態になった。こうなると普通は位置が分からなくなるのだが、まだ五百キロメートル以内なので地図に赤い点として表示することが出来た。
「このGPSとは素晴らしいものですな」
マッハ神魔動飛行船の上部、神魔動飛行艇でスクリーンを見ながらナエル・シュゼール王が言った。ちょっと、俺がナエル王を飛行艇に誘ったのだ。ここは船体上部にはあるが、飛行艇の展望窓がややせり出しているので下層デッキのように眺めはいい。まぁ、目的は別なのだが。
「じゃ、ちょっと海を探検して行きましょう」俺が提案する。
「海の探検ですか?」予想外の提案に、ナエル王はちょっと怪訝そうな顔。
「はい、ちょっと出来ない体験ですよ」操縦はナエル王の妹のシュリに任せた。
「では、発進します」そう言って、すっと飛行船から離脱した。短いレールを滑って出ていくのでスムーズだ。
「ほう。素晴らしい。シュリ上手いじゃないか」ナエル王、最初は妹の運転が不安だったようだが、上手な飛びっぷりに満足したようだ。ま、とりあえず海底を楽しんで貰おう。
「着水します」すっと、静かに海面に降りた。しぶきが上がるが問題無い。
「おお、海の中が見えますな! 素晴らしい!」展望窓の外を眺めて、既にナエル王が感激して言った。
「浸水チェック完了。では、潜航します」とシュリ。
「せんこう?」あれ? シュリ、ナエル王に言ってないの?
「ななな、なんと、海に潜っていくのか!」とナエル王。
はい、潜っていきます。飛行艇なのに。もう、飛行艇って言うの止めようかな?
「これが、この船の最大の特徴です。そのまま海中を探検出来ます」
「いや、これは驚きました!」ナエル王は、ちょっと興奮した顔で言う。
「ふふふっ。兄様凄いでしょ?」
「ああ、大したものだ」シュリ、これ狙って隠してたな。
「いや~、南国の魚は珍しくはありませんが、泳ぐのを見るのはまた違いますな」しばらく驚いた表情で眺めていたが、次第に余裕が出てきたようだ。
「ここは、まだ岸に近く岩場もありますから魚影も濃いですからね」まだ、水深も三十メートル程度だ。
「しかし、飛行艇の下は見えないだろう? 上の操縦席に居て、よくこんな操縦出来るな、シュリ」さすがに、この大きさの飛行艇を海底で操縦できる妹が信じられないようだ。
「そうですね。普通の人間なら無理ですね。シュリは使徒なので千里眼で見ながら操縦出来るんですよ」と俺が解説する。
その言葉に、ナエル王は一瞬何を言っているのか分からないという表情をする。
「やはり、女神様の使徒になると違いますね」ピステルが追い打ちをかける。しかも、狙ったように。
「なんの話でしょうか?」
「実は、シュリは女神アリス様の使徒になりました」
「……冗談は、困りますよ」
「いえ、冗談ではありません。その、女神アリス様も、こちらにいらっしゃいます」そういって、手で展望席を示す。
アリスは、ゆっくりこちらを向いて微笑んだ。
「な……」ナエル・シュゼール王。固まってしまいました。
「ミゼール、シュリと交代してこい」
「了解、マスター」
操縦席から降りて来たシュリは固まったナエル王を正気に戻すべく、最近仕入れたコーヒーを淹れて兄に飲ませてやる。
「兄様、これを。南北大陸のコーヒーです」まぁ、カフェムなんだけど、俺がコーヒーと言うので中央大陸では「コーヒー」と言うことにした。
「あ? ああ、ありがとう」とナエル王。カフェインが入っているから本当は逆効果なのかも知れないが、暖かい飲み物は人を落ち着かせるものだ。
「ふぅ。ああ、やはり噂は本当だったのですね」
ナエル王、流石に噂としては聞いていたようだ。
「はい。あまり真剣に隠してはいないので、少しずつ噂は流れますよね」
「なるほど。ショックを減らす為でしょうか? それにしても、自分の身内が女神様の使徒になるとは」うん? 噂って、女神様までなのか?
「黙っててごめんなさい。兄様」
「いや、言えないことが出来るのは他家に嫁ぐものの宿命だ。既に婚約したのだから、お前はそれでいいのだよ」ふむ。やはり、この人出来るな。
「兄様。ありがとう」
「実は……」
「ちょ、ちょっと、待ってくれ」その先を話そうとした途端、話を止められた。
「すまない、椅子に座って聞いてもよろしいか?」あ、何か予感したのかな? 鋭いなこの人。見ると、横でピステルがニヤニヤしてる。お前か~。こいつを見てヤバいと思ったのかも。
当然、その後も南北大陸派遣の時のピステルと同じ運命を辿るのだった。
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