第22話 自動荷車を開発する

 旧領主館に引っ越して間もなく、町長より汎用の輸送手段開発を打診された。

 どうも飛行艇の噂を聞いたようだ。

 北の湖から引く水道が完成し作物の大幅増産が可能になったが、これに見合う大量輸送手段も必要になったというわけだ。


 飛行艇の要は強力なエナジーモジュールだ。しかし、今となっては魔法共生菌を利用したエネルギー源は使えない。あのエナジーモジュールが使えないとなると飛行は無理だ。

 飛行艇は諦めてもらい代わりに別の動力を備えた荷車を作るということで話はまとまった。町長もさすがに飛行艇その物は考えていなかったようだ。

 俺も新しい動力源の開発を考えていたので、すぐに着手することにした。


  *  *  *


 今日は図書室改め執務室兼開発室で新しく作る汎用輸送手段の打ち合わせをしていた。

 メンバーは俺、ミルル、ニーナ。それと、ニーナの友達で新たにメイド兼雑用係として採用したネムの4人だ。

 ネムについては使えるかどうかはまだわからないが、暇そうだったので入れてみた。


「車輪やフレームは飛行艇で作ったものが使えるからいいとして、一番のネックはやはり動力を生み出す機関、つまりエンジンだ」


 そう言ってピンと来てるのはミルルくらいで、ニーナとネムの頭の上にはクエスチョンマークが見える。


「エンジンってのは要するに馬の代わりだ」


「なるほど」

「わかりました」いい返事です。


 この二人の人選、問題あったかも。


「それで、馬のエサの代わりに石炭を使う。これだ」


 俺は、この世界で探し出した硬く真っ黒な石炭を取り出して見せた。


 車のエンジンを考えたとき、まず重要なのは燃料に何を使うかだ。

 燃料の火力で出来ることは決まってしまう。エナジーモジュールを使えない以上、これに代わる燃料を調達しなくてはならない。ただし、産業革命前のこの世界で使えることが前提だ。


 まずガソリンなどの石油関係は精製出来ないから無理だ。

 次の候補は石炭だ。石炭は製鉄にも使えるし重要な資源だがこの世界では使われていなかった。金属が少ないのは、これが理由だろう。だから自分で探し出す必要があった。


 ただ、俺には強い味方がいる。

 女神様に聞けば一発だ。俺も千里眼とスキャン能力を使えば出来ないこともないのだが、女神様とは雲泥の差だった。あっと言う間に見つけてしまった。場所も、山一つ越えたところにあったので、飛んでいけば直ぐである。

 そんなわけで、試作に必要な分の燃料の確保は意外と簡単だった。


「ししょ~っ、これは何ですか?」とニーナ。

「これは、木の化石。長い年月をかけて出来た木炭のようなもの。圧縮されて硬い」

「木炭ってことは、燃えるんですか?」とネム。

「ネムのいう通り、燃える。というか燃やす。この石炭を燃やして荷車を動かす」


「木炭で、そんなことできるんですか?」

「ま、それをこれから作るんだ。出来ないかもしれないが、可能性はある」


 普通に考えれば最初の動力として蒸気機関なんだが、鉄を含めて金属の少ないこの世界では結構厳しい。少ない金属で何とかしたい。

 それで、ちょっと強引だけど石炭でガソリンエンジンの4ストロークに似たものが作れないか考えてみた。地球では無理でも、魔力のあるこの世界では、ちょっと違うことが出来る気がした。

 燃料の石炭はシリンダーヘッド部分にあらかじめ埋め込んでおく。そして、魔法で石炭の表面を削りだして粉末にし点火する方式とした。

 石炭版直噴エンジンだな。吸気は空気のみだが、魔法で酸素多めの空気にしてみた。エンリッチド・エアだ。金属は今のところ真鍮くらいしかない。


 石炭を見つけたので鉄の精錬も可能なのだが試作には間に合わなかった。いい加減、一人では限界があると実感した。この辺で有能な助手を探したいが、この世界で探すと教育も必要になるだろうから簡単ではない。


 試作はシリンダーサイズ1Lとした。

 石炭直噴のリッターエンジンだ。開発は、石炭粉の量と、酸素濃度の組み合わせでひたすら試すという作業だった。


  *  *  *


「ししょ~っ、これほんとに動くんですかぁ? さすがの師匠でも無理っぽい」


 最初にニーナが愚痴をこぼした。いや、確かに見たことも無いもの作ってるので俺も自信がない。


「何言ってんの? 信じる者は救われると言うでしょ?」

「騙される、じゃなくて?」

「リュウジ、やっぱ石炭の粉をもっと細かくしないとダメなんじゃない?」


 ミルルも一緒に考えてくれてる。うーん、これくらいで粉塵爆発すると思ったんだが?


「ええ~っ、だってあれ以上細かくなんて……ああそっか、選別してみよう」


 粉砕する魔法と、選別する魔法の二重構造にしてみた。これならシリンダーと石炭が分離されるし、安定するかも。


ぼっ、ぼっ、ぼっ


「おおっ」

「なに今の?」

「これでどうだ?」


ぼぼぼぼぼぼぼ……


「よしっ」

「うわ~っ。やった~っ」ミルル飛び跳ねる。

「やれば、出来るじゃん、ししょ~っ」


 なんか、最近俺の評価が下がってる気がする。


  *  *  *


「音が大きいですね。あと黒い煙がちょっと。」


 連続運転するように調整していたら、ネムが素朴な不満を漏らした。


「ああ、そうか、マフラー無いからな。あとやっぱ煙がなぁ。この煤、これは魔法でなんとかしたいなぁ。」


 窓を開けても、部屋の中が凄いことになって止めた。

 さらに、出力が上がる様にタイミングを調整すればトルクはなんとかなりそうだ。


「煙は、煙突の煤を消す魔道具があるけど?」とミルル。

「えっ? そんなのあるの?」

「うん、あんま売れなかった」

「そうか、俺が全部買ってやる! エンジン内も掃除できるし最高だ」

「まいど~っ」


  *  *  *


「良し、じゃぁ車体に組み込んでみよう」


 マフラーと煤煙除去装置を組み込んで、いよいよ実車に乗せることにした。

 4人乗りの車体にエンジンを乗せて、いよいよ試運転だ。外見的には飛空艇に似ているが、車輪が大きくなっている。あと、浮遊装置のはみ出しが無いので全体にすっきりしている。それから、今回はハンドルを取り付けた。

 操作方法は自動車そのものだ。


「じゃ、いくぞ」

「はい、ししょ~っ」ちょっと緊張してるニーナ。

「いっちゃお~っ」嬉しくて仕方ないミルル。

「ど、どうぞ」ちょっと怖がってるネム。


 俺は、おもむろにエンジンをかけた。

 マフラーを付けたのでエンジン音は小さく低い音になった。そして、ゆっくりアクセルを踏み込む。す~っと、車体が前に進む。


「よしよし」

「おおっ」とニーナ。

「わぁ~」とミルル。

「馬がいないのに。不思議」とネム。

 だよね。


  *  *  *


 飛空艇の時のように門まではゆっくり走らせたが、今回はエンジン音がするので子供達は遠巻きにして見ている。ちょっと怖いか?


「ミルルちゃん、何だいその牛みたいなやつは」


 牛? も~っですか? 確かにそんなエンジン音だけど。もももももももも。


「魔道具だよ。馬のいらない馬車だよ」

「じゃ、牛車かい?」なんでだよ。

「違うよ~、自動荷車だよ~っ」


 あ、名前決めてなかった。ってか、今決まってしまった。


  *  *  *


 門を抜ければアクセルを踏める。今回は車として作ったのでサスペンションもついてるし、ゴムっぽい樹脂で作ったタイヤも付いている。空気のチューブは無いが。


「うわ~っ、これすごーい」ニーナが素直な感想を言う。

「す~って、進むね~。お尻痛くないし」ミルルにも好評だ。

「きゃ~っ、すご~い。はや~い。しゅーって」ネムも好きそう。


 思わず口で表現しちゃう動きだ。

 なかなか快適である。馬車などとすれ違うたびに危険なので減速するが、通り過ぎるとまた加速するので加速の度にキャーキャー言ってる。

 絶叫系マシンか。


 そんなことで、あっという間に元地獄谷まで来てしまった。この辺でUターンしとこう。じゃあ急カーブだ!


「ししょ~、なんか変です~。引っ張られる~」

「わーっ、なにこれ、押される押される~っ」

「きゃ~、誰かいます~っ」

 いません。


 試作なので暫定で二段変速にしたが、むしろこれでいいようだ。

 道が道なので、出せる速度には限界がある。さすがに街から離れると徒歩の人はあまりいないので馬車がなければかなりスピードを出せるのだが、調子に乗っているとエンジンブレーキの減速が間に合わないこともある。

 速いまますれ違ったりすると、驚かせてしまうのが申し訳ない。


「ね、いまの馬車、王族の馬車だよ。ぶっちぎっちゃったけど、大丈夫?」


 タイミング悪く速いまま馬車の横を通り過ぎてニーナに注意された。


「えっ? そなの? まぁ、こんな田舎街に来るんだから、単なる使者じゃない?」

「後で、何か言われるかも」


「あ~、速くて見えませんでした、ってことでどうだ?」

「リュージてんさ~いっ」とミルル。だが、ちょっと声が変だ。


「……ねぇ、ミルルが変なんだけど」ニーナも気が付いたようだ。

「どうしたんだ?」

「わきゃらない。魔力切れ、みたいな感じ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る