第22話 真相の謎
──ケイイチ?
──ああ、いや。うん。行くよ。
──わかった。大井署か?
──すぐ行く。
仮眠明けの寝ぼけ眼のまま通話を交わし、相棒の送迎に甘えて、言われるがまま所轄署へと足を運んだ。取調室前には先ほど電話を寄越してきた捜査一課の紅一点、三橋綾乃が待機していた。
こちらを見るなり笑顔を浮かべ「お疲れ様です!」と元気よく挨拶する。いつでも明るい彼女の陽気さには、これまでも助けられてきたものだ。
「中でお待ちです」
「いろいろわるいな」
「いえ。長くかかるようならそちらの件、サブで入りますが」
「大丈夫。すぐ終わらせる」
言いながら三度ノック。扉を開けた。
中にはふたりの男。ひとりは本庁捜査一課所属の沢井警部補と、もうひとりが、被疑者として勾留されていた男──。
「よお、来たか」
「ああ」
「じゃあ頼むぜ。いろいろ聞き出してくれ」
と、沢井に肩を強くたたかれた。
その力の込め具合から『あとで詳しいことを聞かせろよ』という意思を感じる。苦笑を返して、部屋を出ていく沢井を見送ってからゆっくりと席についた。
男はにやっと親しみを込めた笑みで、腕を広げた。
「久しぶりだな。シゲ」
「──生きてはったんかいワレ」
「冷たいこと言うなよ。十年ぶりか。もっとかな?」
どこか高慢ちきで飄々としたところは昔もいまも変わらない。
とりあえず、と大儀そうに息をつき、
「どういうことか説明してもらおか。──」
森谷は対峙する男をにらみつけた。
大井署に設置された捜査本部にて、森谷の帰りを待つ。
そのあいだは久しぶりに本庁捜査一課の仲間たちと顔を合わせたこともあり、三國もどこか気を抜いている。三橋が捜査資料のファイルをめくりながら、
「ずいぶん親しげでしたね」
とつぶやいた。
沢井がぎろりとこちらを見る。
「ここに来るまでの道中で、どういう関係なのかは言ってなかったか」
「はあ。竹馬の友だとか言ってやしたが、ホントかどうか」
「なんだかんだ森谷さんって謎多き男ですもんね。こんなことなら、あの男を留置した時点で顔だけでも見てもらうんだった」
「たしかにな。そしたらもっと早くに身元が割れただろうによ」
「はあ。────」
──それはどうだろうか。
と、三國は内心で首をかしげた。
先日、遺体で発見された萩原の家で品川区ホテル射殺事件の話が出た際、拘留中の男の処遇について及ぶと彼は明らかに私情を抱えるような反応を見せた。もしかすると、森谷は初めから男の正体を知っていたのではないか──と、疑念が浮かぶ。しかしこんなことを沢井に言えばたちまち「なんたることだ」と怒り出す可能性がある。この仮説はあくまで胸に留めておこう、と三國はくちびるを結んだ。
まあでも、と三橋がぐっと伸びをする。
「彼の証言に出てきた『六曜会』ですか。
「ああ──さっき課長づてで芹沢さんに流してもらった。だがそれがあの男の戯言な可能性もあるし、本当なら警察庁にも報告だ」
「それにしてもあの射撃の腕といい、使用弾丸がR.I.Pってのといい、六曜会って何者なんでしょうかね。それに十年も命を狙われて無事でいるあの男もたいがい謎ですけど」
「R.I.P──」
おもわずことばがこぼれた。
沢井と三橋が同時にこちらを見る。相変わらず圧の強いふたりである。
「R.I.Pがどうかした?」
「いや、関係ねえとはおもうんですが。こっちの事件でもその単語が出てきやして、なんとなく引っかかったもんで」
森谷の反応に──とまでは言わない。
さらに問い詰める姿勢を持つ沢井に、三國はこれまでの捜査でわかったことについてを簡単に伝えた。
被害者が三人になったこと。
そのうちのふたりが、闇バイトに関わっていたこと。
闇バイトの募集内容が不可解であり、その依頼主の名乗りが『R.I.P』だったこと──。
「被害状況はどんなものか、そもそもその狙われた妊婦はだれなのかも含めて捜査中ですが、実際犯行がおこなわれた可能性は高そうです。ただ、そこと二人目の被害者である宮内少年との関係性は不明瞭なんすよねェ」
「どうにも妙な事件だな。三人目もバラバラか」
「いえ。こっちは首元一閃、そっちの事件とおんなじように迷いのない一撃必殺って感じでした。だから連続殺人って括りも微妙なんですがね。でも、萩原を連行した直後にやられたっていうタイミングと、一件目、二件目の人体解体の迷いなさを考えるとどうもきな臭くって」
「事件発生時期といい、R.I.Pといい、殺人の手練れさといい──なんだかこっちの事件とも無関係と思えなくなってきましたね」
「深読みは危険だぞ。と、言いたいところだが……その闇バイトの依頼主、六曜会が絡んでいるって可能性もなくはないな。どのみち森谷が聞き出す内容如何で変わってくるがよ」
といって、沢井は大きくため息をついた。
しばらくしてから森谷が捜査本部へと顔を出した。
重要参考人の男はすでに刑務官へと引き渡したらしい。森谷はすこし疲れたような、しかしどこかさっぱりしたような顔で一同を見渡す。
「お待たせ」
「よう。待ってたぜ」
「なんやホンマに、ご迷惑かけて申し訳ない──彼とは、なんちゅーかガキのころからの知り合いでな。いうてもここ十何年はとんと音沙汰もなかったんで、正直忘れかけてたんやけど」
「彼の名前はなんです?」
「────黒須。黒須景一」
「黒須?」沢井が目を見開いた。
「ってえとお前」
「せや。いま日本を席捲しとるあの黒須一族や。といってもアレは分家の子どもやから、第一継承者ってわけやないけども。まあ、御曹司は御曹司やな」
「そんなのがどうしてこんなとこに」
「まあ、順を追って聞いた話を言うたるわ。落ち着けや」
といって、森谷は語り出した。
黒須景一は事件発生のすこし前、とある国から日本へ帰国。
空港からすこし離れた例のホテルにチェックインし、翌日に黒須の家へと帰る予定だったらしい。しかし勝手の分からぬ革新ホテルゆえ、こちらの予約ミスか、宿泊予定の部屋がツインの禁煙ルームであることが発覚。部屋を変えてもらおうとロビーに向かおうとしたところ、エレベーターロビーにて被害者一家と鉢合わせたのだという。
彼らとはそれが初対面だった。
聞けば、向こうは向こうで禁煙ルームを予約したはずが、喫煙ルームであったとのこと。小さな娘がいるため部屋を変えたいと聞き、黒須は自身の部屋はどうだと提案した。
被害者夫婦は快諾。禁煙ルームの鍵を渡したが、そのまま夕食に出ようとおもっていたこともあって「戻った際に禁煙ルームの方を訪ねるから」と、鍵を受け取らずにホテルを出たという。
それからほどなくして戻り、禁煙ルームに向かったところ、扉が薄く開いていた。わずかな硝煙の臭いを嗅ぎつけて中を覗くと、玄関すぐのところに拳銃が落ちており、それを拾って入室。そこで絶命した夫婦を発見。連れの子どもの姿が見えずに部屋内をさがしたところで、ベッド下に気を失っている灯里を発見した──。
「まだ敵がいてるかも分からんってことで、銃を構えたまま子どもを宥めてたところを、飛び込んできた警官に取り押さえられた、と。こういうことらしいわ」
と。
言い終えた森谷は、いつの間にか三橋が用意した珈琲をひと口。
沢井はボリボリと頭を掻きむしった。
「チッ。もっともらしいこと言いやがる」
「待ってください。それ、だれが通報したんです?」
「それはアイツにも分からへんのやて。『銃にはサイレンサーが装着されていたから、廊下まで音が漏れていたとは考えにくい』言うて、唸っとったわ。ホテルの従業員とちゃうんやろ」
「はい。むしろ従業員は来訪した警官から知らされたそうで、それまで殺人事件が起こったことすら気づかなかったとか。だとしたらあとは──その部屋に黒須が戻ってくることを見越した犯人が、罪を着せるためにわざと通報した?」
「ありうる話だ。が、黒須は犯人像に六曜会をあげていた。六曜会の目的はなんだ。黒須の排除なら、わざわざ夫婦を殺害する必要はない。黒須を豚箱にぶち込むのが目的なら話は別だが、それにしたってもう少し捜査をかく乱させる何かがあってもよかったはず。あれじゃあ黒須の証言と鑑識結果を照合したら、すぐにでも黒須がシロだってのがわかっちまう」
「そうですよ。黒須がそこまで饒舌に話してくれれば、こんな長いこと勾留することもなかったんです。どうしてずっと黙秘していたか、言ってました?」
といって眉を吊り上げる三橋に、森谷は苦笑を返した。
「いや、そこまでは。ただここからはオレの憶測やけどな。六曜会に命狙われとって、自分の代わりにふたりが殺された。娘さんからふたりが奪われたんは自分のせいや、ほなもうしゃーないから濡れ衣着よう思たんちゃうやろか。それにムショに入ったら少なくとも命狙われることはないやろうしな」
「──刹那的な人ですね」
「そこまで追い詰められてたっちゅうことや。十年以上、死と隣り合わせで生きてきたんやろ。疲れてたんやとおもうわ。でもいま──心変わりになるきっかけがあった」
「────」
──イッカ。
この場にいる一同全員が思った。
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