第16話 貴峰について

「ケントです!」

「おれカイト」

「あたしミユ!」

「ナオでーす」

「ミナトです──」


 子どもたちは元気に、人によってはしおらしく自己紹介をした。

 先ほどシンニュウシャごっこをしたケントとカイトは双子で、小学三年生だという。恭太郎にまとわりついた女児ふたりは、ミユが五年生、ナオが四年生。将臣を引率したミナトは小学六年生だと教えられた。

 小学生組は七名いるという。

 ひとりは灯里として、もうひとりは──と何の気なしに階段を見上げ、気が付いた。階段の踊り場からこちらを見下ろすふたりの子ども。あの女児が例の小宮山灯里だろう。もうひとりはとびきりわんぱくそうな少年だった。

「アッ。おいアカリ、また来てるぜ。おまえの王子さま」

「!」

 灯里はパッとわらって階段を駆け下りる。

 そのまま恭太郎の胸のなかへ飛び込んだ。なるほどよく懐いている。恭太郎はそれを受け止めるついでに、彼女を持ち上げてぐるんと回した。

「わははは。わたあめのような軽さだ、そうらぐるぐるーッ」

「あーん、アカリちゃんばっかずるうい。ミユも、ミユもォ」

「ウチもォ!」

「ちょっとジャマしないでよっ」

 と、女児たちはぴょんぴょんと恭太郎の周りを飛んでまわる。

 小学生といえど女は女。絵本から飛び出てきた王子様を前にすれば、たったいままで仲良くしていたふたりも途端に睨み合いがはじまる。ケントとカイトは素知らぬふりだ。なるほど、この歳で女同士の喧嘩に口を挟むことの愚かさを知っているらしい。

 渦中の恭太郎はといえば。

 灯里を床に下ろすと、女のバトルは見向きもせずにわんぱく少年のもとへ歩み寄る。少年はピッと背筋を伸ばしてこの美麗な男を見上げた。

「キミが晃成か」

「うん」

「あかりとおなじ二年生なんだろ。仲良くしてやるんだぞ」

「言われなくてもわかってらい! いまだっておれ、いっしょにあそんでたんだよ」

「うん、折紙を折ってたんだろ。あかりに聞いた。完成したの見せてよ」

「エーッ。いつ? あかり、声でないんだぜ。なんで?」

「なんでって──そら僕が王子様だからサ。さあほら作ったの持ってきな、あかりもいっしょに」

「うんっ。おいあかり行くぞっ」

 といって晃成はいきおいよく階段を駆け上がっていった。

 灯里はいっしゅん戸惑いのそぶりを見せる。が、すぐに晃成のあとを追う。そのすがたを見送った王子様は、むんとひとつ伸びをして、リビング真ん中に据えられたソファへどかりと座った。ミユとナオの存在には目もくれない。

 一瞬の沈黙。

 将臣と一花が、ふたりを見る。泣くか──という懸念は杞憂におわった。邪険にされたはずの彼女らは、不敵な笑みと腕組みをコンボし、

「つれないのもステキよね」

「やさしいばっかりじゃ、だめなのよ」

 などと愛の遍歴者ばりのことを言った。

「女性はたくましいな」

「愛を通じて真理を知る生き物なのよ」

 将臣と一花がつぶやく。

 となりで聖子が吹き出す気配がした。


「ツルは折れるよ!」

「チューリップはどうやるの」

「オレ、かぶとにする」

 子どもたちはすっかり折り紙に夢中である。

 恭太郎と灯里が始めたものだが、意外にも一花が多彩な折り方を披露したことでみな我も我もと参加したのだ。将臣と聖子は、すこし離れたダイニングからその光景を眺めている。

「仲が良いですね。みんな」

「そうだね。喧嘩はあるけど、なんていうか──友人同士にあるようないじめとかはないんだよ。気に食わなかったら堂々と喧嘩で晴らすんだ」

「家族だからでしょうかね」

「だとしたら、嬉しいよ。児童養護施設にいるからってみんな親がいないってわけでもないんだ。親とは離れて暮らしているけれど、親との面会は楽しみって子もいるし、逆にもう二度と会いたくないって子もいる」

「ひとりひとりに寄り添うことの難しさは、ぼくも痛感しています。こう見えて寺の息子なので」

「あらァ。それじゃあ人付き合いも大変だね」

「ええ、そう思ってましたが──ここに来たらそんなのは些細なことだと思い知らされました。おれもまだまだ子どもだな、と」

「子どもでいられるうちは、いりゃあいいんだよ。いずれ嫌でも大人にならなきゃいけないときがくる。そう考えるとタカなんかは、ちょっと可哀想だったかな」

 タカ、とは三國貴峰のことだろう。

 聖子は手元の湯呑をいじりながら微笑んだ。

「あの子はまほろばの第一児だから、必然的にみんなのお兄ちゃんだった。本人もその自負が強くてねえ。早く自立して大人になりたいってずっと思ってたみたい。アタシたちにはもちろんそんなこと言いっこなかったけどさ、でもあるとき急に警察学校に行くって言い出して。あの子ってドライでしょ? 昔からすごく冷静なんだ。どこまでも理詰めで考えて──いまおもえば、自分は警察官に向いているっておもってたんだろうね」

「三國さんはどこか達観しているというか、腹が据わっているというか──そういう印象があったんですが、納得です。とはいっても三國さんとはあまり話す機会がなかったんで、警察の皆さんとお話しする姿を見た印象ですけど」

「ああ、将臣くんも知ってる? あの子の同僚さんたち」

「ええ。沢井さん、森谷さん、三橋さん」

「そのお三方には感謝してもしきれないよ! あの子、捜査一課に異動してからずいぶん変わったもん。いつだか沢井さんと森谷さんが、うちに顔を出してくれたことがあってね。ここが三國の家か、ってタカのことすごくかわいがってくれて。あの子も満更じゃない感じでさ。あんなタカのすがた初めて見た。やっと──甘えられる場所を見つけたんだなっておもって」

「あのおふたり、安心感すごいですからね」

「あははっ。そうだろ、それに綾乃ちゃん。あの子はタカよりあとに捜査一課に来たみたいだけど──なんだってあんなに度胸があるんだろう! 警察官ってみんなああなの?」

「さあ──ぼくも、あの四人以外はそれほど知りません。ただ森谷さんとはよくお食事に行くんですが、しょうもない上司や同僚についての愚痴をこぼすところを見ると、みんながみんなああってわけじゃなさそうですね」

 といって、将臣は苦笑した。

 森谷茂樹とは、高校の卒業旅行先で知り合った。そこで凄惨な事件に遭遇し、力を合わせて真相にたどりついたこともあって、こうして東京に戻ってきた今ではなにかと目をかけてもらうようになった。いまでは食べ放題仲間として、よく食事に行くほどに。

 そうだよねえ、と聖子が肩を揺らす。

「タカが楽しそうでよかったよ。幼少時はほんとうに割を食ったから──」

「────」

 それは半ば独り言のようであった。

 ゆえに、将臣もそれ以上の詮索は避けた。三國の幼少時ということはおそらくまほろばに来たきっかけともなろう話のはず。本人不在のところで聞くべき話でもないとおもった。

 将臣の心意気を悟ったか、聖子はパッとむりやりに笑みを浮かべた。

「あはは。なんかしんみりさせちゃって、ごめんなさいね。あなたお寺の息子さんだけあって、お話し聞くのが上手だからついさ」

「いえ。聞くのは好きです」

「あらやだ、もうこんな時間!」

「なにか用事が?」

「うん、ここのオーナーが来るんだよ。面談──ってほどのたいそうなもんじゃないけどね。雑談がてら困ったことがないか視察に来てくれるんだ」

「オーナーというと、福祉法人のお偉いさんとかですか」

「ああ。理事長様だよ」

 あなたはまだゆっくりしててね、といって立ち上がると、聖子はあわただしく来客準備に取り掛かった。

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