第13話 想定外の自白

 時刻は午後七時。

 勤め先とされる某工場にたどり着いたころにはすでに工務は終わり、工場はシャッターで閉ざされていた。代わりに、事務所とおぼしき併設のプレハブ小屋からは、ぼんやり明かりが漏れている。

「森谷さん」

「ああ、まだいてるとええがな」

 唸るようにつぶやき、アルミ扉を三度ノックした。

 しばしの沈黙。そののち、物音とともに扉がゆっくりと開かれる。顔を覗かせたのは小太りの壮年男性だった。彼は目をぱちくりと見開いてこちらを見つめている。スーツの来客者は慣れていないのか、あるいはこの時間帯の訪問がめずらしいのか。男は森谷と三國を交互に見てからようやくひと言

「どちらさま──?」

 とつぶやいた。

 三國がすかさず警察手帳を見せると、男は顔を引きつらせてふたりの刑事を凝視する。

「け、警察の方」

「警視庁の者です。失礼ですがあなたは」

「こ、ここの工場長をしとります。児玉三郎です」

「工場長さんですか。どうも、捜査一課の森谷と三國です。あー、お宅の萩原哲夫さんにお話をお伺いしたかったんですが、まだいらっしゃいます?」

「萩原? ああ、いや。萩原ならもう帰りましたよ。──あの、それで萩原がなにかしたんですか」

「いやいや! 先日起きた殺人事件で、被害者とお知り合いやと聞いたもンですから。しかし帰られはった。どちらに行かれたかご存じでらっしゃいます?」

「はあ──そっちの飲み屋街のどこかにいるか、あるいは金欠って言ってたんで家に帰ったかも。ええっと、家の場所教えましょうか」

「助かります!」

 と、森谷はにこにこわらって三國に肩を寄せた。代わりにメモをとれ、という意味だろう。聞けばここから十分ほどいったところにあるアパートらしい。工場長が提示してきた履歴書を頼りに三國がメモをとるあいだ、森谷は萩原について工場長に聞き込みをはじめた。万が一仲間割れによる犯行だった場合、ここで得る情報も重要になる。

「ははあ。っとなると、もう五年くらいここで」

「ええ。まあ、勤務態度はわるかないですよ。無断欠勤とかもとくにないし──動作も早いしね。ただ口数はちょっと少ないかな。ま、俺らがうるせえんだけどさ! がはははは」

 自身への嫌疑による警察訪問でなかったと知り、すっかり心をゆるしたのか、彼はリラックスした顔で答えた。

「ちなみに──なんや金の話とか聞いたことあります? 大金もらえそう、とかそういう」

「えっ、ああ──借金してるなんて話は聞いたけどね。それは俺が立て替えてやってさ、いまそれを返済してもらってるとこ。ホント、真面目に働いてくれてるんだよ。もしそんなうまい話があるなら俺に話してるとおもうよ。──なに、カネ絡み?」

「いえ。たとえばの話です」

 と、森谷は終始貼りつけた笑顔で応対し、三國がメモを取り終えたのを確認するや、頭をぺこりと下げた。

「いやあどうも、助かりました。また何かありましたらお伺いするかもしれませんが。そのときはどうぞよろしゅう」

「ああはい、ご苦労さんです」

 なおも好奇心を隠し切れない様子だったが、森谷がさっさと踵を返したので口は開かず、警察車両が駐車場から出てゆくのをしばらく見送っていた。

「あの人、下手したらホントにずっと喋ってそうっすね」

「おん。どこかに重要な証言があればええけどよ、オレがむかし聞き込みで当たった人で二時間半喋りどおしのオバはんがおってんけど、どう頑張って聞いても一言一句無駄な話しかのうてよ」

「うわサイアク」

「泣きそうなったわ。ホンマ」

「今回は無駄足じゃねえといいんですがねィ」

 と、三國の運転で向かった該当アパート。

 せせらぎ荘。見るからにオンボロである。通路のライトは切れかけており、ところどころの部屋に外付け洗濯機が置かれている。萩原哲夫の部屋は二階の二〇三号室とのこと、ふたりは慎重に階段をあがって部屋前へとたどりついた。

 森谷とのアイコンタクトののち、三國がベルを押す。

 ベエエエ、と独特な音が部屋内に響くのが聞こえた。玄関扉の横の摺りガラス窓から中をさぐるかぎりでは、電気はついておらず薄暗い。しかし刑事の勘というべきか──人の気配は、ある。

 音沙汰はない。ふたたびベルを押した。

 ベエエエ。

 森谷が薄いドアを軽くノックする。

「萩原さーん。警察ですが」

 ガタタッ。

 音が聞こえた。やはり、中に人がいる。

 まもなく足音が迫ってきて、開錠ののち、ドアが開いた。

「────え?」

 顎に蓄えた無精ひげと、二本の反っ歯が特徴的なひとりの男が顔を覗かせた。彼はひじょうに不機嫌な顔で三國と森谷を見比べる。どうやら仕事が終わって早々に帰宅するなり、寝ていたらしい。寝ついたころだったのに──とぼやく萩原を前に、三國が警察手帳を見せた。

「お疲れのところすみません。ちょっと、ご友人のことでお話をうかがいたく」

「友人?」

「藤井隆文さん。ご存じですよね?」

「藤井──いや、」

 と、萩原はがしがしと頭を掻く。

 困惑した顔を見て、三國は(あれっ)と思った。この顔は、嘘をついているようには見えない。森谷は懐に手を突っ込むと、一枚の写真を取り出した。一人目の被害者藤井隆文の免許証写真をすこし引き延ばしたものである。

「この人です」

「──あ、」

 沈黙。

 萩原の顔はみるみる青ざめ、わずかに後ずさった。瞬間、森谷はぎらりと目を光らせて一歩踏み込む。

「ご存知──の、ようですね」

「いや。た、たいした知り合いじゃないです。ホントに」

「でも知っていらっしゃる。どこでお知りに?」

「…………」

 男は沈黙する。

 胡乱な目をさ迷わせ、直後身を反転すると部屋のなかへと駆けこんだ。しかし一瞬の隙を逃さない。とっさに伸ばした三國の手が萩原の腕をつかみ、そのまま廊下に抑えつけた。

「公務執行妨害。十九時三十二分、確保」

「逃げたらあかんわお兄さん。──サツの思うつぼでっせ」

 といって、森谷は下卑た笑みを浮かべた。


 半ばむりやりではあるが。

 所轄署へと連行した萩原哲夫は、取調室へ入るなり全身をふるわせて額をデスクにこすりつけた。突然の奇行におどろいたが、森谷は三國を書記席へ座らせるや大儀そうに彼の対面へと腰を下ろす。

 萩原は顔を伏せたままさけんだ。

「す──すみません。すみませんっ」

「なんや。なにに謝っとん」

「でも、違うんです。ホントに金がなくて──」

「自分が金欲しかったらなにしてもええんか」

「してません。応募しただけで、でも結局やりませんでした。本当です!」

 応募?

 予想外のことばが出た。それはそうだ。そもそも、我々は萩原に対して嫌疑があったわけではなく、単純に前科歴のある藤井隆文についての話を聞こうとおもっただけなのである。しかしこのようすでは、どうやら彼自身にも表に出ていない罪があると見える。この分だと、空き巣か。強盗か。

 森谷は平然とした顔で萩原を見下ろしている。

 このまま、知ったような顔で萩原から引き出すつもりなのだ。彼の自白を。

「応募についてもう少し詳しく」

「や、闇バイトのサイト。──高単価な仕事はいくらでもあるから」

「そおやなァ。で、仕事内容は。いくらで?」

「お──女を犯して二百万」

「────」

 キーボードを打つ三國の手が止まる。

 森谷の眉根が一気にひそまる。

 思った以上に、きな臭い内容となりそうだ。

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