第712話 『大日本国銀行』

 天正十二年十一月二日(1583/12/15) 肥前国庁舎


 最上義光に送った質問状については、予想通りの回答がきた。要するに単なる軍事訓練であり、他領への侵攻の意図はまったくない、という事である。


 真偽のほどは別として、純正は念のため、義氏に国境の警備を怠らないように伝えた。さらに越中の北方方面軍から一個旅団を海路で大宝寺領へ移送し、国境へ配備させたのだ。


 同時に村上郡の国人たちにも書状を送った。

 

 最上の傘下に入るのは自由意志で関知するところではないが、新政府に加盟(国人規模が小さいので直轄地)した方が今後の事を考えるとよいのではないか? と打診したのだ。


 期限は決めず、放置状態である。


 純正がそうしたのは、新政府内で起きているような経済格差が、もっとひどい状態で新政府加盟国と非加盟国の間で起きていたからだ。

 

 人間の生存本能とは理性でどうにかできるものではない。


 飯が食えなければ食える方法を考え、方法がなければ食える場所にいく。人も、物も、金も、集まるところに集まるべくして集まっていくのだ。





「さて、どうしようか」


 最上義光の件はそのまま放置しておくとして、寝ても覚めても金、金、金である。とにかく新政府は金が足りないのだ。


 純正はこの問題を解決すべく、『大日本国銀行』の設立を考えていた。肥前国(州)で設立され、州内で運用されていたシステムを、新政府でも行おうと思ったのだ。


 各州の予算に関しては交付金として配布しているが、小佐々州と織田州以外は他州(小佐々と織田)から徴収した国税を配分している状態である。


 三番手の武田でさえ不足しているという点が、新政府の台所事情をよく表している。


 各州の歳入が増えれば新政府の歳入も増えるのだが、簡単にはいかない。明治政府が初めの頃に金がなかったように、この新政府も金がないのだ。


 純正からの相談に、純久は答える。


「なかなか難しい問題だな」


 純久は、純正から外務次官兼京都大使館大使の肩書きをどうするか? と希望を聞かれていた。


 大使として外務省として残るのであれば、朝鮮・琉球・ポルトガルのどれかに行ってもらう事になるが、純久はポルトガル語ができない。朝鮮語も琉球語もである。


 年齢的には十分なキャリアなのだが、本来外国との交渉事は異国渉外局の業務なのだ。今さら外国語を習うとしても大変なので、内務省内に地方行財政庁を置き、その長官とした。


 元大使執務室は長官室となっていて、財務大臣の太田和屋弥市、経産大臣の岡甚右衛門、国交大臣の遠藤千右衛門、農水大臣の曽根九郎次郎定政らが集まっている。


「皆、集まってもらったのは他でもない。知っての通り大日本国新政府は資金不足に悩まされている。この問題を解決するために、俺は新しく『大日本国銀行』を設立し、資金調達の仕組みを整えようと考えている」


『銀行』という言葉は、『行』が店という意味で、金を扱うという店で『金行』だったものが、語呂が良いように『銀行』となった。


 肥前国では十数年前の撰銭えりぜに令の頃から構想があり、実際に稼動していて実績があったのだ。そのため『大日本国銀行』という名前が出ても誰も驚かない。


 肥前国諫早に本店があり、各国に支店がある。また、民間の銀行も肥前銀行が設立されて以降、各地で設立され、各地の商業活動の発展の一翼を担っていた。


 財務大臣の太田和屋弥市がうなずき、前のめりになって言葉を発する。


「よろしいでしょうか」


「うむ」


「確かに、新たな銭の源がなければ、新政府のこれからの営みは立ち行かなくなるでしょう。然れどつぶさ(具体的)には、如何いかにして銀行を営み、銭を工面するお考えですか? 肥前銀行と同じ術にて行うのでしょうか」


 純正は事前に用意していた書類を取り出し、各大臣に配りながら説明を始めた。


「うむ。同じじゃ。銀行を作るにあたっては肥前国の銭を元手とする。その上で政府の債券を刷って、市を通じて商人をはじめとする領民に売るのだ。これで銭を集める事能うであろう」


 コーヒーを一口飲んで純正は続ける。


「肥前国で行ってきた事をそのままやれば良いと考える。また、領民より金を預かっては各州に対して低利子で貸し付けをする。それを用いた公の事業ことわざにて州の湊や街道、診療所や学校などの整備を助けるのだ」


 経産大臣の岡甚右衛門が疑問を投げかける。


「然れど、そう上手くいくでしょうか。肥前銀行を設けた際は家中の銭を用い、御屋形様のおかげで領民は朝夕事(日々の生活)に窮する事もなく、蓄えもあり、いくばくかの遊びを楽しみくつろいでおりました。それゆえ国の信があり、預金も増えてそれを用いて銭を貸し、市井に銭が回って商いも盛んとなったのです。小佐々の他の新政府の国、いや州で、同じようになりましょうや」


 純正は甚右衛門の指摘を受け、うんうんと深く頷きながらその問いに答える。


「確かに、甚右衛門の言うことはもっともじゃ。新政府には肥前国ほどの信はまだないであろう。然れどこれを機に信を築いていく事こそ、我らの務めである。まずは物忠実ものまめやかに(誠実・堅実に)営み、国民に心安んじて銭を預けられる銀行を目指す。然る後に利子を正しく設け支払う事で、さらに信を積み重ねていくのだ」 


「つぶさには如何なる術をもって信を築くおつもりですか? 政府の信が足りぬ現の事の様で、如何にして利用者の心を安んずるのですか?」


 弥市が疑問を口にするが、純正は即座に答える。


「その点については理解しておる。然ればこそ、まず肥前銀行の信を用いるのだ。肥前銀行は長年にわたり成功を収めており、多くの商人や有力町人から信を得ておる。これを新政府の銀行にも用いる」


 千右衛門が質問を重ねる。


「つぶさには如何いかが致すのでございますか?」


「但馬、播磨、摂津、淡路、阿波の商人や有力町人、さらにはその親類縁者に、肥前銀行の成功と信を広め伝えてもらうのだ。これらの地域は丹波、丹後、山城、河内、和泉、紀伊と接しておる。信を広めることで、新政府の銀行に対する信も自ずと高まるはずじゃ」


 純正は説明を続け、甚右衛門が頷く。


「それならば、他の州でも信が広まりやすいでしょう。さらに肥前銀行が如何にして信を勝ち得たかの例をつぶさに示すことで、皆が得心し易くなるでしょう」


 純正は続ける。


「その通りじゃ。加えて銀行を設けるのと時を同じくして金貨を厳しく預かり(保管して)、その存ずる(存在)を示すことで信を得る。それにこの俺が担保となって銀行を営む故、少なからず信につながろう。預かりし銭は必ず返すと重ねて示せば心安しとなる」


 定政が意見を述べる。


「信を築く事も重き事にございますが、時がかかります。その間、州の商いや銭の動きが滞る恐れがございますれば、短し間には他の術も考えるべきかと存じます」


 純正はその意見に同意し、さらに言葉を続ける。


「うむ。それ故短し間の策として我が家中より助け補う銭を出し、急を要する公の事業には速やかに処する。加えて全ての貸し銭には厳しき調べを行い、つぶさに図りて済ま(具体的に計画して返済)させるものとする」





 純正と純久、そして各大臣は意見を言い合い、銀行設立に向けて動き出したのであった。





 次回 第713話 (仮)『第一回国際天文学会が開催される』

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