第678話 『艦隊の帰還と世界地図。大同盟の財源は?』(1580/6/27)
天正九年五月十六日(1580/6/27) 京都 大使館
発 南四(南遣第四艦隊) 宛 屋形
メ 籠手田湊(ポートモレスビー)ニテ 婆羅島(ボルネオ島)ヨリ南ヲ 随時哨戒中
「へえ……やっぱり橋頭堡を求めてきたね。だとしても、ソロモン諸島やビスマルク諸島には拠点は築けないだろう。築いたとしても第四艦隊がいるし、そこから香料諸島の権益など、ポルトガルが許さないだろうね。それから明との交易には遠すぎる。イスパニアは俺たちの艦隊を滅ぼさないと、無理ゲーだね」
純正はテーブルに広げた海図を見ながらつぶやく。
最初期はポルトガル人に習っていた航海術も、リスボンへの留学生の派遣から、航海術を学んだ学生による実践・研究・指導をへて、正確な時計の登場でより精密な海図が作成可能になったのだ。
日本を中心に、北は北海道からオホーツク海、アリューシャン列島まで。南はオーストラリアやソロモン諸島、東南アジアの島々とインド、アフリカを経て欧州・ポルトガルまでの地図が出来上がっていた。
南遣艦隊からの報告は、マニラにて建造された連絡艦によって三ヶ月に一度もたらされた。ニューギニアの南遣第4艦隊からマニラの鎮守府まで連絡艦が往復し、マニラから台湾の基隆へ向かうのだ。
台湾の基隆の南遣第3艦隊の情報は、マニラからの連絡艦からの情報を引き継いでは諫早との間を往復する。基隆の情報はマニラからの連絡艦に伝え、呂宋鎮守府へ向かうという流れだ。
目の前には二人の男がいた。
北方探険艦隊司令官の伊能三郎右衛門忠孝と、南方探険艦隊司令官の籠手田安経である。
「忠孝に安経、大義であった。知らせを聞こうか」
純正はいつものようにねぎらいのお茶を茶菓子と共に出し、くつろいだ雰囲気で報告を聞く。二人も肩の力を抜いている。
「まずは忠孝、北はいかがじゃ?」
北方は8年前の元亀二年に、アイヌとの交易の為に太田和屋弥次郎(財務大臣太田屋弥市の弟)が探険したのが初めてである。その後北方艦隊を組織し、探険と入植を行っていた。
「は、北加伊道におきましては、小樽の湊の整えもつつがなく進み、戦艦が修繕あたう湊まで、今少しにございます。松前の東の首長であるチコモタインとも友好を築き、沿岸の入江には概ね入植が済んでおります」
「うむ。では北加伊道は障りなしじゃな」
「はは」
北海道では鮭や
干鰯の字はイワシであるが、ニシンも含まれる。大切な肥料だ。その他にもまだ実用化されてはいないが、石油も産出するし石炭資源も豊富で、金や銀をはじめとした各種鉱物も産出する。
「さらに北はいかがじゃ?」
「は、千島を渡り
「ほう?」
アリューシャン列島で、その先はアラスカだな、と純正は思った。
「お許し頂ければ、次回の探険で更に……」
「うむ、あい分かった。許す。入植はいかがだ?」
「は、それが寒さの為か、思いのほか進んでおりませんが、時を頂ければ必ずや助け、入植を進めてご覧に入れます」
入植が上手くいっていない事に対する負い目なのだろうか、すぐさま次回の提案をしてきた。しかし本来の入植業務は彼らの仕事ではない。これは南方でも同じだ。
「うむ。気持ちは有り難いが、そこは後からでよい。もっとも先にやるべきは
「はは」
純正のロシア人東進防止策である。
「南方はいかがだ?」
「は。豪州大陸の周りには幾つもの島々があり、土着の民がおりました。南遣第四艦隊の知らせにあったイスパニアの泊地はございませんし、また艦隊とも遭遇しておりません。その南東には、
「なるほど。左様な土地は無理せずとも良い、少しずつやっていけばよいのだ」
「はは」
純正の記憶ではニュージーランドは鉱物資源が豊富なイメージはない。いずれにしても、オーストラリアを開拓し、その途上でやればいいだけの話だ。
その後二人からは詳細な報告を聞くと共に、ゆっくりと休むことを念押しした。
■京都 大使館 純正居室
「叔父さん、次は軍事と外交についての大同盟政府の在り方について意見を聞きたいんだけど」
完全な現代人モード。秘密を打ち明けたから怖いものなしだ(?)。
「まず平九郎(純正)、お主の考えを聞かせてくれ」
元々の大同盟もそうだが、中央政府などという、幕府のような幕府でない政府の構想など、理解ができない。そのためじっくり聞く必要があるのだ。
「まず軍事力については、一番金のかかる海軍を考えないといけないと思います。ポルトガルをはじめ南蛮の国々に対抗するには、今の肥前国の主力艦と同程度が必要です。でも金が掛かる。織田や北条ですら十隻つくるのがやっとで、北条の十隻も、わが海軍の三個戦隊に無傷で
「ふむ」
海軍はその重要度に比例して相当な金食い虫である。そのため建造はおろか維持管理に
純久はじっくり聞いていたが、やがて口を開いた。
「では、浅井や徳川、畠山や里見はいかがなのだ?」
「里見や畠山は、浅井や徳川と比べると水軍においては一日の長がありましょう。されど海軍として考えれば、どこも変わりません。金の面で言えば、我が海軍の主力艦一隻の運用ですら厳しいでしょう。沿岸防衛のための小型艦。これもかなり旧式で、大きさで言うと我が海軍の駆逐艦より小さい船が関の山でしょう」
「それほど違いがあるか」
財政の事に関しては純久は素人だ。
「はい。軍事力や大型の船の建造は、人の数と商いの量、それから各家中の勝手向き(財政)ですね、これで決まります。なので別に統制しなくても、わが小佐々を超えることはできません。できぬのですから、小佐々海軍すなわち中央政府海軍となっても、誰も反対、異を唱える人はいないと思います」
なるほど、理に適っている、と純久はうなずく。
「して、外交はいかがじゃ?」
「それも同じです。我ら以外の大名は外国との付き合いはありません。織田でさえ、直接の取引はないでしょう。でも我らは、ポルトガルの本国をはじめ、アフリカ、インド、東南アジア諸国など広範囲に大使館と領事館を設置しています。これも維持管理に相当の金がかかります。未経験な上に金がかかるのです」
純久は考えている。
「つまり、国内での参政の権はあっても、外交まではできぬ、と?」
「そうです。これまで我らがやってきた事を、そのまま各大名に中央政府としてやらせても、回りません」
「では、日ノ本の他の事に関しては、これまで通り我ら肥前国が執り行う管轄にすべきだということだな?」
「はい」
つまり純正は、幕末の徳川慶喜と同じ考えなのである。政治経験も外交経験もない新人に政府が運営できるはずがないと、経験・資金等の全てにおいて考えていたのだ。
実際のところ、自分の領国だけで精一杯だろう。
別に上から目線ではなく、事実そうなのだ。時間をかけて国家という認識、国民という認識を、武家をはじめ公家はもちろん、国民全員に浸透させていかなければならない。
10年から20年。いや50年から100年以上かかるかもしれない。
次回 第679話 (仮)『北条と奥州』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます