第665話 『房総騒乱、義頼起つ』(1579/4/25)

 天正八年三月三十日(1579/4/25) 久留里城 義弘没後 四十九日


 義弘の四十九日の法要が終わった。


 元服し里見義重となった梅王丸の前に立ち、一礼して去る一団があった。里見義たかの息子で義弘の弟であり、義重が生まれるまでは義弘の養子となって、家督を継ぐはずであった里見義頼である。


「叔父上……」


 数え十歳で元服して家督をついだ義重は、黙して語らず、粛々と法要の挨拶を済ませて帰る叔父を見ながらつぶやいた。





「殿、心置き(注意)なされませ。義頼様は亡き殿より安房国を与えられ、さっさと上総を離れて館山に居城を移したのでございます」


 そう進言するのは、義重の家督相続と元服を後押しした、重臣の正木憲時である。


 生前の義弘は、自身に実子がいなかったために実弟の義頼を養子にし、家督を継がせるはずだったのだ。ところが嫡男となる梅王丸が生まれたため、立場は急変。廃嫡される事となる。


 義弘の存命中は表だって争いは起きなかったものの、家督相続の協議に参加できなかった安房の家臣達の不満は高まっていた。そこで義弘は、家督を義重に継がせる代わりに、安房を義頼に相続させるという妥協案を出していたのだ。


 先君の方針通りに義重を担ぐ正木憲時一派と、義頼を担ぐ正木頼忠一派に分かれての権力争いが、水面下では発生していた。




<義頼陣営>

 

「殿、梅王丸様が跡継ぎなどとは、考えられませぬ。まだ元服したばかりの御年十歳の子供ではありませぬか。憲時に担がれて、神輿みこしになるのは目に見えています。こたびの葬儀など出なくても良かったのです。我らを愚弄するにもほどがある」


 メンツを汚された安房国家臣団の不満は、ついに爆発していたのだ。


「権五郎よ、わが兄は兄であり、里見家第六代当主であった。それは嘘偽りなく誠のことである。礼を尽くし、葬儀に参列することは当然であろう」


「されどこれでは、我らが下風に立ったと思われまする」


 頼忠は家臣団を代弁して言うが、義頼はそれを黙って聞いたのちに答えた。


「通夜を終え、初七日を終え、こうして四十九日も終えたのだ。兄であり先代への礼儀はつくした。もう何も遠慮する事などない。それがために密かに北条とよしみを通わしておったのではないか」


 五年前の北条戦の後、義頼は義弘死後の事を考え、後ろ盾として北条氏政に援軍を頼めるように、秘密裏に使者を送っていたのだ。


「頼忠よ、すぐに相模守殿(北条氏政)へつかいを送り、頼重の備えが整わぬうちに上総を制するのだ」


「ははっ」




<義重陣営>

 

「殿、念には念をと申します。ここで機を逸する事があれば、亡き義弘公が定められた事が、蔑ろにされてしまうのですぞ」


「うむ……。致し方ないか」


「はい。これが平時であれば、また違っておりましたでしょう。されど隣国北条の威はいや増すばかり。幸いにして、先の戦で我らは優位に戦い、上総すべてを統べるようになりました。されどその後、義頼様は北条へ使者を遣わし、誼を通わしておるとの事」


「なに! ? それは誠か?」


「は。それがし一生の不覚。今の今まで気付きませんでした」


 5年もの間、義重陣営の、さらには存命中の義弘の目を欺いて連絡を取り合っていたのだから、義頼も大したものである。


「叔父上……」


「殿、お覚悟を決められませ」


「……あい分かった。内府殿へ知らせを送るのだ。助力を願う、と」


「ははっ」





 ■四月二日(1579/4/27) 小田原城


「ほう……来たか」


 北条氏政はまるで予想していたかのように使者の来訪を知った。





「では約定通り助太刀いたすが、太郎殿(義頼)は、後の事は違えぬであろうな?」


「はっ。無論にございます。椎津城の返却と菊姫さまとの婚儀、違う事なく申し受ける、と仰せにございました」


「あい分かった。急ぎ支度するゆえ、その旨伝えるがよい」


「ははっ」


 氏政は里見家のお家騒動に介入して影響力を強め、里見氏を支配下に置くことで関東の覇王になろうと考えていた。


 



 ■四月三日 駿河国 吉原湊


 新設の東方方面軍・第六師団は四国阿波国の勝瑞城で編成された。


 駿河吉原湊に駐屯地を構えるのであるが、新設のため白地城の第三師団と演習を行い、淡路経由で幾内に入った後は、演習をしつつ駿河へ行軍していたのだ。

 

 そのため、この時点では吉原湊には到着していない。


 海軍においても、新設された第四艦隊が停泊しはじめたばかりである。その新設第四艦隊司令官である五島孫次郎玄雅はるまさ中将は、吉原湊の飯屋で昼食をとっていた。


「うんうん、駿河のたいはうまいと聞いていたが本当にうまいな。御屋形様が広めた鯛しゃぶは酒に合う!」


 日本酒を飲み、浜辺にある飯屋の二階から駿河湾を眺めながら、『花鳥風月』の『風』を噛みしめる。四月になろうかという時に、風が心地よい日和であった。


 五島玄雅は非番であり、次席に艦隊を任せていたのだ。もちろん他の乗組員にも通常通り休みをとらせ、当直以外は自由に過ごさせている。吉原湊にきて三ヶ月だ。


「司令官! 大事にございます!」


「なんだ、騒々しい。俺は非番なのだ。よほどの事でもないかぎり、次席に任せているのだぞ」


 息を切らせながら走り込んできた下士官は、呼吸を整えて、報告した。


「その、よほどの事なのです! 上総の里見義重様より急使にございます。里見義頼、御謀反。北条の助力が考えられるため、御助力願うとの事にございます」


「なにい! ? なんてこった。やはり動いたか」


 あー面倒臭い事が起きてしまった。そう言いたげなそぶりを見せた玄雅であったが、すぐに居住まいを正し、知らせに来た下士官に告げた。


「あい分かった。総員に出港準備をさせよ。生国が駿河の者はおらぬはず。遊郭にってもさすがに起きているだろう」


 ちょうど午三つ刻(12:00)を過ぎたあたりであった。





 次回 第666話 (仮)『北条軍上総上陸! 義重軍防戦一方となる』


 -政務・研究・開発状況-


  戦略会議室

   ・明国とは現状維持を図り、女真族との友好路線を継続。東南アジアにおいては再度のスペインの侵攻に備える。国内では既存地域の殖産興業と北方資源開拓。奥州諸大名の大同盟参加と、北条の孤立化を図る。


  財務省

   ・税制改革ならびに税収増加を計画。

 

  陸軍省

   ・8個師団体制と練度の向上。

   ・歩兵用迫撃砲(小型の臼砲の開発)、砲弾の研究。

 

  海軍省

   ・8個艦隊体制と練度の向上。

   ・南遣艦隊による東南アジア全域の視察と警備。


  司法省

   ・小佐々諸法度の拡充と流刑地の選別と拡充。


  外務省

   ・ポルトガル本国、アフリカ、インドや東南アジア諸国に大使館と領事館を設置。入植の促進と政庁の設置。呂宋総督府の設置。


  内務省

   ・戸籍の徹底。


   ・天測暦、天測計算表の出版。


  文部省 

   ・純アルメイダ大学、アルメイダ医学校の増設(佐賀は完了。筑前立花山城下を検討中)。


  科学技術省 

   ・製鉄技術の改良と向上

   

   ・蒸気機関を用いた艦艇、輸送機関の開発。


   ・雷管(雷こう)の研究開発。


  農林水産省 

   ・米の増産と商品作物の栽培育成。飢饉時の対応として、芋類の栽培推奨と備蓄。


  情報省

  ・国内(領内・領外)、国外の諜報網の拡充、現地住民の言語習得と訓練等。

 

  経済産業省

   ・領内の物価の安定と、東南アジア諸国の産物の国内流通と加工等。


  国土交通省

   ・領内の街道整備と線路の拡充。港湾整備。


   ・地図、海図の作成。


  厚生労働省

   ・公衆衛生の意識と環境の向上。浴場の設置。農水省と協力して食糧事情の改善と、肉食の推奨による栄養バランスの向上を図り病気の予防。


   ・疫病発生時の対応マニュアルの作成。

 

  通信省

   ・飛脚等、官営から民営化を図る。駅馬車、乗合馬車等の民営化。


  領土安全保障省

   ・他国からの入領者に身分証明書の提示と、疑いのある場合は身体検査を行う。港では乗員名簿の提出と検査の徹底。大同盟諸国に対しては、身分証明書の発行を依頼。


   ・特定の人物に関しては、人権を損ねない範囲で監視を行う。

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