第650話 『レイテ沖海戦~弐~作戦決定セリ、小佐々艦隊出撃ス』

 天正七年五月九日 マクタン島 マゼラン湾 第一連合艦隊旗艦 穂高


「さて、まず一つ目だが、皆の意見を聞かせてもらいたい。包囲攻撃作戦の利点と欠点を洗い出していこう」


 純正は全員を見渡して、発言した。


 艦隊総司令の勝行が率先して意見を述べる。

 

「包囲攻撃は敵を迅速に制圧する最適な戦術となる。されど全艦隊が広範囲に展開するということは、連携の欠如が致命的な弱点になり得る。五倍、十倍の兵力があるならまだしも、倍の兵力では包囲に不安が残る。一点突破もされかねない」


「敵艦隊の速度がどれほどか存じませぬが、おそらくは本隊は火力に重きをおき、速度はさほどでもないでしょう。対して南北に布陣した艦隊は、火力は並だが速き船を集めているかと思われます」


 第一艦隊司令官の鶴田賢中将は、機動性の面から補足する。確かに包囲が完了すればスペイン艦隊に逃げ場はなく、徐々に包囲を狭めていき、長射程を活かして殲滅せんめつできるだろう。


 しかし兵力差は2倍のため、包囲完了後も一点突破される可能性は否定できない。包囲途中の場合はなおさら突破される危険性があるのだ。

 

 第二艦隊司令官の姉川延安中将は、真っ向から反対意見を述べる。

 

「それがしは利点より欠点が多いと存ずる。そもそも古より包囲戦略は敵に十倍する兵力の時に用いる策にて、こたびは用いるべきではありませぬ。確か……何でしたかな。遠い昔、はるか西方で行われた大戦では、寡勢が多勢を包囲して勝っておりますが、寡聞にしてそれ以外は存じませぬ」


「カンナエの戦いだな」


 純正が答えを言う。


 左様にございます、と延安は返事をした。


「それがしも同じ考えに存じます。彼我の兵力で考えればわが軍は二倍。さすれば自ずと取れる行動は限られます。ここは古来の兵法にのっとり、敵を二分する策がよろしいかと存じます」


 そう答えたのは第三艦隊司令官の姉川信秀中将である。


「なるほど」


 第四艦隊司令官の佐々清左衛門加雲中将はそう答えた後、続ける。


「仮に敵を二分するとして、その策はいかがいたそう? 夜襲するか、それとも陸軍と足並みをそろえて敵に掛かるか……」


「夜討はいささか危うくはなかろうか」


 信長は発言した。


「夜討は厳島の戦いや川越城の戦いが音に聞くが、ここ呂宋の地は勝手が分からぬのではないか? 特にこのレイテという島々は、イスパニアに一日の長があろう。かような地で夜討など、同士討ちの危うきもあるゆえ、あまり乗り気はせぬ」


 夜襲=奇襲である。とかく劣勢な勢力が起死回生の一手で実施されるイメージだが、かける方もリスクがあるのだ。相手に周りが見えないなら、こちらも見えない。


 条件は同じなのだ。

 

 しかもレイテ島に関する情報はスペイン軍の方が上である。地の利のない状態で行えば、かえって損害を増やしてしまう可能性が高まる。


「陸軍とやらだが、陸の上の兵と軌を一にして掛かろう(攻めよう)とも、そもそも敵には陸の兵がおるのか? くわえて海の上の敵をいかにして倒すのじゃ?」


 信長の発言は至極もっともである。サン・ペドロ要塞の占領ならともかく、今回は艦隊の殲滅が作戦目標なのだ。敵の泊地の近くに守備兵として陸軍がいたとしても、大勢に影響はない。


 タリサイに構築中の陣地から中途半端な兵力を持っていっても意味がない。


「なるほど、皆の考えは良くわかった。では……敵を誘引し分断させ、彼我の兵力を三倍ないし四倍にしたところで殲滅する。これで良いか?」


 純正は全員を見渡す。


 ……。


 反対意見はないようだ。


「では次に部隊の配分であるが、これは必ず成功させねばならぬ。敵に誘導だと看破されては意味がない。いかほどの兵力を割けばよいか」


「まず、一個艦隊は要りましょう」


 勝行が即座に答えた。


「加えてその艦隊は……佐々中将、第四艦隊が最も適任かと存ずる」


「応!」


 勝行の発案に加雲は大きく返事をした。


「良いのか? 誘導と言えば聞こえが良いが、要はおとりであるぞ。下手をすれば敵の攻撃の的となる」


「御屋形様、策が決まった以上、誰かがやらねばならぬのです。それにそれがし越後で上杉に後れをとり、大事な兵を失い申した。ここで挽回ばんかいし、死んでいった者達に戦果を贈りとうございます」


 加雲は力強く笑いながら言い放った。


「そうか。何か策はあるのか?」


「は。我が第四艦隊は二十隻にて、この連合艦隊の中で最も多うございます。加えて空の輸送船をあるだけ連れて行きます。さすれば敵の遠目には四十隻を超える大艦隊に見えるでしょう」


 もちろん、輸送艦は敵と遭遇すれば後ろに下がる。十分に敵を引きつけたら退却すると言うのだ。


「なるほど。経路はいかがいたす? 敵の泊地に向かうには、四通りほどあるが」


「それにつきましては、我が艦隊はまず、パナオン島南端のサンリカルドの岬を北上して敵と相見えまする。本隊は……パナアン海峡は危ういので北から回るのが良いでしょう」


「ふむ」


 加雲が海図を指し示しながら説明する。


「そこで、レイテ島北端を回ってサン・ファニーコ海峡を南下する方法もとれますが、こちらも何らかの敵の攻撃があるやもしれませぬ。それゆえ多少時はかかりましょうが、サマール海を北上してサン・ベルナルディノ海峡を渡り、東岸を南下してレイテ湾に入るのがよろしいかと存じます」


「良し。皆、意見はないか?」


「ありませぬ」


「異議なし」


「同意いたします」


「ではそういたそう。明朝全艦隊出港するゆえ、支度いたせ!」


「「「「ははあ」」」」





 ■天正六年五月十日(1577/5/27) レイテ島北西端 キャンカバト湾 スペイン艦隊


「ではフアンよ。どのようにして敵を迎え撃つのだ?」


「はい。まずは敵がどう動くかを考えなければなりませんが、敵は自軍が2倍の兵力を持っていると分かっています。そうすると、とるべき戦術は包囲殲滅もしくは分断して各個撃破。いずれにしても危険な攻撃は仕掛けてこないでしょう。南からまとめて北上してくるか、もしくは南北に分かれて挟撃、でしょう」


「それで?」


「それを……逆手にとるのです」


 フアンはにやりと笑い、ゴイチは腕を組んだまま右の口角だけを上げている。限られた情報のなかで、お互いの作戦の趨勢すうせいはいかに。





 次回 第651話 (仮)『レイテ沖海戦~参~接敵! スリガオ海峡!』

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