第626話 『北緯42度条約と日ノ本大同盟会議』(1576/9/26) 

 天正五年九月一日(1576/9/26) 小佐々海軍 探険艦隊 旗艦艦上

 

「小佐々家北方探検艦隊司令官、伊能三郎右衛門にござる」


「同じく副将、間宮清右衛門にございます」


「北条水軍大将、梶原備前守にござる」


「同じく、副将の清水太郎左衛門にございます」


 士官会議室が臨時の会場となって、四名の会談が行われている。北条家は敵ではない。開戦やむなしの気運ではあったが、和睦となったので、現在は敵ではない。


 しかも北方探険艦隊は3年諫早に帰っておらず、北海道以北で探険航海中だったのだ。

 

 道北の稚内から網走までは、チパパタインの親戚が同じように首長として治めていたので、食料や薪などの補給には事欠かなかった。


 そのため、北条と一時は敵同士であった事など知らないのだ。


 ただし、常在戦場、常に備えておかなければならない。


「まずは小佐々家御家中の兵船が、いかなる用向きでこの地にあるのか、と問いたいところではありますが、それは貴殿らも同じにございましょう」


「いかにも」


 梶原備前守景宗の問いかけに、少し笑みを浮かべて伊能三郎右衛門忠孝は答えた。


「ではまず、こちらの当て所(目的)にござるが、日ノ本の果てを探るため、新しき土地にて交易の能う民の有無を、つぶさに改む(調べる)ためにございます」


 景宗は笑顔で答える。忠孝たちも同じであろうと予測しての問答である。


「うべなうべな(なるほどなるほど)。それはこちらも同じにござる。北の大地においては海の幸に山の幸、さらには金山かなやま(鉱山)の幸。大いに益のある土地にござった」


 ……ござった?


 景宗は忠孝の言葉尻が気になった。


「うべなるかな(なるほど)。ひとつ、気になることが……お聞かせ願えますか?」


「なんなりと」


 探険艦隊の忠孝はにこやかに答える。


「さきほど……『ござった』とおおせだったが、すでにこの北の地、蝦夷地で海の幸に山の幸、金山の幸などを得ていると仰せなのだろうか?」


「さよう。わが小佐々家の所領にござる。朝廷は我が小佐々家に北方の探索をお許しになり、そこで得た地と得た物は小佐々の物であるとの勅命もいただいております」


「そんなばかな! かような事、許されるはずもない」


「さよう! 傍若無人もはなはだしい」


 景宗の反論にあわせ、副将の康英も声を荒らげた。


「……ふう……。貴殿らが許すも許さぬも、我らのあずかり知らぬ事にござるが、既に我らは領有を宣言しておるのです。沿岸部のいたるところには、我ら小佐々の紋が掲げられております。蝦夷地、いや北加伊道とその北の樺太・千島・勘察加カムチャッカにいたるまでにござる」


 忠孝の発言はおおげさではあったが、嘘ではない。


 樺太アイヌも千島アイヌも、苦労はしたが友好関係を築けている。


「それに、イスパニアはどうか知らぬが、南方の島々については、権益を侵さぬ限り領有を認めるとの言質を得ている。この北の地は『サラゴサ』なる取り決めでイスパニアに優先権が云々うんぬんと言っておったが、そもそもどこにイスパニア人がいるのであろうか?」


 旗も立っていないし、領有宣言も聞かない。アイヌの人々からも聞かず交易も存在していない。


「我らは『北緯42度条約』と呼んでいるが、いずれにしても、貴殿らが我らに断りもなくこれより北に向かい、商いをする事を許すわけには参らぬ」


「おのれ! ……ここで一戦交えても構わぬというのか?」


 忠孝の発言に景宗は禁断の語句を発したのだ。


「……そうなれば、致し方ござらぬ。三隻対十隻にて、いささか不利にござるが、むざむざ負けはせぬ」


「ぐ……」


 忠孝の発言は危険ではあったが、景宗もまた、戦端を開くわけにはいかなかった。完成したばかりの艦隊である。虎の子の艦隊を、主の命令もなく危険にさらすわけにはいかない。


 一旦戻って協議する必要があった。


「あいわかった。この儀についてはおって言問こととい(会談・協議)が要るであろう」





 景宗の言葉の後、北条艦隊の10隻は南下していった。





 ■日ノ本大同盟会議所 第4回全体会議


「ですから、そこを何とかしていただきたいと、申し上げておるのです」


「そう仰せになっても、これ以上商人をきつく取り締まっては、商いが成り立ちませぬ。すでに七年の月日が経っておるのですぞ」


 秀吉の言葉に対して反論しているのは、経産大臣の岡甚右衛門である。


 日ノ本大同盟における小佐々以外の大名の序列は、織田・武田・浅井・徳川の順で、能登畠山と安房里見家はほぼ同列だ。その筆頭である織田家とめている。


 能登の商人は船を出さずに安価で北海道産品を購入できるし、それ以外の品は小佐々から船で安く仕入れる事が可能である。


 経済的には小佐々に依存しているが、現状問題はない。


 安房里見氏は遠方である事と、そもそも軍事的な利害関係が強いため、経済的な恩恵は少ないが、そのぶん影響も少ない。


 武田家は駿河の吉原湊より小佐々の産物が流入してはいるが、技術・財政支援をしているため、武田の領内の商人の保護を行っている。そのため目立った影響は出ていない。


 もちろん、永遠にこのままという訳にはいかない。段階的に保護をなくしていく予定である。


 また、武田にしても同盟を結んでいる織田・徳川と不可侵の北条に挟まれ、現状は安泰であるが、先のことはわからない。今、小佐々の支援がなくなる事は避けたいのだ。


 問題は織田である。

 

 また、その影響を色濃く受ける浅井・徳川両家とも、経済格差による軋轢あつれきが生じていた。


 純正にしてみれば、もうそろそろいいだろう、という頃合いである。何せ、同盟を結んでからこのかた、信長の無茶振りに何度も振り回され、家中の反対を抑えるのに往生していたのだ。


 留学生しかり道路しかり、通信制度しかりである。


 永禄十二年に同盟を結んで、すでに7年経っている。その間様々な経済支援や技術供与を行ってきた。当然当初は、今の武田と同じ様な優遇措置をとっていたのだ。


 まさか小佐々と同レベルの技術水準と経済水準に織田が到達するまで、待てというのだろうか? それこそおかしな話である。

 

 家中の家臣たちが言うように、まったくメリットがないのだ。


 小佐々の商人は、一大消費地である京都・大坂など、畿内での大々的な販売を希望し続けてきたが、話し合いをして段階的に参入するよう我慢してきたのだ。


「小佐々の産物を、領内と同じように売られては、こちらが立ちゆかないのです」


 秀吉は訴える。商人の代弁者でもある。


 しかし純正は純久を通じて、商人ネットワークの商人については、優遇措置を続けるよう命じていた。割りを食うのはそれ以外の商人である。


「すでに七年も待ったのです。一体いつまで待てば良いのですか?」


「……」


 石けんなど、もともとなかったものならば良い。競合相手がいないのであるから、小佐々(領内の商人)の独占市場である。しかし味噌みそや酒、醤油やその他は別である。


 もともと市場に出回っていたものならば、必ず価格競争に巻き込まれるのだ。


 加賀や摂津の本願寺、延暦寺などの神社仏閣勢力の権益は分配され、紀伊においてはほぼ織田家のものになった。しかし、その既得権益を覆すような、小佐々産品の流入なのだ。


「もしこのまま、このまま小佐々領の商人を自由に商いをさせるなら、我らは、この同盟を脱する儀をはからねばならなくなりますぞ」


「何も……それは極み(極端)にござろう。われらの商人は、すべてを畿内で売りさばこうなど、今も昔も考えておりませぬ。余った分を売りたいと申しているのみにござる」


「では、余らぬくらいに作れば良いではございませぬか」


「そのように簡単ではございませぬ」


 小佐々領内と織田をはじめとした各国とでは、明らかな経済格差がある。その原因は、まずは産業構造である。畿内は家内制手工業から、ようやく問屋制家内工業へ移行しつつある。


 対して小佐々領内は工場制手工業で、蒸気機関の発明で工場制機械工業への移行期である。


 どちらが同じ品質の物、または高品質の物を大量に生産できるかは自明の理であり、今後その差はますます広がっていく。


 また、教育水準とその環境の違いも原因の一つであろう。技術革新や高度なスキルを持つ労働力がある小佐々と、他国との違いは歴然である。





 隠れていた日ノ本大同盟内の亀裂が、現れ、大きくなっている。


 次回 第627話 『大同盟脱退に関する傾向と対策。対織田家戦略の見直し』

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