第621話 『珈琲豆の収穫とオーストラリアの発見』(1575/6/10) 

 天正四年五月二日(1575/6/10) 


 3年前の天正元年正月に出港した南方探険艦隊が、帰港した。


 前回の航海ではバンテン(バタヴィア)・小スンダ列島・ティモール・パプアニューギニアまで航海したのだが、今回はさらに南方、東方へと向かったようだ。


「よう戻ってきた。聞けばお主の息子も海軍に入ったというではないか。この先は、お主のような探検家となるのか?」


「は。それはまだわかりませぬ。せがれはまだまだ若輩者ゆえ、ただ、御屋形様のお役にたてるのなら、戦働きでもなんでもいたしましょう」


「ははははは。頼もしいな。よし、では報告を聞こうか」


「は。こたびもまた台湾を経て、呂宋から富春、アユタヤと周り、ブルネイからバタヴィアへと向かいました」


「うむ。変わりはないか?」


 純正は新世界(知っているが知られていない世界)の探険も重要だが、すでに発見して入植が進んでいたり、交易を進めている土地の情報も知りたかったのだ。


「はい。まず広南国ですが、国王の阮潢グエン・ホアンのもと、繁栄を謳歌しております。北部鄭氏の攻撃に対して戦うだけでなく、南部に向けて海岸沿いに支配域を広げておりますれば、まずは広南国との交易や入植者の安全は問題ないかと存じます」


「ふむ」


「アユタヤに関しましては、ビルマ王のバインナウンが攻め寄せ、地方領主のマハータンマラーチャーティラート(スコータイ王家)を傀儡かいらい王に立てましてございます。ただ、ビルマの影響下にあるとは言え、商人に影響はございませぬ」


「さようか。……考えたくはないが、政変や他国の侵略で同胞の命が危ぶまれる事もあるな。安経よ、次回の航海の際にはお主が先頭となって、入植地の同胞を助けるために、各地に一隻ずつ海軍の輸送艦を停泊させるようにいたせ」


「はは」


「つぶさには海軍の純かたと相談せよ。その後はいかがじゃ?」


「は。バンテン王国のパヌンバハン・ユスフ王の治世は穏やかにございます。されど、ときどき病にたおれる事があるようです。次に訪問の際は海軍の軍医を診察に向かわせようかと考えております」


 史実のパヌンバハン・ユスフ王は重病のため1585年に没する。その兆候なのだろうか。


「うむ。友好国であるからな。できるだけの事はするように。それから東インド会社の設立も忘れずにな」


「はは。ついでスラウェシ島のゴワ王国ですが、こちらはなんら問題はありませぬ。島は完全に王国の支配下であり、安定しております」


「うむ。そして……ニューギニアはどうであるか?」


 台湾に続く未開の地である。


「は。はじめは厳しいかと考えておりましたが、入植も上手くいき、先住民とのいさかいもございませぬ」


「おお、それはなりよりじゃ。共存共栄が一番であるからな」


「はは」


 鉱山資源の発掘はまだまだ先になるだろうが、まずは現地の協力者を作らなければならない。


「続いてニューギニア島の東端より北上しますと、さらに数々の島がありました。……が、そこにはイスパニアの痕跡がございました」


「なに?」


「とはいっても、現在、港や町が残っている訳ではありませぬ。人も住んでおらず、ただ補給地の名残があるだけにございます」


 ソロモン諸島は、スペイン人探検家のアルバロ・デ・メンダーニャ・デ・ネイラが発見した。

 

 砂金が発見され、古代イスラエルのソロモン王の財宝だと考えた彼らは、『ソロモン諸島』と名付けたのだ。


「ふむ。やつらは今、呂宋のセブにて交易を行っている。直に行き来できる航路ができたのだろう。ならば必要はないと思うが、足場を作っておいた方がよいかも知れぬ。領有宣言の入植はしたのか?」


 砂金が発見されたのなら、なぜ入植しなかったのだろうか? 

 

 コロンブスは新大陸で金を探したのに、なぜだ? 純正の疑問はつのる。


「いえ、上陸を試みたところ、原住民の攻撃にあいました。対話を試みましたが攻撃が激しいので、断念せざるを得ませんでした」


 そうか。……スペイン人はおそらく、砂金をとっている最中に襲われたのだろう。いずれにしても、スペインの脅威はないと考えて良かった。


「よい判断だ。乗員を危険にはさらせぬからな。もし行くのであれば、今少し軍備を整えてからがよいであろう」


「はは。次がもっとも大きな発見でございますが、その南に、ポートモレスビーに戻ろうとしたところ流されてしまい、島にたどりついたのです」


 おお、おお、と純正は期待に胸を膨らませた。


「砂浜に木が生い茂っており、船も泊めやすかったので上陸いたしました。周辺を探索したところ、未知の島でしたので、休息後に出港し、周囲を探索いたしました」


「うむ」


「そこでそれがしは、さらに南に進んでは、ちょうどよい港をみつけました。上陸を行い、周辺を調査して三月ほどその地におりましたが、日ノ本と同じように季節の変化を感じる事ができたのです」


「ほう?」


「そのためあれは島ではなく、中華のような大きな大陸だと確信いたしました。原住民らしきものもおらず、水源と食糧も確保できたので、最後の入植地といたしました」


「おお、さようか。ではその後、大陸をぐるっと廻ってきたのじゃな?」


「はは。一周するのにかなりの時を要しましたが、島……いや、大陸を一周してティモールへ戻り、帰路につきましてございます」


「そうかそうか。ご苦労であった。ゆっくりと休むがよい。次回の探険は、さらに多き時を要すであろうから、しかと備え、休んで出立いたすがよいぞ」


「はは」


 ニューブリテン島とソロモン諸島、そしてオーストラリア大陸の発見であった。





 ■長崎港


「おおお、こりゃまた随分と荷物が多いな」


胡椒こしょう珈琲コーヒー・シナモン・クローブ・ナツメグなんかの収穫がようやくできたんだ」


 フィリピンからの船、台湾からの船、そして琉球からの船が次々に港に入ってきては荷をおろしてはいるが、その数はフィリピン産が圧倒的に多い。


 生産量の多さを物語っているのだろうが、もともと熱帯の植物であるがゆえに、栽培と収穫に成功しても、フィリピンの生産量にはかなわない。


 運送コストの兼ね合いでようやく価格の均等が保たれてはいるが、琉球国に関して言えば、栽培技術の研究の余地があるのは否めない。


 いずれコストの改善が図れれば、自領である台湾やフィリピンの価格に適わなくなるのだ。要するに、トータルコストの問題である。

 

 品質は南方産の方がいいのだ。





 ■諫早城


「ふう、国産第一号の、珈琲であるか。感慨深いなあ」


「は。仰せの通りにございます」


 直茂をはじめとした戦略会議室の面々が、同じく国産珈琲の味をかみしめる。


 傍らには日本初、世界初の冷蔵庫があり、蒸し暑い梅雨が過ぎれば夏となる。

 

 アイスコーヒーも世界初となるのであった。


 



 次回 第622話 『織田家の聖アルメイダ大学卒業生と、在諫早大学生』 

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