第619話 琉球王国、日本(小佐々)に冊封? 明西同盟成立と揺れ動く極東情勢(1575/2/20)

 天正四年一月十日(1575/2/20) 諫早城


 景てつ玄蘇は明・朝鮮・琉球・東南アジア・ポルトガル・スペイン他欧州など国外の渉外を管轄している責任者である。


「玄蘇よ、その琉球がいかがした?」


「は。いよいよもって琉球の明離れが著しく、明の冊封を止めて、われら小佐々に冊封をという動きが強くなってきております」


「うむ、それについては聞いておったが、今にも可決されそうなのか?」


「は。国家の一大事、先を左右する儀にて、今日明日に決まるという事はございませんでしょうが、ここ一、二年かと思われます」


 純正は目をつむって考えている。助けを請うてきている者を突き放すことはできないが、かといって冊封するとなれば、間違いなく明を敵に回すことになる。


「直茂、どう考える?」


「は。冊封するとなれば時期尚早かと存じますが、琉球を属領となせば南方へ進むも容易になり、また産物においても、今以上に利を上げる事が能うかと存じます」


 確かに熱帯の植物で、琉球で栽培可能なものが容易に手に入るようになる。コーヒーなどの嗜好しこう品やバナナ、そして胡椒こしょうなどの香辛料である。


 今後蒸気機関が発明されて、機帆船や汽船として遠洋航行が可能になれば、コストも安くなってもっと流通するようになる。それはそれでメリットがあるのだ。


 ただ、最大のデメリットは明である。


 台湾は書面の交付があり、こちらに正義があるが、琉球はそうではない。琉球が冊封を外れ、明にとって化外となれば、どうするだろうか? 


 今の明にとって琉球は価値があるのか? 宗主国としてのメンツを守るために攻めてくる? 実利をとるならやらないだろう。


「陸軍大臣、海軍大臣、琉球をわが冊封国としたならば、守れるか?」


 二人は顔を見合わせている。


「海軍としましては、最低一個艦隊を常備させ、敵の動きを察知し、迅速に艦隊を動かすのであれば能うかと。さらに沿岸部に台場を築き、協力して敵を防ぎます」


「陸軍に関しましても、敵がどこに上陸するかを察知し、これも海軍と同じように火力で圧した後に戦えば、能うでしょう」


 二人とも台湾に比べれば、と付け加える。確かに琉球と台湾とを比べると、中国本土からの距離は圧倒的に台湾の方が近い。


「よろしいでしょうか」


 海軍大臣の深堀中務少輔純賢なかつかさのしょうすみかたが発言する。


「明が琉球の本島へ艦隊を差し向けるとすれば、まずは福建省の福州から台湾本島へ向かって、基隆の沖を通過いたします。その後に花瓶きょうから彭佳嶼、そして魚釣島へと向かうのです」


「うむ、それがいかがした」


「は。これまでの冊封使の航路であれば、その後に久場島から大正島、久米島と進んで那覇にございます。されど」


「されど?」


「もし明が危険を冒して北側の航路、もしくは台湾の南を通って、与那国・石垣・宮古を通って琉球に向かうならば、本島は備えなく上陸を許してしまうでしょう」


 明の船は正確な経度測定ができない。

 

 宮古島から沖縄本島までは270kmも離れているので、下手をすれば気づかないうちに太平洋へ出てしまう危険性があったのだ。


 北側航路も南側航路も、明にとっては危険な航路であったが、そこを通られては危ない。


 小佐々海軍は時計の発明と何十何百回という航行訓練や練習航海、それに加えて探険航海で、現在地不明が原因の難破はほぼなくなっている。


「北から、もしくは南からくるであろうか?」


「それはいまのところ、わかりませぬ。明がもし、我が海軍、いや小佐々を格下だと考えているならば、基隆沖を東へ向かうでしょう。いずれにしても、基隆から北東、そして台湾南の高雄から呂宋のイトバヤ島までは哨戒が要るかと存じます」


「いかほどの船が要るか?」


「は。まずは基隆沖に一個艦隊、そして南側に一個艦隊は要るかと。さすれば明の艦隊を捕捉能うでしょう」


「ふむ、琉球と台湾の備えに二個艦隊であるか……。うむ、呂宋の備えは減るが、致し方あるまい。まだ、正式には結論はだせぬが、海軍はそれを踏まえて艦隊の編成をたのむ」


「はは」





 ■紫禁城


「なに? 葡萄牙ポルトガルではなく、シーバンニャ(西班牙・Hispania・イスパニア)の使臣が私に会いたいだと?」


「は。さらに陛下との謁見を求めております」


「なに? 一介の商人ではなく、呂宋の総督とな? はて、呂宋は小佐々が領していると聞き及ぶが……まあよい。正規の手続きを経ておるのであろう?」


「は」


 明帝国内閣大学士首輔である張居正は、3年前の万暦帝の即位に伴い権力を手中にし、政権の中枢で明国を動かしていたのだ。





「張居正閣下におかれましては、ご健勝のほど、お慶び申し上げます」


 フィリピン総督の名代である使者は、流ちょうな中国を話す。


「ほう、聞くに堪えない言葉ではないな。張居正である。して、そのイスパニアの使臣が何用かな? 私は忙しい。単なる朝貢を求める使臣なら、私が会う必要もない」


 張居正は尊大ではないが、事実を述べている。国の大事という触れ込みで会っているのだ。使者はその言葉にひるむ事もなく、続ける。


「もちろん、大明帝国に利する提案がありまして、お伺いいたしました」


「どのような事じゃ?」


「日ノ本、ここから東の国にございますが、その小佐々という領主、いささか目障りではございませぬか?」


「ははははは、何を申すかと思えば。東の小国など気にもとめぬ」


 実際のところ台湾問題はもとより、琉球との外交関係も冷え込んではいたのである。冊封という形式こそとってはいたが、琉球側の態度があからさまにおかしいのだ。


 数年前からあった事だが、優遇措置を求める声もなく、品数も少なく、まるで貿易などしなくてもよいような風潮なのである。

 

 そして、それは事実であった。


 本当に形式上の朝貢であって、言ってしまえば、琉球にとって赤字の交易なのである。


 その原因は純正にあった。

 

 確かに朝貢貿易は明にとって利のあるものではない。メンツを保つためだけのもので、経費削減で優遇措置をやめたものの、離れていっては欲しくないのである。


 東南アジア諸国との民間貿易も、縮小どころか、取引量自体も激減している。


「その言葉は……そのままこの胸にしまっておきましょう。いかがでしょうか? 敵の敵は味方と申します。ここでわが国と同盟を結びませぬか? もちろん、表向きはわが国が服属しており、朝貢する形で構いません。その代わりわが国と小佐々が戦争になった場合、援軍として明の陸海軍を送っていただきたい」


「……」


「もちろんすぐにとは申しませぬ。一月でも二月でも、じっくりご検討ください。ただし、小佐々はこの先、大明帝国にとって禍となることは間違いありませぬ。よくよくお考えくださいますよう、お願いいたします」





 数ヶ月後、万暦帝との謁見を終えたフィリピン総督の名代は帰っていった。秘密裏ではあるが、明とスペインとの同盟が結ばれたのである。


 次回 第620話 『朝鮮貿易拡大と女真族への援助』


 

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