第612話 難航、講和会議(1574/10/25)

 天正三年十月十一日(1574/10/25)


 北条勢は常陸方面軍と下野方面軍とに分かれ、同時に北上していた。


 佐竹と宇都宮は同盟を結んでいたが、宇都宮は宿敵である那須家と北の蘆名、そして南の結城に包囲されており、連携がとれずに各個撃破され続けていたのだ。


 結城晴朝は佐野や小田家と組んだ北条に圧倒され、本領を安堵あんどを条件に降伏した。


 宇都宮広綱は懸命に抵抗するも各地で国人衆の離反が続き、本領のある河内郡と、祖母井うばがい城のある都賀郡の一部を残すのみとなっていた。


 状況は佐竹も同じである。

 

 宇都宮と同じく蔵入地の少ない国人の集合体であったがために、求心力がなくなれば、途端に瓦解するという弱さを持っていたのだ。


 常陸の南半分は北条のものとなり、佐竹義重は本拠の太田城にあって、なんとか北上を食い止めている状態である。





 ■下野国 芳賀はが郡 茂木城


 下野国で常陸との国境に近いこの城には、北条方総大将の北条陸奥守氏照、対する佐竹常陸介義重・宇都宮下野守広綱・里見佐馬頭義弘・那須修理大夫(次郎)資胤すけたね・蘆名修理大夫盛興が集められていた。


 氏照には氏政より書状が届き、反北条勢力には里見義弘連名の深沢勝行からの書状が届いて、いったん停戦となっていたのだ。



 


「肥前介(勝行)殿、こたびの和睦の題目、どうぞよしなにお願いいたします」


 そう言って勝行に願い出るのは里見義弘である。


「佐馬頭様……いえ、こたびはわが御屋形様の名代ゆえ、あえて佐馬頭殿と呼ばせていただきます。上総の安堵と下総の降伏した国人の仕置きにございますな」


「は」


「されど国人に限れば、すでに佐馬頭(里見義弘)どのに服しておるのでしょう? それならば、北条が何を言おうと障りはないでござろう」


「念のためにございます。起請文を書いていただければと存じます」


「あいわかった。北条が応じるのならば、障りなしにござろう」


かたじけなし」


 勝行は義弘をのせて連合艦隊を太平洋側から北上させた。わざと沿岸部を領する国人衆に見えるようにしたのだ。小佐々家の旗の下には、里見氏の家紋である二つ引両が掲げられている。


 肉眼でわかるように、である。


 常陸の沖合で停泊し、使者を遣わして佐竹義重と同行して茂木城へ向かった。


「佐馬頭殿、これは一体? ……文にておおよそは合点がいったが、内府様の名代である肥前介殿が我らの戦を扱う(調停する)と?」


「左様。いかなる扱いをなさるかわからぬが、このまま戦を続けても、我らは負けよう?」


 佐竹義重の問いに対して義弘は問いで返す。


「何を仰せか! まだ負けたと決まった訳ではないぞ」


「北条の勢は五万を超えておるのですぞ。対して我らは二万じゃ。それもかき集めての数。長引けば長引くほど、不利となる。今はこらえ時であろうが、こらえれば、いずれ時も来ようというもの」


「ぐ……。されどあまりに無礼な題目であれば、最後の一兵まで戦うて死ぬるのみ」


「……」





「さて各々方、それがしは小佐々内大臣右近衛大将が郎党、深澤肥前介と申します。こたび、主の命をうけ、この戦を扱うべく罷り越しました。相模守殿におかれてはすでに承諾なさっておいです」


 勝行は広間で両陣営の代表者に挨拶の後、主旨を伝えた。


「われらが優位に進めている戦ゆえ、扱われるのは心外にござるが、わが殿がそう仰せなら、従いましょう。題目についてはそれがしに一任されると聞いております。ゆえにそれがしを我が殿と思うてお話しくだされ」


 氏照は冷静で落ち着いている。落とし所の条件を聞かされているのだろう。


「しばしお待ちを。われらになんの相談もなく和議をなさるとは、解せませぬ。これは那須殿も同じにござろう。なに故に和議を行い、和睦をせねばならぬのか」


 発言は蘆名盛興であり、那須資胤すけたねも同意する。


 それを聞いて勝行は、そもそも、と前置きをして話し始めた。


「そもそも事のはじまりは、北条勢が結城氏の所領に討ち入ったのが始まりと聞き及んでおります。されど、事の始まりが何であるか、どこが始めに戦を始めたかなどは重し事ではござらぬ」


 全員を見回しながら話をするが、氏照は黙して語らず、義弘はうなずいている。

 

 宇都宮広綱と佐竹義重はお互いに顔を見合わせ、蘆名盛興と那須資胤は納得していない。


「応仁の大乱の後、関東に限らず日ノ本の津々浦々にて、己が所領を増やさんと戦に明け暮れておりました」


 一呼吸置いて勝行は続けた。


「おりましたと申し上げたのは、すでに北は能登越中から甲斐かい信濃、南は駿河を境に、西国においては戦はやんで静謐せいひつとなっております。その上で主上は東国、奥州においては未だ戦が止まず、民が塗炭の苦しみを味わっていると宸襟しんきんを悩ませておられます。もう言わずともおわかりでしょう?」


「それは、勅書が発せられたのですか?」


 那須資胤が発言した。


「次郎殿、それは勅書ならば従う、という意味にござろうか? もしそうならば、を望まれるのか?」


「いえ、そのような意味で申し上げたのではござらぬ。誤解なきよう」


 勝行の眼光が物語っていたのだろう。


 暗に、朝廷の意に添わないならもう知らぬぞ、という意味である。


 容易ならざるなりゆきを示唆する雰囲気で、七ヶ国の代表による和議が始まった。


 次回 第613話 もし戦わんとするならば、朝敵たるを覚悟すべし

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