第610話 駿河~伊豆大島~安房航路(1574/9/24)

 天正三年九月十日(1574/9/24)

 

 七月の里見義弘による発議のあと、後方支援を受けられると分かった里見軍は、下総の北条勢の城へ襲いかかった。


 もともと下総は、千葉氏を中心として他の国人衆がまとまっていたのだが、そこに先代の里見義尭が勢力を伸ばしていたのだ。

 

 しかし里見氏は永禄七年(1564)の第二次国府台合戦の敗北を受け、下総はおろか上総の大半を失う事になってしまった。


 その後北条氏の勢いが強まると千葉氏をはじめとした国人衆は北条に従い、里見氏は本拠地である安房で勢力回復を余儀なくされた。


 三船山合戦で里見氏は北条氏を破ると、上総を平定して下総にまで影響を及ぼすまで勢力を回復したが、現状では井田・酒井・土岐などの上総の国人は、北条勢のままであった。





 ■駿河 吉原湊


 武田の領国内にある吉原湊の代官矢部美濃守は、沖合に停泊している小佐々の大艦隊に声がでない。


「あのような大きな船は見たこともございませぬ。上方より伊勢・尾張をへて来る大型の弁才船べざいせん(便宜上こう呼びます)ですら、あそこまで大きくありません。帆も三本あるではありませんか」


 美濃守の言葉に、武田水軍大将の土屋忠兵衛貞綱も驚きを隠せない。


「このような水軍と戦をしたならば、いかにして勝てようか。考えも及ばぬ」


 吉原湊は小佐々の租借地として整備が進められ、その一環として宿泊施設や娯楽施設などが充実していた。

 

 コンクリートを用いた護岸工事をはじめとした拡張工事も行っている。


 しかしさすがに1,500トン級の船を停泊させるだけの岸壁や桟橋は建設されていない。そのため補給や人員移送は、小舟を使うほかないのだ。


「矢部殿、それがし水軍衆を率いてあの船に乗り込み、挨拶をかねて見分をしたいのだが、能うであろうか?」


「それは……それがしにはわかりかねます。されど、大将とその他の将をもてなし、その礼として船を見せてもらうのはいかがでしょうか」


「それは妙案。急ぎ遣いを出しましょう」





「なに? 武田の将がもてなしの宴を催したいと? うーむ。俺としては行きたいが、兵達に半舷上陸をさせている以上、指揮官が全員上陸するのもはばかられるな。さりとて俺だけ上陸するのはさらに憚られる」


「長官、いっそのこと船に招いてはいかがですか? 酒や料理は向こうが出すとして、場所だけ貸せば問題ないのでは? 艦内でも多少の飲酒は許可しております」


 勝行の言葉に第四艦隊(以降4Fと記載)司令長官の佐々清左衛門加雲中将が答える。


「うーむ。伊予守はどう考える?」


「それがしも加雲殿と同じ考えにございます。敵地でないとはいえ作戦行動中にございます。長官が鎮座して即応態勢にあることが肝要かと。北条も武田とは不可侵を結んでおりますし、周囲は武田の水軍が固めております。万が一その武田の湊にある我らに北条水軍が掛かるならば、それは末代まで北条の恥辱として残りましょう」


 第五艦隊司令長官の赤崎伊予守中将が意見を述べた。


「お主に言われると、妙にその通りだと思わされるのう……あいわかった。そのようにいたそう。遣いを出してくれ。ああ、十分に気をつけるが、飲み過ぎたら頼むぞ」


 勝行の言葉に二人は苦笑した。





「なんと! ではアジやたい、駿河の海山の幸をもってもてなそう。酒も忘れるでないぞ」





 ■十四日 伊豆大島沖


「艦橋-見張り」


「はい艦橋」


「左四十五度、距離おおよそヨンテンマルマル(1,090m/十町を一として計測。小数点は小佐々九十郎政秋が提唱しているものを採用。4,360m)。北条の船と思われる」


「長官、北条の船らしき者が左舷四十五度四十町の距離におります」


「数は?」


「一隻のみでございます」


「ふむ。一隻では仕掛けてもくるまい。針路そのまま、安房に向かう」


「了解。針路そのまま」





 ■安房


 勝行率いる連合艦隊は、当初の予定通り里見水軍の本拠地である勝山城下、勝山湊へ向かった。


 艦隊の補給用として随伴している補給艦の他に、純正が対北条用に里見を支援、または作戦行動中の艦艇に補給するために建造、手配した千石船が多数停泊している。


「長官、結局現れたのはあの一隻のみでしたが、十町ほどまで近づいては、距離を保っておりましたな」


 第四艦隊司令長官の加雲中将が勝行に聞く。


「うむ。我が艦隊の艦砲の射程を知ってか知らずか、それよりは近づいてこなかったな。もともと里見を警戒しておったのじゃろうが、我らが現れたで驚いたのであろう」


「はは。されどこれで、われらの存在は小田原に届いているでしょう。敵も十分な備えをしておると存じます。明日、本当に小田原に向かわれるのでございますか?」


「戦に来たのではないのだ。まあ、戦ではあるのだが、打ち合うなとの仰せだからの。氏政とやらの顔もみてみたい」


 停泊中の富士の司令長官室で、珈琲コーヒーを飲みながら勝行は話す。


「それに夕刻までに俺が戻らなければ、城下を火の海にせよと命じるつもりじゃ。連中もそれを聞いて馬鹿な真似はするまいよ」


「だと良いのですが……。氏政は先の早雲・氏綱・氏康とは違い、為政者としては優れていても、戦はどうかと言う声も聞きまする」


「ははは……。わからぬぞ。戦下手ならここまで領土を拡げる事も能うまいよ」


「確かに、それはそうですが」


「明日は俺と幕僚のみを連れて行くぞ」


「いけませぬ! 長官にもしもの事があれば由々しき事にございます」


「だからだ。俺に何かあったら、誰が艦隊の指揮をとるのだ? 伊予守より加雲、お主が先任であろう? お主が指揮せずして誰がするのじゃ」


「……はは。それでは十分にお気をつけくださいますよう」


「わかっておる。わはははは!」





 次回 第611話 小田原評定ならぬ小田原決定

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