第593話 女真派遣団の帰国と蝦夷地開拓

 天正二年四月十二日(1573/5/23) 諫早城


 二年前の夏に始まった蝦夷地の開拓と入植は順調に進んでいた。


 蝦夷地交易を独占的に任せている太田和屋弥次郎の交易船の運航とあわせて、人員の輸送も行われたのだ。


 まずは大首長チパパタインの勢力圏内である小樽に、艦船の整備が可能な湊を整備している。


 3,000トン級の戦列艦の整備はさすがに無理だが、停泊可能な広さの天然の湾がある。


 生産拠点としての集落は、和人居住地の上乃国村よりはるか北から始めた。


 セタナイ(現久遠郡せたな町)一帯に居住するアイヌの首長ハシタインの支配地より北、スッキという地より順次整備しているのだ。


 仮に今後松前の蠣崎氏が北上してきたとしても、緩衝地帯になるだろうし、ハシタインを支援することで友好関係が結べる。


 同時に蠣崎氏とは険悪になるかもしれないが、別に悪い事はしていない。


 各集落には小規模ながら湊も併設し、集落ごとの人や物の輸送にはアイヌの船や和船が用いられた。各集落は、まずは100人程度を第一次入植者としている。


 小樽は500名だ。これには港湾整備のための人員も含まれるし、ニシン漁をさせるための人員も含まれている。


 史実ではニシン御殿と言われるほど、ニシン漁に携わる人は儲かった。


 1年くらい漁をすれば、相応の儲けがでる。


 食用としてはもちろんだが、ニシン粕は肥料になるし、魚油は精製して販売もできる。石けんやロウソクの材料にもなるのだ。


 その他にも、適当な島があったら罪人の流刑地にしようと純正は考えていた。


 樺太は島だが広すぎるし、入植者とのトラブルは避けたい。どこか適当な島はないだろうか? そう考えていたのだ。


「九郎次郎よ、農業と漁業はどうか?」


 曽根九郎次郎定政は農水省大臣で、その横には次官の波多しげしがいる。


「千右衛門、領内の街道整備は目処がついておろうが、蝦夷地、いや北加伊道と呼び方を変えたのであったな。北加伊道の街道整備はいかがじゃ?」


 国交大臣の遠藤千右衛門。まだ純正が肥前を統一する前からの譜代の臣である。


「まずは農業よりも漁業の収益化が先になろうかと存じます。報せによりますと、彼の地では御屋形様が仰せになっておりますニシンの他に、ホタテ・スケソウダラ・サケ・マス・ホッケなどに加えて昆布なども豊富に獲れるようです」


(※生物名称は便宜上そのまま使用しています)


「ほう? さすが北加伊道だな。ホタテの……」


 純正は海鮮は大好きなのだ。居酒屋でのホッケはマストだったし、ホタテ料理は最高だ。


「御屋形様、いかがなさいましたか?」


「いや、何でもない。他には?」


「は、このような海の幸は乾物にて輸送能いますので、アイヌの産物と同様に日ノ本全てで商いが能うかと存じます」


 アイヌ! そうだ。


「うん、それだ。アイヌの人達と円満な関係を築くのだぞ。経産省、甚右衛門(岡甚右衛門)。今後北加伊道で漁獲量が増えたとしても、アイヌからの輸入を減らしてはならぬぞ。しかと考えるのじゃ。それから現地での労働力としてアイヌの人を雇うでない。ダメではないが、われらの領民と同じ扱いをするのだ」


「はは」


 史実ではアイヌの人達は住むところを追われ、生活を変えさせられ、苛酷な環境で生きている事を強いられたと言われている。純正の目標はあくまで共存共栄。


 そこを念押ししたのだ。


「農業はいかがじゃ?」


「は、じゃがいもをはじめとした寒さに強いと言われる作物を数種類考えてはおりますが、未だ内陸部の探険は終わっておりません」


「うむ」


「内陸部の探検隊の報告を待ち、沿岸部の開拓の事の様(状況)をみて、順次開拓を進めたく存じます」


 今のところ問題はないようだ。


 2年前に弥次郎が探険を開始してからようやく開拓の目処がたってきたが、それでも人・物・金が足りない。


「街道の整備にございますが、沿岸部を中心に進めております。れど平地が少なく崖の多き地は如何いかんともし難く、山を切り開いての整備となります」


「うむ。やはりそうか。では物流はもとより、入植者の営みの助けとなるような整備をいたせ。金はかかっても構わぬ。ゆくゆくはより大きな銭となって返ってくるであろうからな」


「はは」


 純正は各拠点に陸海軍の設営地をもうけ、不慮の事態に備えるようにもした。将来的には旅団~師団規模の兵力を置く事になるだろう。





 ■四月十六日 諫早城


「おお、源五郎、大儀であった。よくぞ戻った」


 満州、女真族の建州女直スクスフ(蘇克素護)部のギオチャンガ(ヌルハチの祖父)へ、通商の使節として送っていた松浦源三郎鎮信である。


「は、再び御屋形様のご尊顔を拝することができ、恐悦至極にございます」


「よいよい。堅苦しい挨拶はぬきじゃ。して、いかがであった?」


「は、族長のギオチャンガは還暦前後に見えましたが全く衰えを知らず、今なお族長として部族をまとめています。息子のタクシは文武に優れていると評判で、孫のヌルハチは聡明な印象を受けました」


 建州女直はスクスフ(蘇克素護)部・フネヘ(渾河)部・ワンギヤ(完顔)部・ドンゴ(董鄂)部・ジェチェン(哲陳)部の五つに分かれていたが、スクスフが一番大規模であった。


「ふむ。明朝との関わりはいかがじゃ?」


「は、明は交易権の停止をちらつかせて、部族同士の対立をあおって内部分裂を狙っているようですが、女真もそれはわかっているようです。ゆえにつかず離れずのようです」


 なるほど、と純正は言って続けた。


「明からは何を輸出しているのだ?」


「は、他の朝貢国と変わりないものを下賜する形で行われております」


「ふむ。生糸や絹織物、陶磁器、綿糸、織物、香料などか?」


「はい」


 何のことはない。純正の領内で生産できるものばかりである。香料に関しては輸入しなければならないものもあるが、台湾やフィリピンで栽培しているものも多い。


「我らからの贈答品に関しては、いかがであったか?」


「は、至極驚いていたようで、明国の品と遜色ないと言っておりました。交易も快諾を得、友好的な関係を築けるかと」


「そうかそうか。重畳重畳。明が朝貢国として尊大な態度を女真にとっている限り、我らに利ありじゃ。引き続き頼むぞ。もし、火薬や鉄砲、大砲などがいるならば、内密に話を持ってくるのだ」


「はは」


 明の滅亡を早めるくらいに女真に力をつけて貰えればいい。


 しかし清が建国されて、今の明がやっているような政策をとられるとまずいので、勢力が拮抗する状態が長く続くよう調整しなければならない、と純正は考えた。


 大陸を二分した争いに発展させ、清が友好条約を結ぶのであれば全面協力しようと考えたのだ。


 



 次回 第594話 一貫四百五十匁(約12ポンド)一貫斎砲と五馬力蒸気機関

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