第579話 純正の同盟国の事情。畠山義慶と佐渡の儀。

 天正元年(1572)八月十五日 能登 七尾城 


 発 修理大夫 宛 権中納言


 秘メ……○▽■ぐしゃぐしゃぽい……。



 


 平九郎、元気ですか? 


 いや、最初は例の通信文で書こうとしたんだけど、あれ、いくら暗号っつったってダダ漏れでしょ?

 

 それに急ぎの用事でもないしね。こちらはおかげ様で元気です。


 綱連つなつら連龍つらたつは不満があったようだけど、納得して今はしっかり働いてくれています。


 一度俺も肥前に行ってみたいけど、しばらくは無理そうだ。


 それから、新しい商船は蝦夷からそのまま肥前にいけるそうだけど、ちゃんと能登を経由してお金を落としてね。


 次郎義慶よしのり





 畠山義慶は、親類である純久を除いて、純正が気の許せる唯一の友人であったが、反乱を平定したあとは忙しい日々を送っていた。


 佞臣とはいえ国を動かしていた重臣を三人も失ったのだ。


 政権内において、長続連の後には嫡男で家督を継いでいる綱連をおき、連龍をその補佐とした。


 遊佐続光と温井景隆の所領は没収して直轄地としたが、遊佐続光の旧領は家臣の池田大炊助おおいのすけに本領を安堵したうえで代官として治めさせた。


 温井景隆の旧領も同様である。


 景隆の実弟の三宅長盛は三宅家を継いでおり、また謀反には関与していなかったため、本領はそのままで、代官として治めさせたのだ。


 重臣が空いた席は大きかったが、側近の大塚孫兵衛尉連家を抜擢し、原田孫七郎も相談役のような形で残した。もちろん純正の了承のもとである。


「孫兵衛、放生津との船の往来はいかがか?」


「は、万事つつがなく」


「うむ」


 上杉から割譲され、純正に譲られた放生津であったが、越中においては守護所があった場所で有数の湊町である。


 義慶は能登の輪島や穴水、所口湊と往来する定期船の帆別銭を免除したのだ。


 商船は徴収するが、能登越中間の商船は優遇された。今まで以上に人の往来を活発にしての商業振興策である。


 旧上杉領のほとんどは小佐々の直轄地になったのだが、名目上、越中守護は義慶である。義慶もそれはよくわかっていて、しゃしゃり出るような事はしない。


 領内が平穏に、豊かになれば、どうでもいいのだ。そのへんは義慶も先進的である。自らの守護としての立場を、純正に利用されたなどとは思わない。


 むしろ能登での権力を強化できたので、感謝はあっても不満などないのだ。


 世の中の失敗する人の多くは、分をわきまえず、これより多くを求めてしまう。


 考えての事なのか生来の気質なのかわからないが、そういう部分でも、純正と義慶は気があったのだ。


 守護代として婦負郡と射水郡を治めるようになった菊池武勝との連携も忘れない。


 越中戦役の際に義慶の呼びかけに応じて挙兵して以来、こちらも気が合うようで、円滑に進んでいる。





 八月の初め、佐渡討伐の勅書が発せられた。


 名目は、越中を平和にしようとした純正に抵抗した謙信に味方したためだ。


 多少強引な点も否めないが、そこは無理強いしてでも強行した。


 そういう意味では職権の乱用、朝廷は純正の傀儡であり、真の帝は純正なり、と言われても仕方がない面もある。


 結局、強い者が正義という事実は変わらないのだ。


 しかし、純正は朝廷が要望したことは基本実施し、嫌がることは極力しなかった。天下を統一して頂点となる、というのは結果論で純正の真意ではなかったからだ。


 



 驚くほど簡単に、佐渡は落ちた。上杉の降伏を知ったのだろう。佐渡には本間家があり、一族が割拠して覇を争っていたが、それどころではない。


 本家を凌ぐ河原田本間家と羽茂本間家が降伏した事で、本間一族すべてが降伏したのだ。


 それにしても、直接砲火を交えた訳ではない純正である。


 本領安堵……と考えなくもなかったが、佐渡は蝦夷交易の中継地点であり、要所である。ここがなんらかの拍子で裏切ったなら、経済面・戦略面で窮地に立たされる。


 特に、降伏したとはいえ、上杉は健在で謙信も生きているのだ。重臣から何を馬鹿な事を! と言われる前に国替えとした。


 場所は肥後天草の直轄地である。国替えの上減封となったので、純正はさらに反発が起きるのではないかと危惧したが、そこは機を見るに敏なのであろう。


本間一族は甘んじて処分を受け、従ったのだ。


 鉱山を探し採掘し、産出量を上げるために金山衆が派遣されたのは言うまでもない。


 これで純正は石見銀山に生野銀山、佐渡金銀山に薩摩の菱刈金山、財源となる金山をさらに増やして盤石としたのだった。


「さて治郎兵衛(深作治郎兵衛兼続)、佐渡と越中・越後の陸軍はなんとする?」


「は、されば……ごほっぐほっ……。失礼しました。越中の富山城に新設の第五師団を置き、うち一個旅団を佐渡と直江津に配すのがよろしいかと存じます。兵糧と弾薬は富山、直江津ともに一年分を蓄え、佐渡はその半分でよろしいかと……」


「治郎兵衛、いかがした?」


「申し訳ありませぬ。大事ありませぬゆえ、ご心配には及びませぬ」


「治郎兵衛殿、歳なのですから、無理をしてはなりませぬぞ」


「やかましい! まだまだ若いものには負けぬわ!」


 海軍大臣の深堀純賢の冗談に反論する治郎兵衛であったが、やせ我慢と捉えられなくもなかった。

 

 徐々にではあるが、日高たすくしかり、波多志摩守しかり、世代交代の波は確実に押し寄せてきていたのだ。


「いずれにせよ、体は全ての源であるからの。大事にせねばならぬぞ。……大膳(深堀大膳純賢)よ、海軍はいかがか?」


「は、現状としてはそのまま第四艦隊を直江津に配備するのがよろしいかと存じます。加雲(第四艦隊司令長官)は出羽の大宝寺出羽守と面識がありますゆえ、艦隊の運用に役にたつかと存じます。また、佐渡の代官も変るとなれば、特に問題もないかと」


「うむ、あい分かった。われらは図らずもいくさをしておるが、望むところは和をもって貴しとなす、である。決して驕ることなく、今の我らがあるのは他の人のお陰という心を忘れるでないぞ」


 「「「ははあ」」」





 次回 武田大膳大夫勝頼の野望

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