第542話 庄川決戦:島津義弘の挑戦
天正元年 四月二日 辰三つ刻(0800) 庄川西岸(能町村) 島津義弘陣
「申し上げます! 敵、南一里半(約5.8km)の大門新村に陣を構えてございます!」
「何? 南だと? やつら、我らを思い消ちたるや(無視しているのか)! ?」
物見の報告を聞き、上杉軍の陣の所在地が自らの正面ではなく、三好勢が渡河を試みる大門新村である事を聞いたためである。
「兄者、これは我らを軽んじておるのではなく、誘っておるのではないかと考えまするが、いかに?」
弟の三男、島津歳久が言う。
「誘って、おる、か……。うむ、そう考えれば合点がいく(理解できる)のう。わざとわれらに川を渡らせ、掛かってくるというのか?」
「左様、庄川の東には
「うべなるかな(なるほど)。して、放生津の兵はいかほどか?」
「は、われらが
「なんと! たったの五百とな? わはははは!
「は、然ればいかがいたしましょうか。このまま待ちても変わりませぬ。まずは先陣を渡らせ、様子をみつつ全ての勢を渡らせてはいかがでしょうか」
「そうよの……」
「兄者! 先陣は是非ともそれがしに!」
そう叫びながら進言したのは四男の家久である。史実では沖田
「島津殿!」
軍議の席で家久の次に発言したのは、伊東家の家老、山田宗昌である。
「なんでござろう、次郎三郎殿」
「それがしに、ぜひ先陣をお願いいたしたく存ずる。伊東と島津は前(以前)に宿縁(因縁)あれど、今は同じく御屋形様にお仕えする身にござれば、何卒お願いいたしまする!」
伊東家の現当主は伊東
現在は元服をすませているが、家臣としては初陣を勝利で飾らせてやりたいのだろう。
「兄者!」
なおも強く希望する家久を、義弘は手で制した。
「あいわかった。六郎五郎殿(伊東祐兵)の初陣、見事勝ち戦で飾られよ。然れど、敵は謙信にござる。ゆめゆめご油断めさるるな」
放生津城の兵力は五百であったが、戦いは何が起こるかわからない。しかも相手は謙信である。
義弘は伝令を総本陣の道雪のもとに送り、まず伊東軍を先陣として渡河させる旨を伝えた。
最左翼の島津陣から本陣の道雪軍、そして最右翼の龍造寺軍までは六里半(約26km)離れていたが、連絡のとれない距離ではない。
関ヶ原での家康本陣の桃配山から小早川秀秋の松尾山までが二里弱(7km)である。
各陣に伝令用の替え馬を複数頭準備しておけば、本陣から最右左翼に往復二時間で伝達が可能なのである。
■上杉本陣
「御実城様、敵は、島津は乗ってきますでしょうか?」
「さて、それはわからぬ。然れど、乗って来ようが来まいが、我らの勢(軍勢)に地の利あり、
上杉軍の陣立ては次の通りである。
・先陣左翼に甘粕景持の千、中翼に(鬼)小島弥太郎の二千、右翼に柿崎景家の千。
・中陣左翼に吉江景資の千、中翼に中条藤資の二千、右翼に新発田長敦の千。
・本陣に六千。(謙信、須田満親、斎藤朝信他)
・後陣左翼に本庄繁長の千、中翼に甘粕景継の二千、右翼に村上義清の千。
総勢、
「敵が川を渡ってくれば、右翼の景家を半里(約2km)北へすすませ、川口村あたりで迎え撃てばよい。先陣、中陣、後陣の右翼で取り籠み、放生津の兵が後ろをとれば、終わりよ」
「そう上手くいくでしょうか? 敵は、われらは直に打ち
「ふふふ、そ(それ)はわしも聞き及んでおる。正に(確かに)庄川での
「はは、では手はず通り行いまする」
「うむ」
■島津本陣
「申し上げます!」
「なんじゃ」
伝令が叫んで報せてきた。
「上杉より、対岸より矢文にございます!」
「見せよ」
未だ申し入れず候と言へども(書面を交わしたことはありませんが)、初の文がこの様に
然れども、鎮西にて無類の軍上手と聞き及ぶ、島津兵庫頭殿と相見ゆる(戦える)事、光栄の至りに候。
この上は正々堂々、謀なく臨まんと存じ候。
四月二日 謙信 恐々謹言
島津兵庫頭殿
「ふふ、ふはははは!」
「「兄者、いかがなされた?」」
歳久と家久が聞いてくる。
「見よ」
義弘は歳久に謙信の矢文を見せる。
「これは……掛からずに待っておるから、早く渡ってこい、と?」
「そのようだの」
歳久の言葉に義弘は答えた。
「されど、我らの虚をつく謀やもしれませんぞ」
家久が釘を刺す。
「ははははは、かもしれぬ。されど、それでは謙信の名は地に落ちようぞ。大義に生き名分に
確かに、という納得の表情の弟二人を見て、義弘は返書を矢文で送り返した。
先陣、伊東軍の八百がまず渡り、ついで二陣が渡って本陣の祐兵軍が渡りきる。その後に肝付軍も続いた。
謙信の策略、ありや、なしや。
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