第534話 謙信との決戦近し! 越中国人の混沌と畠山義慶の参戦

 天正元年 三月三十日 能登 所口湊


「ご一同、それがしも合力いたしたくまかり越しました。何卒末席に加えてくだされ」


 畠山義慶である。家臣団と合議の上、自らの手勢のみであれば、という条件つきで出陣となったのである。


「畠山修理大夫義慶よしのりにござる」


「戸次道雪にござる。修理大夫殿、お心遣い有り難いが、それがし御屋形様よりこの勢の大将を仰せつかっておりまする。されば、それがしの下知にうべなう(従う)事になるが、よろしいか?」


「構いませぬ」


 義慶は道雪の目を見て、はっきりと答えた。


(うむ、若いが良い目をしておる)


 これから立花軍、島津軍、龍造寺軍、摂津三好軍、一条軍にわかれて作戦行動をとることになる。





 ■天正元年 三月三十一日 越中国射水郡 阿尾城付近


 七尾城から阿尾城までは27.8kmの距離であったが、三十日の昼過ぎから行軍し、阿尾城に着いたのは翌日の三十一日の昼過ぎであった。


「さてご一同、使者は誰にいたそうか」


 華々しい合戦の場ではない。誰もが尻込みしているところに義慶が口をひらいた。


「それでは、それがしが参りましょう」


「ではお願いいたそう。確かな答えがなき時は帰ってきてくだされ。抑えの兵をおいてわれらは先に向かいまする」


「お心遣い、痛み入りまする」





 ■城内


「殿、気悪けあし(凄まじい)数の勢にございますな」


「うむ、話半分に思い湧きたり(考えていた)が、かように多いとは。しかも飛騨と信濃に四万の兵を配しておると言うぞ」


 家老の名越左馬助の問いかけに、城主、菊池右衛門尉武勝は答えた。


「殿、飛騨と信濃はこの目で見ておらぬので、それこそ話半分かと思いますが、さりとて七万にはなろうかと」


「そうよのう。謙信が二万できたとて三倍の兵力であるが、此度ばかりは謙信も厳しかろうか……」


「日高、なんでしたかな? ああそう甲斐守にござった。かのものが言うように、動かぬだけでも良いのではございませぬか?」


 武勝は考えている。小佐々と戦うか、動かぬか、それとも合力して謙信と一戦交えるか。


「確かに、動かぬだけでも良いとは申しておったが、誠にそれだけで良いのだろうか?」


「いかがなされましたか?」


「いや何、今でこそ我らは氏張うじはる(神保氏張・守山城主)にうべなうて(従って)おるが、今を逃せば勢を盛り返す機は二度と来ぬような気がしてならぬのだ」


「左様にございますな。このまま謙信が越中を統べる事になれば、われらは神保長住の下の神保氏張、そのまた下になりますからな」


「さて、いかがすべきか……」





「殿、畠山修理大夫様がお見えです」


「何? 修理大夫様が?」


 意外な来訪であった。


 越中での争いは一向宗との争いだけではない。神保長職ながもと(長住の父)は越中制覇のために東進し、椎名氏をおいつめたものの何度も謙信によって阻まれている。


 そのたびに能登畠山氏の仲裁を受けているのだ。


 謙信に対抗するために一向衆を味方につけるも、内輪もめで一向宗と敵対する羽目になり、上杉と組んで今度は一向宗を相手に戦っている。


 弱小国の性とは言え、神保長職は変わり身が早い。


 しかし、仲介の恩義があるのはであって当代の義慶ではない。


 一体何の用だろうか? 武勝は不審に思った。





「初めてお目に掛かります。畠山修理大夫にござる」


 義慶は畠山修理大夫(従四位下)であり、武勝は右衛門尉(従六位上)である。三つも上の官位であり、長官(かみ)と判官(じょう)の違いもある。


 そのため武勝は上座に義慶を迎え、自らは下座に座って挨拶をした。


「わざと(わざわざ)お越し頂き、恐縮にございます。菊池右衛門尉にございます。此度はいかなる御用向きにございましょうか」


 自分より二回り年上の武勝が下手に出ているのに恐縮した義慶は、あわてて言葉をかける。


「いやいや、右衛門尉殿、そのような畏まった挨拶は無用にござる。なに、用と言うほどの事ではござらぬ故、すぐに退散いたしまする。過日使者が参ったと思いますが、その返事を聞きにきたのでござる」


 使者? 畠山家の使者? はて、何の事だろうか?


「恐れながら……修理大夫様の御使者とは? 身に覚えがございませぬが」


「ああ! これはすまぬ! それがしの、畠山の遣いではない。権中納言様の郎等(家臣)で、日高甲斐守という者が参ったであろう? その返事を聞きにきたまでなのじゃ」


 な、に? 小佐々の郎等、日高甲斐守の返事を聞きに、能登畠山修理大夫様が……? という事は……。


「修理大夫様、もしや権中納言様に合力なさった、のでございますか?」


「左様、それがしいくさは好まぬが、不識庵謙信殿は、われの申し入れを断ったからの。致し方あるまい」


 武勝はすぐに状況をのみ込んだ。


「左様でございましたか、失念しておりました! 申し訳ございませぬ」


「なに、構わぬ。中納言様とはよしみは通わしておったが、兵を挙げるのは昨日今日(最近)決めた故な。して、いかがであろうか?」


「無論! われらも合力いたしまする。動かぬだけでよい、との事にございましたが、あるべうびょうもなし! (とんでもない)権中納言様ならびに修理大夫様にうべないまする!」


(畠山の勢が加われば、八万近いではないか。ここは乗っておかねばなるまいよ!)


「左様か! では兵の姿を見かけたが、すぐにでも出立できるのであろうか?」


「無論にございます!」


 こうして射水郡阿尾城主、菊池武勝の軍勢が大名軍に加わった。





 ■礪波となみ郡 城生じょうのう


「殿! 弾正少弼様より、文が届いております!」


「見せよ」


 近習から渡された上杉謙信からの書状を見て、城主の斎藤次郎右衛門尉信利は頭をひねる。


「さて、いかがすべきか……」


 十日ほど前に、神保長住からの陣触れによって兵を集めていた信利の心は揺れ動いていたが、謙信の書状を見て重い腰を上げたようだ。


 しかし、なにか考えているようでもある。


「誰か! 喜右衛門はおらぬか!」


 しばらくして家臣の喜右衛門がやってきた。


「よいか、喜右衛門、わしは決めたぞ。お主はこれより七百を連れて……」


「七百! ? それでは半数、いや三分の二以上にござる! 殿の勢はわずかな兵と供回りだけになりますぞ」


「構わぬ、密かに……せよ。よいか、決して……であるぞ!」


「はは!」





 ■第三師団、陸路にて北信濃の平倉城へ 4/5着予定。

 ■第二師団、吉城郡塩屋城下

 ■杉浦玄任、井波城着。

 ■謙信、越中富山城着。

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