第465話 小佐々純久とグネッキ・ソルディ・オルガンティノ

 元亀二年 七月十六日 京都 大使館


「おお、これはオルガンティノ殿、久しいですね。どうされたのですか?」


 京都でフロイスとともに布教をしているオルガンティノが訪問してきた。


 オルガンティノはイエズス会の宣教師で司祭である。


 昨年の元亀元年に来日、以前から学んでいた日本語をさらに習熟させ、文化も学んで京都で布教をしている。


 この戦時にあって、京都防衛の総指揮官は純久であったが、近代的な用兵に関しては知識や経験がない。


 そのため戦術面・戦法面では、第三師団第三旅団長の神代貴茂准将(現統合旅団長、暫定少将)が指揮を執っている。


 大枠を純久と貴茂が決めて、残りの細かな事は貴茂が決定する仕組みだ。だから純久は大抵大使館にいるのだが、久しぶりにオルガンティノが訪れたのだ。


「治部少丞様、最近は戦の話でもちきりです。このミヤコはコザサ家の方が守っているので安心だと言われますが、心配なのです」


 心配なのは当たり前である。十三代将軍義輝はキリスト教の布教を許可していたが、三好に殺され、宣教師達は都を追われ摂津に避難していたのだ。


 今の将軍義昭は信長の力で将軍になっている。


 その信長がキリスト教を保護しているのだから、信長が負ければ、永禄の変の後のように、また京都を追われてしまう。


「オルガンティノ殿のご心配はもっともでござる。しかしながら心配ご無用。この都はわが小佐々が守っておりますゆえ。それに、弾正忠様は、じきに敵を倒して戻って参りまする」


 純久のその言葉に根拠はなかった。ただ純正のいつもの予言で、大丈夫、という変なお墨付きだけだったのだ。


 しかし、現実は違った。野田城が陥落したのだ。野田城が陥落すれば次は吉田城、そして岡崎城。三河の戦線が崩壊し、織田・徳川ともに為す術がなくなる。


 今まで当たり続けてきた純正の予言が、今回ばかりは外れるのか? と思っていた。


 しかし、その野田城の落城の報せの後、不可解な情報が入っていたのだ。


 発 情報省東国 宛 近衛中将 複写 治部少丞


 秘メ 野田城 陥落セリ 然レドモ 信玄ノ 狙撃 成功セリ ソノ証ニ 武田軍ノ 動キ 甚ダ 怪シ 吉田 岡崎 イズレヘモ 向ワズ 慌タダシキ 有リ様ニテ 深刻ナル 容体ト 認ム 秘メ


 信玄の目的が上洛にしろ、織田・徳川の殲滅にしろ、あるいは三河・遠江の併合にしろ、今までの進軍速度を考えると明らかにおかしい。


 半月も停滞している。城を攻めるでもなく、さらに西上するでもなく、遅々として進んでいない。やはり、信玄が死亡もしくは重篤な状態だと考えた方がいいだろう。


 そう純久は考えていた。


 現に野田城陥落の報せ以降、具体的な武田軍の動きが入ってこないのだ。情報省の職員(透波)は、基本的に二人一組で行動する。一人が何かのトラブルに見舞われても、報告するためだ。


 トラブルがなければ一人はそのまま監視をし、一人は報告に走る。


 通信網(信号所)のあるところまで行き、暗号に変換して送る。小佐々家では総務用(一般用)、情報省、外務省、陸海軍省で個別の暗号があるのだ。


「われらと織田家、力をあわせて守りますれば、ご安心ください」


 純久はそう言ってオルガンティノを安心させる。


 武田軍はすなわち信玄であり、信玄がいなくなれば瓦解する。


 強力なカリスマは強いが、いなくなれば弱い。そして信長包囲網も、見た目は包囲しているようでも、その実は信玄におんぶに抱っこである。


 純久の考えでは、信長を倒したとしても、我こそは! という人物はいないとみている。朝倉は越前に引きこもっているだろうし、松永弾正も領土欲は今のところもっていない。


 三好義継は弱すぎる。どう考えても力不足だ。


 弾正と組んでもう一度三好の天下を、と考えていたとしても、元々の本拠地は別の三好が領有しているし、河内一国を統一したことろで変わりない。


 結局のところ信長の上洛前に戻るだけで、なんの変化もない。また戦乱の世に戻るだけである。結局全員が、私利私欲で動いているだけなのだ。


 しかし、オルガンティノの質問と訪問のタイミングが妙だ。


 包囲網による畿内の戦は、今始まった訳ではない。二ヶ月前の訪問ならいざ知らず、なぜ今、初めて言ってくるのだ?


「ああ、そう言えばオルガンティノ殿。しばらく見かけませんでしたが、この半年ほど、どうされていたのですかな。どこかに遠出されていたとか」


 宣教師は布教に関わる事で月に一回程度挨拶にくる。京都だけでなく小佐々領全域でそうなのだが、今となっては純正側から宣教師に何か働きかけることはない。


 二、三年前にトーレスに頼んで、ポルトガル王へ親書を送った時に添え状を書いて貰ったくらいだ。


「はい、少し所用がありまして、東国まで足を伸ばしておりました」


「ほう? そうですか。尾張ですか、それとも三河? いやいや、あの辺りはそれこそ危うし。いつ出かけたのですか?」


 なんだか警察の尋問みたいになっているが、純久は気にしない。


 オルガンティノも気を悪くする様子もない。茶菓子を食べ、紅茶や珈琲を飲みながらの世間話のついでなのだ。


「半年前、いえ、二月くらいでしょうか。相模まで足を伸ばしました。伸ばした、で言葉アッテイマスカ?」


「相模! ?」


 純久は仰天した。なにい? 二月? 


 あのときの宣教師とは、オルガンティノだったのか! 会合衆の一人が会っているとの情報だったが、そこから情報が途切れていたのだ。


『変わらず、変化なし』と送った後は、純正も尾行をやめるよう指示を出していた。これは、わざと間を空けたのか? つけられると想定しての行動? 相手も忍びなのか?


「ああ、その『伸ばす』で合っております。その、それで、何をしに行ったのですか?」


 動揺した心を鎮め、そう見えないように振る舞いながら聞く。


「はい、相模は遠かったデスガ、わが同胞が言葉もわからず絶望の淵にいると聞き、居ても立っても居られない。ああ、コレあっていますか?」


「はい、あっています。それで、その後は……?」


 純久は根掘り葉掘り聞いた。


 ルイスという名前のイスパニア人が遭難して相模に漂着した事や、氏政が助け、『いすらでしえるた』(isla desierta・無人の島)という名で呼ばれる島へ送り届ける事、などを聞き出した。


 ん? タダでか? 純久は疑問に思った。そんなはずがない。


 貿易だ! 純久は急いで純正に報告した。



 


 発 純久 宛 近衛中将


 秘メ 会合衆ノ件 ツブサニ 判明セリ 相模ニ 南蛮人 流レ着キ 北条氏政 ソレヲ 助ク ソノ 通詞ヲ 捜サントシテ 


 会合衆ノ ツテヲ 頼レリ シカシテ 氏政 南蛮トノ 貿易ヲ 考エリ 南ニアル イスラデシエルタ ナル 島マデ 


 送リ届ケルヲ 題目トシテ 貿易ヲ 求メリ 然レドモ ポルトガルニ 非ズ イスパニア ラシ 秘メ

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