第431話 純正の和睦会議
元亀元年 十一月二十二日 伊予 湯築城
「よもやこの中に、おのが欲のために戦をしかけ、領土を拡げ私利私欲を貪らんとする方はおられぬと存ずるが、いかに?」
会議室全体が静まりかえった。波乱の、幕開けである。
まず、口を開いたのは、驚くことに宇喜多直家であった。
「宇喜多三郎右衛門尉(直家)にございます。備前国邑久(おく)、上道、御野の三郡を治めております。祖父を殺され、父も戦いの中で横死。ただ家の復活のため侮られぬよう邁進してきたのみ。平和は求めて止みません」。
宇喜多直家は中国の三大謀将で、謀略と裏切り、暗殺を繰り返して備前一国を統一したイメージだったが、実は生い立ちは悲惨なものであった。
本人が言っている事に嘘はない。
しかし、対面の三村元親は鬼の形相である。おのれが何を言うか! とでも言わんばかりだ。
「右衛門尉殿の言や良し。かくいうそれがしも兄を失い、元服間もない頃に父が生死の境をさまよい、翌年には叔父三人と義父上を亡くした。皆様方も多かれ少なかれ、ご経験の事と思う」
純正は全員の顔を見ながら、続ける。
「そのような経験をしている前提でお話しいたすが、ここではその恨み辛みを一旦忘れて話をして下され。もちろん忘れ去る事は出来ぬだろうが、そればかりだと前にすすまぬ」
それを聞いて、恐れながら申し上げる、と発言してきたのは、さきほどの直家の発言に異を唱える三村元親であった。ギラギラしている。
「それがし、備中国の三村修理進(元親)と申す。中将殿におかれては、日ごろのご厚意、感謝の至りにござる。されどこたびは、物申したく存じます」
「なんでしょうか。どうぞ」。
純正は丁寧に発言を許可する。議長のような役割だ。
「かたじけない。それがし、そこな直家に父を殺され申した。しかも、鉄砲にて不意打ちにござる。このような卑怯な輩と……」
「修理進殿」
「同じ卓にて話し合いをするなど……」
「修理進殿!」
「! し、失礼いたした」
「修理進殿、そのような無礼な物言いは謹んでいただきたい。宇喜多殿、もしくは右衛門尉殿とお呼びくだされ。他の皆様もよろしいか」
純正の鋭い物言いに、一同は黙ってうなずく。
「修理進殿、お父上の件、誠に残念に存ずる。心よりご冥福をお祈りする。その上で確認したきことがあるが、よろしいか?」
「は、なんなりと」
三村元親は毛利と従属同盟を結んでいたが、純正と毛利との会談の内容は知らされていない。
「四年前、備中をほぼ平定したお父上は、毛利家の後ろ盾を背景に、備前や美作に勢力を伸ばそうとした。これで間違いないか?」
「は、相違ございませぬ」
「攻勢の毛利、三村勢に対して、宇喜多殿はどう考えられた?」
突然ふられた直家であったが、話はしっかり聞いており、なんと答えるべきかもわかっていた。
「は、これはとても正面から攻めてばかりでは敵わぬと考え申した」
「なるほど。それで永禄九年(1566)の二月五日、美作興善寺に滞在している家親殿を、重臣と評議中に殺した。遠藤秀清、俊通兄弟を用いて鉄砲にて射殺した、という訳ですな?」
「は、左様にございます」
直家も元親も驚いている。
なぜそこまで詳細に事の顛末を知っているのか。四年前の事なので調べればわかることだが、まるでその直後に知っていたような純正の口ぶりである。
事実、当時は九州を藤原千方率いる石宗衆、毛利や中国四国を空閑三河守率いる空閑衆に探らせていたのだ。当然、知っていた。
「さておのおの方、これをどう考えますか? 卑怯だと罵りますか? それとも妥当だと考えますか?」
誰も発言しない。暗殺という手口は、確かに褒められた事ではないかもしれない。
しかし、生き馬の目を抜くこの戦国の世である。
親兄弟が争うご時世に、身辺の警護や、狙撃をされないよう周辺の監視をしていなかった方が悪いとも言えるのだ。
「毛利殿はいかがお考えか?」
輝元はビクッとしたが、横に座っていた吉川元春も小早川隆景も、そわそわしだした。
「それは……それがし、毛利家は当事者にございますれば、身内びいきと受け取られても仕方ござらん。気持ちを考えれば、卑怯とも言えましょう」
しかしながら……。輝元はしばらく時間をおいて続けた。
「この戦国の世の武家の当主として考えるならば、備えをしておらなんだは、失策ともいえると存ずる」
元親がさっと輝元を見る。まるで味方から見放されたような顔をしながら、言いたいことを我慢している。
「俺も同じだ。もう、堅苦しいしゃべり方はやめだ。言いやすいように言う。修理進殿、俺も同じ立場なら、同じように卑怯者と罵り、恨み辛みが生まれるだろう」
純正は輝元の発言のあと、なるほど、とうなずいてそう続けた。
「しかし、鉄砲で敵を射殺すことが、そこまで卑怯な事か? 戦場なら許せて、寺なら駄目なのだろうか。常在戦場、常に心は戦場にありと考えなければならないのではないか」
まるで全員から責められているような気がして、元親は言いたいことが言えず、鬱憤がたまっているようだ。
「勘違いなさるな。修理進殿の気持ちは十分わかる。当然だと、踏まえての事だ。では毒を盛る事はどうなのだ? 謀を巡らし、宴に呼んでだまし討ちするのは?」
全員、徐々に純正が言わんとしている事が、この会議の趣旨がわかってきたようだ。そう、大がかりな和睦の調停と、服属の条件のすりあわせの為の会議なのだ。
基本的に当事者同士の問題に、他の参加者は発言しない。
意見を求められた時だけだ。純正はもう、正直、面倒な事はまとめてやっちゃえ! という発想でこの会議を発案したのだ。
もちろん、西日本の平和のためだというのは間違いない。それが大前提だ。
「あまり褒められた事ではないし、俺自身も好きではない。しかしそんな最後の手段を使わねば勝てない、またはそうしてでも勝たなければならない、要するに目的のために何を捨てられるかという事だ」
名を捨て実を取ることの重要性を言いたかったのだ。実を取り名も残せれば一番いいが、そうもいかない。
「その上で修理進殿、宇喜多家をどうしたいのですか?」
突然の質問に、何か言いたげだった元親は、とまどう。
「宇喜多殿の首をご所望か? それとも一族皆殺しであろうか? あるいは領土。宇喜多家の全てを奪いたいのであろうか?」
場が凍り付いた。全員が元親の返事を待っている。昼食になってしまった軽食のサンドイッチを食べて、すでに一刻半(3時間)が過ぎようとしていた。
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