第404話 正四位下近衛中将源朝臣小佐々平九郎純正となる、のか?

 元亀元年 六月十日 諫早城 小佐々純正


 いや、近衛中将って、俺は検非違使もやってるんだよ?


 え? 兼任? いいよ、別に。肥前から動かないから。どうせまた叔父上から嫌み言われるんでしょ? いやだよ。


 そもそも近衛大将とか中将って誰かやってなかった? それから右と左があったはずだけど、まさか兼任じゃないよね? 


 まじで勘弁だよ。もう、あ、思い出した。義昭だ、義昭が権大納言になるまえに右近衛中将だった。右も左もついてない? 両方? ……もういいや。


 しかし、そろそろ所司代は辞めるか? 信長と義昭のムードも水面下で険悪になりつつあるけど、いざとなった時に所司代辞めますって、出来ないだろうからな。


 阿波三好氏(三好三人衆の母体)の降伏と、服属を含めた摂津における戦乱収拾。加えて織田家と包囲網陣営の和議の立役者となった俺に、朝廷から昇任の打診がきた。





 陛下


 臣従四位上検非違使別当弾正大弼小佐々純正、謹んで申し上げ候。


 先の織田弾正忠殿と、阿波の三好家をはじめ、本願寺、延暦寺との間の争いにおいて、和議が成立し候へど、陛下の御威光のもと、畿内に平穏が戻りたること、心より感謝申し上げ候。


 今般、新たなる官位と官職の賜を勅書にて賜り候。しかるに臣の所行は、幕府の命により三好を討つのみにて、昇任に値するような勲功などなきに候。


 また、臣は陛下の忠臣に候へども、同時に武士として幕府に仕え候。幕府の命なく昇任を承るは不忠の行いとなり、天下に混乱を招くことと存じ候。


 この上は公方様にも御裁可を賜わり、朝廷ならびに幕府ともども臣の昇任を許し賜りたく存じ上げ候。


 何卒お慮りの上、御裁断を賜りますようお願い申し上げ候。末筆ながら、陛下の永遠なるご健勝をお祈り申し上げ候。


 臣従四位上検非違使別当弾正大弼小佐々純正





 要するに、やれと言われてやっただけの事だから、いりません。


 それから直接もらうのはどうかと思うので、どうしてもというなら、幕府も通して許可をもらえれば、ちょうだいします。


 ……と、こんな感じだ。


 朝廷と幕府と信長にも送った。もちろん主語と中身は多少かえたよ? 義昭には、あくまで私は幕臣ですので公方様の許可なくもらえません、とかね。


 信長には、かくかくしかじかで来てたんだけど、面倒くさいけど、別に受けても受けなくてもどっちでもいいよね? 的な。


 義昭はそろそろ俺の事を苦々しく思い始めている頃だろうから、配慮しないとね。信長は、どうだろう? 正直警戒はしているだろうけど、まずは一向一揆と朝倉だろうからな。


 さて、今日は定例の閣議だ。


 ■元亀元年度 全体閣僚ならびに理事会議

 

「さて、今後の方針だが、忌憚ない意見を聞かせてほしい。まずは戦略会議室から」。


 純正は諫早城の大会議室の中で、居並ぶ臣下を前に言った。


「はい、わが小佐々家は高で五百五十万石を超え、直轄地のみで三百五十万石を超えました。この数字だけで見れば、仮に友好国である織田と相まみえても、優勢に事を運べるくらいの力になります」


 織田の名前が出ると場がざわついたが、別に変なことではない。


 直茂をはじめとした戦略会議室の面々は、織田家を仮想敵国として考え力を蓄える事で、不測の事態に備えようとしているのだ。


「ゆえに朝廷や幕府、織田家とは今後とも誼を通じ、毛利に対しては播磨、因幡、但馬、備中などの大名と親交を結ぶ策でよろしいかと存じまする」


 直茂の発言には、誰も異を唱えない。


 伊予の国衆は、昨年の河野の服属とほぼ同時に傘下に入っている。讃岐の国人衆は、三好が分裂して服属や降伏した影響もあり、ほぼ支配下となった。


 これにより、瀬戸内海の西の防予の島々から忽那、芸予、塩飽、そして小豆島や淡路を支配下に置くこととなった。


 能島と因島の村上は毛利に従っているものの、来島海峡を通れば問題はない。


 これで最悪、摂津と淡路の三好が寝返っても、石山本願寺が信長に敵対した際には、毛利からの援軍と兵糧は絶つことができる。


 もし毛利が本願寺へ援軍を送るならば、播磨までいかなくとも備前は支配下に置いておかないと、陸路と海路での補給は困難である。


 塩飽衆、真鍋衆、日生衆、小豆衆の妨害にあうからだ。


 すでに純正は歴史を変えてしまった。


 これでは第一次も第二次も、木津川口の海戦は起こらない。結果鉄甲船も必要なくなるし、十年に及ぶ石山合戦も発生しないのだ。


 しかし、歴史の矯正力とやらが働けばどうなるかわからない。


 そもそも異世界なのかパラレルワールドなのか、単純に戦国時代に転生しただけなのか、それすら今考えればわからないのだ。


「利三郎、外務省の見解はどうだ?」


 大筋の戦略に対する質疑応答が終わった後、利三郎に尋ねた。


「はい、大枠で、左衛門大夫殿(鍋島直茂)のおっしゃるとおりにございます。朝廷、幕府、織田家に関しては問題ありませぬ。三村には通商とならんで、農業やその他産業の育成指導も行っております」


「なるほど、良好だな。三村家の内情はどうなのだ?」


 純正は近隣の情勢を確認した。


「は、三村家は、ほぼ毛利に服属するような形となっております。しかしながら停滞しているとは言え、当家と毛利は不可侵と通商を結んでおりますので、三村家と親交を結ぶのは問題ありませぬ」


「なるほど」


「昨年から今年にかけて、毛利の援助を受け備中の上房郡の庄氏を降伏させておりまする。これにより備中はほぼ三村が治むる事となりました。しかし……」


「なんじゃ?」


「備前の児島郡にございますが、本太城を中心とした児島郷が宇喜多に奪われております。ここは昨年、三好と宇喜多、浦上が連合して攻め寄せ、奪われたのでございます」


「なるほど。よし、それに関しては奪還の手助けをすると伝えよ。こちらとしても児島郡は、完全に三村の勢力下になくてはならぬ」


「はは」


「そのかわり、塩飽の島々に番所をおいて警備をする旨、了解を得よ。台場を築いて毛利の水軍を通らせぬようにな」


「かしこまりました。十分に利のあることゆえ、断りますまい。それに毛利にしても敵対する宇喜多や浦上の力を削げるのです。われらの助力に文句はないでしょう」


「ああ、それから忘れるなよ。三村には、今は毛利に服属しておるゆえ勝手に攻守の盟は結べぬが、いつでも結ぶ用意はある、と伝えておくのじゃ。結ぶ利あれど損はなし、とな」


 史実では、宇喜多と結んだ毛利に激怒して、三村は毛利から離反する。それを見越しての伏線なのだろうか。


「播磨の別所や赤松、但馬と因幡の山名の反応はどうだ?」


「は、おおむね良うございます。しかしながら山名は毛利と敵対しておりますれば、大っぴらな親交は難しいでしょう。完全に毛利と敵対するまでは、水面下で動くほかありませぬ」


「それでよい。あと一年から二年先の話となるであろう。フィリピンではまた、イスパニアが攻勢に出てくるであろうから、なるべく準備は早く進めておきたい」


「では、そのようにいたしまする」


「皆、他に質疑等はないか」


 それぞれの疑問点や提案などが行われ、大蔵省の提議と質疑応答に移った。

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