第399話 受け入れるか?三好への降伏条件と気球

 元亀元年 五月十二日


 将軍義昭からの和議の要請は、大使館の純久を通じてすぐに純正へ伝えられた。





 臣小佐々弾正大弼純正、公方様の御命により、三好長逸、三好宗渭、岩成友通との戦を和議にて収め候。


 しかるにこの合戦、公方様の三好を討たんとの命により生じましたること、なにとぞお察しいただきますようお願い申し上げ候。


 一度刃を交えれば、多大なる人、物、金を要するが如く、こたびの戦も同じと存じ上げ候。


 さらにわが家中の武士や兵の命、多くを失ったるがゆえ、和議の条件に関しては微塵も譲る気持ちはございませぬ事、申し上げ候。


 以下にその条件を申し上げ候。


 一つ、戦を止め、兵を退くを奉りますれども、三好は和泉堺の湊より速やかに退去し民を安らかにせん事。


 一つ、阿波においては勝瑞村の八百九十石以外の村々を小佐々の下に置く事。


 一つ、讃岐の国人らの去就については、三好はいかなることにも干渉せざる事。


 一つ、讃岐にて三好の策略により安富家に譲渡せしめられた領地を寒川家に返上する事。


 この条件を三好が受け入れ候えば和議といたしたく存じ候らへども、全てが以前の如くには参らず候。


 三好が条件を受け入れ奉るも、受け入れざるも、洛中並びに畿内には安寧が戻りて静謐となり候。


 なぜかと申しますれば、受け入れざる場合、小佐々が三好を完膚なきまでに討ち果たすゆえ、結果は同じとなり候。


 織田弾正忠殿においては盟友なれども臣の配下にあらず、三好や本願寺、延暦寺と和議を結ぶか否かは、臣の所為に非ずと存じ奉り候。





 こういった内容の返書が、ふたたび大使館の純久を通じて室町御所の義昭に届けられた。純正が応じたのは、義昭から要請があった、という理由だけではない。


 義父である二条晴良からも、頼まれたのだ。無論、それが晴良の本心でないことは想像に難くない。


 朝廷内の政治で、晴良に白羽の矢が立ち、純正に願わずにはいられなかったのだろう。


 以前純久に話していた、付和雷同しない、いわゆる以前三好に世話になっていた者や、義昭の息がかかっている公家勢力である。


 三好がこの和議の条件をのむかのまないか? 純正にはどちらでも良かった。のまなければ滅ぶのみなのだ。


 まともな頭を持っているなら従うだろう。純正はそう考えていたのだ。


 ■諫早城


「殿、よろしいでしょうか」


 そう言って謁見を申し出たのは忠右衛門である。


「なんだ、どうしたのだ」


「はい、実はお願いがございましてまかりこしました」


「叔父上、どうしたのですか改まって」


「はい、仕事に関する事なのですが」


 うむ、と純正はうなずいて聞く。


「わが工部省は、殖産方の頃より、様々な道具の開発や改良、商品化を行ってまいりました」


 忠右衛門はさらに続ける。


「加えて産業の発掘から振興、駅馬車や伝馬制、造船、鉱山、製鉄、鋳造、通信、灯台、各種製作、工学、土木、測量など様々な業務を執り行っております」


 確かに他の省庁は、外務省なら外交、内務省なら戸籍や生活に関する事、司法省なら裁判や刑の執行等、あるていど業務の範囲が決まっている。


 それに比べ、工部省は多岐にわたっているのは事実だ。


「産業の振興に関しては農林水産省と経済産業省に分離され、駅馬車や伝馬、測量と土木は国土交通省を発足させることで移管がかないました。しかし本来、それがしは物作りがしたいのです」


 本人の希望と効率を考えて言っているのだろう。確かに単一の省で管轄するには膨大な業務量である。


「実際に人手が足りませぬ。あれもやりこれもやりでは、将来重大なる事故が発生するやもしれませぬ。また、一つのことに集中できれば成果も上がりやすいかと」


「ふむ、確かにそうだな。具体的にはどのように考えているのだ」


「はい、まずは新しく通信省なるものを設け、伝馬や飛脚、各種通信を任せます。そして造船や鉱山、製鉄に鋳造は経済産業省に移管すべきかと。これらすべて経済の基盤にございます」。


「うむ」


「さすれば工部省は、新しきものを考え、試行錯誤してつくりだし、実用化までを行う。この一点のみに集中が出来申す」。


「なるほど、それは確かに、もっとも成果をあげやすく、叔父上も余計なことを考える事なく仕事ができるな」


 純正は冗談っぽい笑いを忠右衛門に見せながら、話をつづける。


「はい、さらに新しき船や大砲、鉄砲などの武器に関する開発は、海軍省や陸軍省の中に工廠をつくって、独自に研究開発させるのがよろしいかと存じます」


「ほう? それはなぜだ?」


「現場を知っている者が開発に携わることで、より実用的で能力の高い物ができるからです」


「たしかに。現場を全く知らぬ者がつくれば、見当違いのものになるな」


「はい、さらにこの機会に、工部省の名前を改め、科学、化学でもいいのですが、技術省。科学技術省と変更すればよいかと存じます」


 なるほど、科技省ね。昭和の。あ、あれは庁だったか。と純正は思った。


「純アルメイダ大学の科学部、化学部、工学部、数学部、物理学部、造船、土木各学部の卒業生を研究員に迎えて研究開発を行います」


 忠右衛門はさらなる飛躍に向けて目を輝かせている。


「相わかった。では次の閣議で審議にかけよう。俺は全面的に認可する。それから……それから、気球の研究に入れ」


「はい! え? 殿、気球とは?」


「あれ? (あ、この時代、まだないのか?) いや、いい、こう大きな布袋を作ってな。中に暖かいこの、おぬしが言っておった空気を入れるのだ。そうすれば浮くであろう?」


 あれ? やばい。ちょっとこれは火をつけたか? そう純正は感じた。


「かしこまりました。この忠右衛門、身命を賭して研究いたしまする」


 いや、身命は賭けなくていいから、と思う純正であった。

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