第372話 土佐安芸郡一揆④小佐々家の介入は人道支援?

 永禄十二年 十一月十五日 土佐 岡豊城


 急な報せを受けた香宗我部親泰は、急ぎ京より土佐へ戻り岡豊城で長宗我部元親と会議を行っていた。


「殿、状況はいかがにござるか」


「うむ、攻めかかっておるが、なかなかに手強い。勢いは強まるばかりじゃ。使者を出し条件の話し合いをしようと考えておる」


「話し合いに応じましょうや?」


「それはわからぬ。わからぬが、やつらも無駄に兵を損ねたくはあるまい。それに背後に三好もおる。時間はないはずじゃ」


 元親と親泰は状況を見極め、先に知った触れの中身を吟味する。

 

 ・先の戦の触れに従い、領地を治むこと。

 ・安芸郡の統治は、安芸十太夫に許すこと。


「これは論外であるな。われらとて無傷で手に入れたわけではない。手に入れた領地を、それも安芸家の遺児に明け渡すなどできるわけがない」


「さようにございます。しかし、この、先の戦の触れ、とはなんでしょうか」


 親泰は元親に尋ねた。


「それがの、一条を攻めたときに小佐々が助勢に入ったであろう?」


 はい、と親泰は短く返事をする。


「安芸郡の城は小佐々にやられてしまったが、その時じゃ。小佐々の兵が掲げた触れらしい」


「それは! こたびの一揆、小佐々が扇動したと?」


 親泰は驚きを隠せない。


「いや、そうではない。さすがにおおっぴらに扇動はせぬであろう。ただ、奴らは民を懐柔するために触れを出したのであろう」


「確かに、攻め取っていながら安芸家が治める、とはおかしな話でございますからな」


「その通り、ゆえにわれらはできる事を探し、やつらの弱みと引き換えに条件を引き出さねばならぬ」


 二人は、何か光明が見えてきたようである。

 

 ・先の触れ通り、年貢を一年許すこと。

 ・年貢の取り立ては、四公六民とすること。


「これは、できぬ事はない。不作の年は年貢を減らしておったし、四公六民は長い目で見れば民の暮らしを良くする事にもつながるであろう」


「そうですね。厳しいですが、できぬ事ではありませぬ。しかしそうなると他の郡も、という事になりますな」


 いわゆる渋い顔、というのであろうか。しかめっ面をしている。

 

 ・賦役を免ず、または軽くすること。


「これは無理であろう。いったい誰が橋を架けるのだ? 誰が道を整えるのだ? 誰が治水をするのだ、城にしても砦にしてもそうだ。どうやって民を守るのだ」。


 元親の言うとおりである。豪華な宮殿を作ったり、酒池肉林をするために賦役を課すのではない。

 

 ・兵の徴収は十八歳より三十歳の間の二カ年、これを常備の兵とし、俸禄も与えること。

 

「このような事、銭がいくらかかると思うのだ? できるはずがない。親泰よ、聞いた事があるか?」


「いいえ、ございませぬ。ただ……」


「ただ、なんじゃ?」


「浦戸に、ございます」


「何? 浦戸じゃと? さきの戦の条件で、小佐々に貸しておる土地のことか?」


 元親は怪訝な顔をする。浦戸と今回の一揆(以降蜂起と表記)が、なんの関係があるのだ? そう思ったのだ。


「はい、さようにございます。浦戸では今、城に大筒を構え、数カ村を囲むような堀に土塁を備えておると聞き及んでおります」


 親泰は、あってはならない可能性を話し出す。


「そこでは賦役にも賃金を支払い、軍役はあるが二カ年のみで、こちらも俸禄がでるようにございます」


「なにい!? それではこたび蜂起したやつらの要求と同じではないか! それに、そんな事ができるのか? 莫大な銭になるぞ」


「できるのかを考えるのは、詮無きことと存じます。現に行われているのであれば、できているのでしょう」


 ううむ、とうなりながら元親は考え込んだ。


「ではそなたは、こたびの蜂起に小佐々が関わっていると思うのか?」


「そうではありません。ただ、攻め取った地にて新しき触れを出すのはよくある事。そして、こたびの三好攻めを合わせると、年に三度の戦になり申す。これでは民の不満も高まりましょう」


「では一体どうすれば良かったのじゃ? あのまま戦っていれば間違いなく長宗我部は滅んでおった。朝廷や幕府、信長に頼んでやっと和議を結んだのだ。その幕府の命を、できません、では済まぬであろう?」


「……」


「親泰よ、これはもし、小佐々が絵を描いているならば、ますます力攻めにはできぬぞ」


「おおせのとおり、公言はせずとも、兵糧矢弾を供するだけでも手を煩わされると存じます」


 二人が蜂起軍との話し合いに、小佐々の要素を入れて考え頭を悩ましている時であった。


「申し上げます! 安芸十太夫より書状がきております」


「なんと」


 返事を出さない元親に対して、安芸十太夫は業を煮やし、書状にて今後の対応を迫ったのだ。


「見せよ」


 元親は書状を読み、読み終わると親泰に渡した。





 蜂起してからはや二十日以上が過ぎんとしておる。されども、軍勢は見え戦を仕掛けてきてはおるが、何の返答もなく、交渉の使者も姿を見せぬ。


 ゆえにもはや結構である。要求を飲むこともなし、安芸郡は再び我らが手に帰せん。戦が起ころうとも、退くことなどせん。


 安芸郡に干渉をせず、われらを捨て置け。





「なんだこれは!」


「一方的な通達ですな」


 武力鎮圧するにも時間がかかりすぎており、和議の交渉のタイミングも逸した事になる。もちろん使者を送って交渉をすることは可能であるが、安芸十太夫の気持ちは完全に独立志向である。


「しかし、いずれにせよ使者を送ってヤツらの腹を探らねばなりますまい」


 うむ、と元親は返事をし、やはり使者としては親泰が最適だと考える。


「申し上げます!」


「今度はなんだ?」


 元親も親泰もいらだちを隠せない。


「浦戸より安芸城へ、兵糧が運び込まれてございます!」


「なんだと!」

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