第356話 小佐々領の第一次農業改革と第一次産業革命

 永禄十二年 十月二十三日 諫早城


 永禄九年の八月に始まった領内の街道のコンクリート舗装は、肥前においてはほぼ主要な街道で終了している。


政庁である城同士をつなぐ街道と、湊や信号所のある地点間での舗装だ。


 主要街道から始めているが、筑前、筑後、北肥前、豊前、豊後の順である。現在は北肥後は宇土城まで、豊後は門司から府内までが完了している。


 府内~日田間も完了したので、並行して行っていた伝馬宿と飛脚宿の設置で伝達速度が飛躍的に上がったのだ。


それでも手旗や発光で通信する速さを考えたら、九州北岸の街道を迂回した方が早い。また、コンクリートでの街道整備とあわせて行われたのが、治水工事だ。


 街道整備でもそうなのだが、最初は単にコンクリートを流して適度にならして乾くのを待つという方式だった。


しかしなにか違う、何かが足りないと思って、純正は父と相談したのだ。


 型枠である。型枠を使う事によって所定の幅、厚さに成形する事が可能になった。


あぜ道や小規模な農道なら必要なかったかもしれないが、交通量の多い大規模な主要街道である。


 これは舗装工事の実施とほぼ同時期に開始した。幸い型枠に塗る潤滑油として菜種油を利用できたのは、米の裏作として菜種を栽培していたからだ。


 石けんの材料や照明、食用にも使用していたが、大量に生産していたので型枠での利用で油不足が発生することはなかった。


 まず初めに実施したのが雪浦川。本来であれば規模の大きい筑後川を優先すべきだが、実験の意味合いもあって彼杵郡の雪浦川で実施したのだ。


 地元の河川を先に整備したいという思いがない、といえば嘘になる。


 しかし、十分なノウハウもなく行うのは危険だと判断したのだ。ちょうど橋を架ける工事も行っていたので、物資その他を運搬するのにも都合が良かったのも理由の一つである。


 雪浦川で成功した後、筑後川に着手した。


 当時龍造寺は降伏していたので問題はなかったが、対岸の筑後の国人衆はまだ大友側の勢力だったので、部分的にしかできなかったのだ。


 もちろん、筑後を勢力下においた後は、遅れていた(対抗勢力がいたため出来なかった)工事を再開させた事は言うまでもない。順次規模の大きい川や水害の被害が多い河川の改修工事も行った。


 また、農業用の機械や肥料にも改良が加えられた。工部省と農商務省の尽力のおかげなのだが、事実産業の改革においての技術革新は大きい。


 まずは脱穀の際に使われていた千歯こきだが、これは純正の記憶の中にあった。素材に何を使うのが一番いいのかという試行錯誤はあったものの、比較的容易に導入できた。


 しかし、なにかが違う。純正は幼いころ実家で見た記憶があるが、それよりも、ドラム式のぐるぐる回る脱穀機が印象深かった。


イメージを何とか具現化して工部省に頼んで実用化させたのだ。クランクの導入は大きい。


 1時間当たりの作業能率は、千歯扱きで約45把だったものが、足踏みの脱穀機で約250~300把ほどに飛躍的に向上したのだ。


収穫後の労働においては、その他にも唐箕なども実用化させた。純正の前世での地元、実家は農家であったがその全部が棚田であった。


 トラクターやコンバインなどの農業機械は記憶にあったが、戦国時代での実用化などは夢である。ただし、確か正条植えというのだろうか、ひもを引っ張って均等に苗を植えるのは覚えていた。


 それが当然だと思っていたのに、されていなかったのですぐに実行に移したのだ。肥料に関してもそうである。臭いし汚いで、純正は幼い頃嫌で嫌で仕方がなかった。


 その時に使っていた祖父母が肩にかけていた棒のようなもの。その左右に桶のようなものをつけ、糞尿を運んで隣の畑に運んでまいていたのだ。


 あれがいわゆる堆肥だったのか! おばあちゃんの知恵袋ではなく、おじいちゃんも入っていた。実家のくみ取り式のトイレに溜まったものは隣の畑に運んで使っていたのだ。


 純正の促進もあって小佐々領では洋食が普及し、食用の鳥や豚、牛などが飼育されていた。それらの糞尿を改善し肥料として使っていたのだ。


しかし、硝石の製造に利用していたので大量に使用できないという問題があった。


 この問題は、硝石の製造に培養法や海藻法が利用されるようになってから改善された。そのため堆肥としての人畜糞尿を利用できる比率が増えたのだ。


「との! 殿! とのお!」


 けたたましく、という表現がぴったりの忠右衛門の久々の登場である。


「久しいな忠右衛門、天久保の工房に籠もっている方が、政治より性に合っているか」


 ははははは、と純正の冗談を笑いながら受け止めているのは、小佐々の創成期から技術革新を支えてきた、叔父である太田和(沢森)忠右衛門藤政である。


見ると、となりに従弟の源五郎がいる。


「今日はどうした親子そろって。あれ、一貫斎はいないのか?」


「あいつ、いや、一貫斎はなにやら『らいふる』なる新しい南蛮の銃のしくみに没頭しております。鉄砲などの軍事技術はやつの専門ですからな。そんなことより!」


 なに? ライフルだと? 純正は思わず目が輝いた。ライフルだと? ライフリング? 


 あれは幕末、19世紀に入ってからの発明ではなかっただろうか? ヨーロッパで実用化されていたのか? 


それが本当なら早急に導入して改良、実戦投入しなくては。


「との!」


「ああ、すまん。そんなに慌ててどうしたのだ?」


「出来たのです!」


「だから何が出来たのだ?」


「やっと、やっと、殿が以前おっしゃっていたものが……出来たのです」


 忠右衛門は涙目だ。


「父上、言葉が足りませぬ」


 横にいた源五郎が忠右衛門に耳打ちする。とたんに忠右衛門は顔を真っ赤にしている。


「よい、落ち着いてゆっくり話せ。さあ、座るがよい」


 洋間の居室でくつろいでいた純正のもとにやってきた二人は、一礼して椅子に座り、純正に正対して答えた。


「蒸気のからくりができたのです」


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