第344話 肥薩戦争⑪島津家の存亡をかけた大博打

 永禄十二年(1569) 十月十二日 戌一つ刻(1900) 薩摩 内城


「無礼千万! あり得ぬ! 兄上、なにゆえお認めになったのですか?」


 義弘は激昂して声を荒らげ、物に当たり散らしている。


「そうです! 一戦も交えずして下ったとなれば、島津は笑いものになりますぞ!」


 家久は義久に詰め寄っている。


「下るにしても、これはない。四千石など、昨年下した入来院や菱刈、東郷よりも少ないではないか」


 歳久は座り込んで、腕を組んでしかめっ面だ。三者三様の考えと、いや義弘と家久は似ているのだが、そのうち強烈なのが義弘、というところだろう。


「義弘よ、お主の申すこと、わしが理解しておらぬとでも思っているのか? わしがなんの感情もなく、こうして考え結論を出そうと考えているとでも?」


 ! と、何かを言いかけた義弘は、それを飲み込み、義久に答えた。


「そうは申しておりませぬ。純正のやりよう、あまりに一方的、われらの事など何も考えておらぬではありませぬか。あれをそのまま受け入れるなど、耐え難い!」


 怒りの矛先をどこへ向けてよいかわからず、天を仰いでいる。


「わたしもそう思います! これでは今まで付き従ってきた家臣達に、示しがつきませぬ。かれらも、はいそうですかと、すんなり小佐々に降るとも思えませぬ」


 それを聞いた歳久は、はっとして手をたたき、声をあげた。


「そこよ! 付け入る隙はそこしかない。むろん、戦をする事もできよう。一戦交えれば、多少なりとも今より条件を良くすることもできよう」


 おおお、そうだそうだ、とでも言わんばかりに、義弘と家久は体を乗りだし、歳久の方を向き話に聞き入る。


 しかし、それは難しいだろう、と歳久はきっぱりと否定する。


「確かに一度や二度は勝つかもしれぬ。しかし勝ち続けられるか? 小佐々の高は三百万を超えるぞ。四国や南方の兵を引いたとしても四万はおる。連合を入れれば、五万に届こう」


 拳を握り、歯ぎしりをする義弘と家久であったが、歳久は続ける。


「それに、水軍の兵は入っておらぬし、常備の兵も入れておらぬ。こたびのわれらと同じように、少し厳しく集めれば、十万はいかずとも、七、八万にはなる。四、五倍の敵とどう戦うのだ」


 二人の苦悶がいっそう激しくなる。


「それゆえ戦をするのは厳しいと考える。それよりも今後が肝、仕置をした後じゃ」


「どういう事だ?」


 義久が詳細を尋ねた。


「われらを四千石で仕置して、残りをどうするのか、という事です。さきほど家久が言ったように、はいそうですかと小佐々の言うとおりに動く、代官や用人がいるのか、どうか」


 三人が顔を見合わせながら、歳久の続きを待つ。

 

「われら島津家においては、国人の勢力が未だに強し。その上、国人たちとの取り計らいが必要となります。兵を挙げるにしても年貢の収納においても、その意向を軽視するわけにはいきませぬ。これは島津家の勢力を増すには、障害となるでしょう」


 うむ、と義久はうなずく。


「しかし、小佐々がわれらの地を治めるのであれば、状況は有利となるかもしれませぬ。小佐々の者は、知行地よりも銭を重んじ、それを禄としております」


 小佐々家が行っている中央集権化の一環での事だ。


「だが、国人たちはいままで土地を知行として受け取り、そこに生きてきた。簡単には変えられぬでしょう。国人の土地を一様に取り上げて、すべてに銭を禄として与えるわけにはいきませぬ」


 歳久は続ける。


「この薩摩の地でそのようなことをすると、各地で騒ぎとなるでしょう」


「では、それを根拠に条件を出すと?」


 家久が確認する。


「うむ、むろん条件は認めぬと言ってきたのじゃ。条件ではなく、質問のような形で聞くのだ。いったいどうするつもりなのか、とな」


「それで、小佐々はなんと言ってくると思うか」


 義久は肝心要を聞いてくる。絵に描いた餅ではなく、相手の動向を読み、先んじて行動しなければならない。


「そこは難しいところですが、おそらくは選択肢をあたえ、選ばせ、双方納得する話し合いに持っていくのではないかと思われます」


 話し合いだと? と義弘が首をつっこんでくる。


「われらは攻め取った領土や国人の権益など、こちらで勝手に差配してきたぞ。条件を飲むか飲まぬか、二者択一だ。小佐々はそのような面倒くさい事をやっているのか」。


 義弘はいま自分たちが置かれた立場が、かつての国人衆たちと同じなのだと気づくが、それでもここまでひどくはなかった、と自らを肯定している。


「そうです、だからこそ介入のしがいがあるのです。言葉巧みに国人をたらしこんで、取り込もうとするでしょう。しかし、実際はどうだか」。


「具体的にはどうするのだ?」


「小佐々に対しては何もしませぬ。従うふりをしておきます。さすがに明日出ていけとは言いますまい。国人に手を回し、従わぬようさせるのです」


 ふむふむ、と全員がうなずいている。


「もちろん、小佐々の事ですから、われらが素直に応じるとは思っていないでしょう。応じれば疑われますから、そこで義弘にいの、出番です」


 なに? と小さく口に出して、自分の名が出た事に少し驚いた様子の義弘だったが、すぐに居住いをただして聞き返してきた。


「それで、おれはどうすれば良いのだ?」


「特別な事はしなくても良いのです。喚き散らして騒ぎたてる、そして家久がそれに同意する。わたしと義久にいが、懸命にそれを止めて、しぶしぶ了承するが、時間ももらう」


「うまくいくだろうか」


 義久は、少し不安げだが、他に方法はない。国人を裏で操って小佐々に反旗を翻させる、姑息な手段ではあるが、やるしかないのだ。


「よし、ではそれでいこう。うまく行けば本領安堵くらいまでは、なんとか譲歩させる事ができるやもしれぬ」


 話がまとまり、全員が意気高揚して明日の会談に臨むことになった。国人衆への根回しは、これから行う。

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