第282話 陸と海のシルクロードと虫よけ植物

 永禄十二年 二月五日 小佐々城


 四ヶ月かけて、やっと明からの返書があった。答えはシンプルだ。要するに今回の件は知らない、そして台湾は未開で野蛮人の住む所であり、統治圏外であると。言質をとり、そしてこれは正式な国の文書でもある。


 これで台湾へ小佐々軍が駐屯しても問題ないわけだ。明には文句を言われない。昨年、永禄十一年の十月以降、十一月には種子島、十二月には琉球との折衝が終わった。フィリピンへの使節派遣は終わり、ベトナムの富春に向かっている。


 随行させた職人や人夫は、年末より城塞の造営に取り掛かっているはずだ。それ以降、人夫を往復して送り込んでいる。職人の日当は倍の百文、棟梁に関して言えば二百文だ。人夫でさえ七十文支払う。


 航海の危険、風土病の危険、そして故郷を遠く離れて働いてくれる人への感謝の気持ちだ。六千人を予定していたが、工期を早めるために七千人を送り込む予定に変更している。一日の人件費は五百二十貫にもなる。一月で一万五千六百貫だ。


 年間で十五万貫程度はかかるのだ。そして種子島や琉球はともかく、事件のあった台湾をこの工事の中継地にするかどうかは物議をかもした。しかし結局、明への問い合わせと同時進行で陸軍を駐屯させた。警備をさせつつ、中継基地として使ったのだ。


 いかに効率よく、安全にフィリピンへの人員派遣を行うかが今回の目的である。


「玄甫よ、虫除けの薬草の採取は進んでおるか」

「はい、大量に持たせてあります。ある意味食料より大事ですから。それから領民を総動員して野草の採取を行い、また栽培可能な物は栽培を開始しております」

 よし、引き続きたのむ、と純正は言い進捗を確認する。


「除虫菊の、いや、まあいい。いや、もう今後はそう呼ぶ。虫除けの効果のある除虫菊は見つかったか」


 玄甫の顔が暗い。

「申し訳ありません。まだ、虫除けに効果があるかどうか、わかっておりません。練り方や製造方法に問題があるのか、それとも菊自体にその成分が含まれているかどうか、それを確かめている所です」


 そうか、と純正はいい、まずわかっている全ての菊を集め、それから製造法を考えろと指示した。乾燥させて、何かを練り込んで固めた物なのだ。


「それから、例の植物に詳しい者はどうだ?」

 玄甫は、はっとして純正に目を輝かせて言う。


「はい、それが、地中海、ええと……」

 地球儀を探す。知ってるよ、と純正は思いながら笑った。ここであろう? そう言って地球儀の一点を指さした。


「なぜご存知なのです?」

 純正はまた、人差し指で口を押さえた。意味のわからない玄甫はポカンとしていたが、すぐに我に返り、


「はい、その地中海の遠くオットーマンエンパイア(オスマン帝国)のゼタ、ラシュカという地域に咲いている菊が、地元の民に虫除けに効くと知られているようです」


 玄甫は目を輝かせながら答える。科学者、いわゆる研究者というのは、新しい発見に目がないのであろう。


 オスマン帝国! ポルトガルやスペインだけでなく、ヨーロッパ諸国の敵である。地中海の制海権を握り、アジアからの貿易品の権益を独占していたため、大航海時代を誘発したとも言われている。


「オスマン帝国かあ。ちょっと厳しいかもな。うーん、いや、ちょっと待てよ」

 純正は玄甫に、ゼタとラシュカはどの辺りなのかを確認した。オスマン帝国の東端、アジア方面なら厳しいと思ったのだが……。


「ここです」

 そう玄甫が指を差したのは、現在のセルビア付近である。

「よし、よし! よし!!」


 純正はガッツポーズをしたが、終始その行動は玄甫にとっては挙動不審であった。しかしいずれにしても、数ヶ月はかかる。シルクロードを通れば距離は近いが速度が遅い。それにシルクロードは盗賊が出るかもしれない。


 中国へ渡るだけでも日数がかかる上に、その先の広東省か福建省から長安までさらにかかる。一方海路は、その逆だ。


 しかし、どんなに早くても半年から一年はかかる。戻ってくるまで二年から三年はかかるわけだ。


 海路は一応ポルトガルの支配地域である港を経由するから、難破や海賊の危険はあっても、少なくとも助かる可能性は高い。どちらも甲乙つけがたいが、両方の路線で、いや、やっぱり海路にしよう。中国での煩雑な手続きに時間がかかりそうだ。


 海路ならそれはない。それから純正はもう一つの考えを玄甫に聞いた。


「玄甫よ、日本の物も西洋の物も、東インド(東南アジア~)で種を蒔けば自生するか?」


「は、日本の物は未確認です。しかし全ては確認できておりませんが、西洋のハーブ類の植物は三分の二以上が自生すると聞いております」


「よし、それでは単に家の周りに鉢植えにするだけでなく、街中いたるところで種をまいて自生させよう。周りの未開の土地にも開発をしたなら種をまく。これで虫が寄りにくくなるであろう」。


 純正は現地で調達できる物は調達し、大量の虫除け植物栽培計画を実施に移した。


「玄甫よ、その方菊の研究と並行して、虫を防ぎ、虫を殺す成分の研究を生物学科の教授と学生達と一緒に行え。よいか、これは小佐々の命運を左右する研究であるぞ」


 はは、と玄甫は返事をしさらなる研究に励むのであった。

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