第252話 敵味方、知易行難

 九月八日 亥の二つ刻(2130) 城井谷城 第四軍 龍造寺純家


『ハツ ソウシ アテ ゼンシ ヒメ ワレ ヲヲトモト ワヘヰニ ケツス チクゼンタケヤマジヨウ ハウヰ カヰジヨ カウゲキ テヰシ ニテ ゼングン カウゲキ テヰシ リヨウナヰマデ ヒキ タヰキセヨ ヒメ マルハチ トリサン(1800)』


 和平交渉開始の通信が届いた。その半刻(1時間)後、更もう一通が続いた。


『ハツ ソウシ アテ ゼンシ ヒメ ホン ツウシン リヨウカヰ マタハ ケネンテン アレバ ソノムネ ヘンシン スベシ ヒメ マルハチ ヰヌヒト(1900)』


 下高橋城にて筑紫殿を失い、将も兵も疲れているだろう。ここいらで休息をとらせるのもいいだろう。しかし油断は禁物。警戒は解けないが交替で休ませよう。しかし状況を見るに、われらが圧倒的に優勢ではないだろうか。


 それでも和平とは、我が家門に情けをかけて下さったのと同じ様に、大友にもかけるのだろうか。もっともまだ大友は負けてはおらぬが。


「神代殿、平井殿、殿の判断をどう見ますか」

 傍らにいる神代長良と平井常治に尋ねる。


「どうも何も、殿がお決めになった事ですし、臣下のわれらが申す事でもありますまい。ただ、交渉は難航するでしょうな。土地、人、物、銭、など様々なものが絡んでまいります」


「さよう。現状は明らかにわれらに有利。大友にどのくらい譲歩させ、どのくらいわれらの権益をまもるかの条件次第にございます」

 平井常治が言った言葉に、神代長良が続く。


 今私がする事は、和平の障害とならぬよう振る舞う事だろう。


「長房殿。われら小佐々と大友で和平交渉が始まったようにございます。殿は領内で待機との指示をだされましたゆえ、今しばらく逗留させていただいてもよろしいでしょうか」


 もちろんにございます、と長房殿は応えた。民の動揺を抑える事はやらねばならない。


「民には、軍の逗留は戦をするためではなく、和平の交渉中であるから、と触れを出して下さい。私も軍には規律を厳にして、民を怖がらせる事が無いようにいたします」


 さて、どのくらいの期間が必要であろうか。


 ■九月九日 卯の三つ刻(0600) 豊後南山城途上の野営地 第五軍 神代貴茂


 神代貴茂准将を大将とした小佐々軍第五軍は、隈部を除く北肥後の国人衆と阿蘇の軍勢を加えて一万五千に上った。八日の未三つ刻(1400)に出立し、夜野営をしたのち九日の早朝出立。夕刻の酉の三つ刻(1800)ごろに豊後南山城下へ到着した。


 ……となる予定であったが、今日の朝、卯の三つ刻(0600)に総司令部から緊急通信があったのだ。津屋崎から矢部山城、隈部城、菊池城、そして内牧城まで通信できたが、それからは伝令の飛脚であった。


 二刻半(5時間)でつき、そこから野営地から南山城へ進軍中の第五軍までは三刻半(7時間)かかった。前日八日の酉三つ刻(1800)に筑前の津屋崎からだ。この遅れは仕方が無い。進軍中、しかも敵地である。


 設置したばかりの阿蘇の領内の信号所で最寄りの内牧城から五里半(22km)である。


『ハツ ソウシ アテ ゼンシ ヒメ ワレ ヲヲトモト ワヘヰニ ケツス チクゼンタケヤマジヨウ ハウヰ カヰジヨ カウゲキ テヰシ ニテ ゼングン カウゲキ テヰシ リヨウナヰマデ ヒキ タヰキセヨ ヒメ マルハチ トリサン(1800)』


 内牧城へ後退する事に決まったので、急ぐ必要も無い。いざ戦だ、と意欲旺盛な者もいれば、あまり気が進まない、という者まで様々だ。いずれにしても戦をせずにすめばそれに越した事は無い。


 我が軍は開戦以来戦らしい戦をしていないが、それは損害が全く無いという事だ。武人として武功が無いのはどうかと思うが、武人が活躍できない時代というのは平和な時代という事だ。つかの間の平和でも、無いよりはいい。


 ■九月九日 戌三つ刻(2000) 府内城下 第三軍 幕舎 蒲池鑑盛


 到着した第五軍の通信を元に軍議を開き、臼杵城へ進軍するかどうか決める、という流れだったのだが、緊急通信が入ったのだ。


 九月九日の戌三つ刻(2000)である。


『ハツ ソウシ アテ ゼンシ ヒメ ワレ ヲヲトモト ワヘヰニ ケツス チクゼンタケヤマジヨウ ハウヰ カヰジヨ カウゲキ テヰシ ニテ ゼングン カウゲキ テヰシ リヨウナヰマデ ヒキ タヰキセヨ ヒメ マルハチ トリサン(1800)』


 大友と和議か、その場合は指示通りにせねばならぬな。攻撃を受ければ防戦もやむ無しだが、こちらから攻撃する事があってはならない。おそらく全軍団の中でも我が軍団が、最も大きな城下町に滞在しているだろう。


 府内はわれらがこの通信を受ける以前から、殿がこの通信をされた時にはすでに支配していたのだから、領国で間違いないであろう。しかし、領内とはいっても日出生城下との間には由布院山城があり、制圧したわけではない。


 したがって府内の我が軍は大友領内に孤立しており、由布院山城の包囲を解いて我が軍と合流しても孤立する。しかしわれらが府内を離れ、由布院山城の別働隊と合流して、日出生城に戻るのもおかしな気がする。これは指示を仰がねばなるまい。


『ハツ サンシ アテ ソウシ ヒメ ワレ フナヰニアリテ ベツグンヲ ユフヰンニ ハヰス フナヰハ セヰアツシ リヨウナヰト ココロヱルガ ユフヰンハ ベツニテ ヰマノマゞカ マタハ ヒジユウマデ ヒクカ ヰナカ ヒメ マルキユウ ヰノフタ(2130)』


 どちらにしても返信する様におっしゃっているのだ。何も問題は無い。返信を待とう。


 ■九月八日 戌二つ刻(1930) 香春岳城 第二軍 原田隆種


 そうか、和平か。それが良い。何事も引き際が肝心だ。我が軍は大将の秋月殿が負傷し後送となった。残った兵もまともに戦えるのは二千もおらぬだろう。香春岳城を奪い勝ちには勝ったが、限りなく負けに近い勝ちである。


 出来うるとこなら、残ったこの将兵を故郷に帰してやりたい。


『ハツ フタシ アテ ソウシ ヒメ リヨウカヰ サウキノ カヰケツヲ ネガヰマウス ズヰジ レンラク サレタシ ヒメ マルハチ ヰヌサン(2000)』

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