第32話 上松浦党の波多親

 永禄四年(1561年) 六月 沢森城


「して、どうであった?」


 俺は利三郎の報告を受けた。ひと月ほど前から粘土の調達と外交をまかせていた件だ。


「は、内海、福田とも感触は良好でござった」


 利三郎は上機嫌だ。良い内容なのだろう。


「両家とも、力のある勢力に与しなければ家を保つ事ができませぬ。それゆえ、親大村の我らと組むのは(現時点では)やぶさかでないようです」


 利三郎がにやにやとも、ほくほくとも、よくわからない顔をしている。


「また、先日の我らが勝利、殿の初陣での活躍も知れ渡っている様子。こちらは波多、佐志方も同様でござった」


 その様子を疑問に思った俺は、「なんだ?」と聞いてみた。すると利三郎はごほん、と咳払いすると、「いえ、なにも」と顔を引き締めた。


 何か言いたかったのだろうか。


「また、ご所望の(ねばつち)でございますが、まったく関心のない様子でござった。ただの土くれなど何に使うのか? とは聞かれましたが、なんとか煙に巻きました」


「そうか。石けんはどうであった?」


「は、興味津々でございました。また、値段につきましては、殿が予想されていた原価の五文……六文で話しましたが、ようございましたか?」


「よい、もともとそこで利益を得ようとは考えておらぬ。目的は粘土(ねんど・ねばつち)と盟約だからな。諸々の費用込みで五文でもいい位だ」。


 俺はふふっと笑い、話の続きを待った。

 

(家中で使おうが城下で売ろうがどうでもいい。大量に売れなければ意味がないからな)。


 後は針尾の佐志方杢兵衛でございますが……。


「うむ、いかがした?」


「は、こちらはさきほどの二名と違い、盟約に重きをおいておりました。もちろん石けんにも興味を示してはおりましたが、我らとの盟約に大いに利を感じた様子です」


 笑顔から少しだけ利三郎が真剣な顔になる。


「針尾島の領有をめぐって針尾氏と抗争を繰り返しておりますが、劣勢にございます。過去には島を追い出された経緯もございますれば、挟撃できる我らとの盟約はかなりの魅力にみえるのでしょう」


 ただ、と俺は釘を差した。


「ただ、盟を結んだからとて、すぐに我らは兵を出す事あたわぬぞ」


「承知しております。その点は、我が殿は家督をついで間もない事、家中をまとめ、国を豊かにするのが先決と申し伝えました。ただし、傘下の城が攻められた場合は合力する、とも」


 ふふ、と俺は笑った。


「当然だ。それがなくば盟約の意味がないからの」。


「はは、あわせて針尾氏に勝利した際には、領有を主張してきましたので……」


「気が早いな」


「はい、そこで我らは領地はいらぬ、かわりに早岐の瀬戸の通行権と徴税自由権を、と要求いたしました。もちろん、帰って我が殿にお伺いを立てる、と加えましたが」


「さすがだ利三郎。針尾島は二千四百石で小佐々を越えるとはいえ、所詮は島だ」


 利三郎を外交方に起用して正解だ。よくわかっている。


「西側の針尾の瀬戸は流れが早くて渡れぬし、早岐の瀬戸を押さえておれば、大村領との商いの効率が飛躍的にあがる。ははは、島よりも十倍以上の値打ちがあるわ」


 沢森から陸路で大村までは八刻(16時間)かかるが、海路ではどれだけ長く見積もっても半分の四刻(8時間)で済む。


 夕方には市が終わるので最低一泊は必要だが、大量に運べるので、同じ量を売るのに何度も往復する必要がない。城下に出店でも構えて在庫をおけば、月に一、二度で済むかもしれない。


 費用対効果は抜群だ。


「そして最後の波多だが」


「はい、こちらは終始上機嫌で会談を終える事ができました。もちろん盟約に関しては全く異存のない様子。先だっての我らの勝利が殊の外効いております」。


『宿敵松浦氏を我らが撃退!』


 噂は本当にすごい力を持っているのだな、そう改めて感じた。確かに敵将二人を討ち取って勝ちはしたが、父上は死線をさまよった。


 信親が油断をして船を投錨していたから勝てたが、それすなわち、我らが松浦より強い訳ではない。


「ただ、ひとつ気になる事が」


「なんじゃ」


「現当主、と言って良いのかわかりませぬが、波多藤童丸は先代当主の波多盛の実子ではございませぬ。未亡人の真芳がお家存続のために、力のある有馬家と誼を通じて盟を結ぶべく、有馬晴純の孫を迎えて据えているのです」


「なるほど。しかしそれは別段、何も問題なかろう?」


「は、しかしそれは真芳が独断で決め、他の家臣も追随する様に相続を認めたのでございます」


 ……なるほど。それで反対勢力がいる、と。


「この家督相続は、以前より重臣一同で協議がなされており、盛の弟で壱岐代官である志摩守の子、隆、重、正の中から選んで迎えようと決していたのです」


 利三郎の顔は険しい。


「それを前の室(妻)の鶴の一声でご破算にされたのですから、面目丸つぶれです。家中は完全にふたつに分かれております」。


 まあ、他家のお家騒動なんてどうでもいい。勝手に騒いでお互いの力を削いでくれればいいのだ。


 東の龍造寺、南の後藤、西の松浦の牽制役になってくれさえすればいい。領地が接していないので困る事もない。


「あいわかった。彼らとは今後も良好な関係が続くよう、適宜連絡をとりあう様に」


 こうして利三郎との引見は終わった。

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