第19話 海賊の誇り 初陣への覚悟 蛎浦の海戦①

 四月九日 午の正刻 四半刻すぎ(正午十二時半)ごろ


 部屋で具足をつけていると、どたどたどた! と廊下を早歩きしてくる音がして、聞き耳をたてる。


「殿!」


 どなるでもなく、叫ぶでもなく、ある種強い確認めいた意思を感じる声を、俺は聞いたことがあった。


 母だ。


「平九郎を戦に連れて行くのは本当ですか?」


「本当だ。あやつめ、自分から言ってきおった。大したものだ、震えておったがな」


 親父は嬉しそうに、ふふふと笑う。


「震えていたのならなおさらです! 取りやめてください! そもそも初陣は儀式。入念に準備して身の危険を限りなく少なくして行うものでしょう?」


 親父はすう――っと深く息を吸い、ゆっくり吐き出した。


「その通りだ。しかし俺たちゃ海賊、水軍、呼び方はいろいろあるが、船乗りの一族、家系だ。何代も前に枝分かれして久しいが、瀬戸内の海を住み家としてきた一族だ。名前も変わって、いつのまにかあっちが海賊の本家みたいになってるがな」


「それが何の関係があるのですか?」


「だから、だ。武家の常識を当てはめちゃいけねえって事だよ。平九郎も船が好きだろう? なあに、可愛い子には旅をさせよって言うだろ? (あれ? 意味違うか?)心配しなくても絶対に死なせはしない」


「でも……」


 と母は食い下がる。


「いい加減にしろ! もう決めた事だ!」

 

 思わずビクッとしてのけぞってしまったが、意を決して「父上、支度が整いました」と外から声をかける。


「そうか、入れ」

 

 母は泣きそうな顔をしている。無理もない。ただでさえ子の初陣というのは心配なんだろう。それに去年兄貴が死んだことも相当こたえているはずだ。


「母上、心配いりません。無理はしませんし、護衛のものもついています」

 

 なぜだろう、さっきまでアドレナリンがでまくっていたのに、不思議と少し落ち着いてくる。前世の俺と比べたら二回り近く年下なのに、違和感なく母親に思えてきたのだ。

 

 俺がしっかりしなくちゃいけない、この人を悲しませてはいけない、そう思う。


 しばらくすると「兄者ー!」「兄上ー!」と、がしゃがしゃと甲冑かっちゅうの音をさせながら、壮年の男性武者二人がやってきた。

 

 叔父上たちだ。


「準備が整いました」


「よし、参ろう」

 

 父の言葉のあとに、俺はニコッと母に一礼した。


 いよいよ初陣だ。

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