#5 面倒なことになったな
「起き上がってすぐに申し訳ないが、早速、【クラウンズ・クラウン】を起動しようと思う」
保健室から出て、化学準備室へ戻った三人。実良乃の案内でパソコン画面の前に座る。どうやらクラウンズ・クラウンの起動直後に簡単な設定を行う必要があるようだ。
「問題ないさ。私が設定をしていくから、君たちは質問に答えてくれれば良い」
「何だ? オレもそのゲームを始めなきゃいけないのか?」
「違うのかい? やる気があるから陸太くんに付き添ったのだろう?」
「オレはただ陸太が心配だから付き添っただけだ。ゲームをやるためではない」
「ケチャケチャ――そうかい。さて、身長と体重は?」
「身長は一六五センチ、体重は――って、だからオレはやらないって!」
そう言いつつも、一応実良乃の質問に答えていく化音。やはり本当はクラウンズ・クラウンをやってみたいのだろうか。陸太が理由を尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「お前のクラスメイトの中に、一人だけムカツク男がいる。クラウンズ・クラウンなら、そいつをボコボコにできるかもしれないからな」
「僕のクラスメイトの男子? 誰のことだろう」
「お前、名前だけは知っているかもな。
「そのオムレツみたいな名前は憶えているけど、誰なのか――顔はわからないや」
「へえ? 新入生首席の君でも、ムカツク人間がいるなんてね」
「そりゃあ、先輩。オレだってギャルですからね。ムカツク男の一人や二人――」
「ギャルであることは関係ないような――まあ、良いか」
雑談の傍ら、実良乃はキーボードを叩き、文字を打ち込んでいる。
「アカウントを作ったから、君たちは――あちらのパソコン画面の前に座ってくれ」
どうやらこの短時間で準備を終えたらしい。流石、化学部の幽霊部長なだけはある。
「これから仮想空間にアクセスして、私の研究所へ案内しよう――ところで、アクセス手段はパソコンのままで良いかい? 一応、バーチャルリアリティ用のゴーグルも用意してあるが――まあ、どちらにせよ、ヘッドセットは頭に着けてもらうがね」
「僕、酔いそうだからやめておきます」
「オレも今回は初回だからやめておく」
「ふむ。君たちとは気が合うかもだね。私は古い人間だから、どうも仮想現実用のゴーグルが合わなくてね。パソコンでカタカタやっていた方が、身体に合っているのだよ」
いや、いや――実良乃と陸太たちは一歳しか変わらないではないか。それなのに、自らを古い人間と称する理由は一体何なのか。気になった陸太ではあったが、話が進まないので実良乃の指示に従い、指定されたアカウントでログインをした。クラウンズ・クラウンのタイトル画面が消え、部品や工具、何かよくわからないケーブルなどが散らばっている空間に着地する。ここは、格納庫? 研究所か、何処かなのだろうか。そう思いながら、陸太は窓に反射している自分の姿を見て、一瞬驚いてしまう。そして、すぐにその姿の正体に気づいた。
「この身体、カレーランの――」
陸太が操るプレイヤーキャラクターのデザインは、普段彼が動画投稿サイトで活動する際の身体であるカレーランのものと瓜二つであった。モデリングのデータなどを実良乃に提供した覚えはないが、これはどういうことなのだろう。
「正式な手続きで、カレーランのデザインを担当したイラストレーターに許可を得て、私がクラウンズ・クラウンのために調整をした身体だ。絵師のミヤコ氏には感謝だね」
「え? え? 普通にスゴイことをしていますね。もはや行動力が高校生ではないです」
「言っただろう。私はナポリタン・ボナパルトだ。不可能を可能にするのさ」
紅い長髪をなびかせた少女が仮想空間上で陸太と化音の目の前に立っている。彼女が実良乃のアバターであるナポリタン・ボナパルトなのだろう。
「ようこそ私の研究所へ! 君たちを歓迎しよう」
「汚――個性的な研究所ですね」
「私は掃除が苦手でね。すぐ物を失くすし、部屋は一向に片付かない。いつものことだ」
「カレーランのリスナーに、掃除好きのコンビニ店員がいらっしゃるので、片付けの依頼をしたいレベルです。同じ県内に住んでいるみたいですし、ぜひ彼にお願いするべきです」
「まあ、彼がクラウンズ・クラウンのプレイヤーかどうか、それに寄るがね」
ここは仮想空間であった。ここでの掃除は、現実の掃除と勝手が違うだろう。
「早速、君たちには『習うより、慣れよ』の精神で、練習試合をやってもらおうと思う」
「それは承知しましたが、機体は――僕たちの【クラウン】はどこにあるのですか?」
「まだ組み立て中でね。とりあえず汎用機に乗って、世界のどこかにいる誰かさんと試合してもらおうか。オンラインモードに切り替えて初心者リーグのメニューを開いてくれ」
「汎用機で勝てるのか?」
「汎用機だが、私がカスタマイズした機体だ。クセはあるが、負けることはないだろう」
「随分と自信があるな、先輩」
「当然だ。何故なら私はナポリタン・ボナパルトだからだ」
その実良乃の言葉を聞くと、不思議な自信に満ち溢れてくる。陸太がその気持ちを噛み締めて、初心者リーグのメニューを開く。そして、オンラインモードに切り替えようとした。
「待ってくれ陸太くん!」
実良乃の言葉で、陸太の手が止まる。画面を見ると、警報を表すメッセージウィンドウが表示されていた。何か危機的な状況が起ころうとしている。否、起こっている。
「これは――」
「何者か、誰かは知らないがローカル通信で私の研究所を襲撃しようとしている」
「は? まだオンラインモードに切り替えていないだろ!」
「だから、ローカル通信と言っただろう」
「つまり、襲撃者は学校の内部にいる。この学校の回線で研究所空間へアクセスをしているということですね?」
「そういうことだね。面倒なことになったな」
「研究所が襲撃されるとどうなる?」
「私が培ってきたクラウンの開発データが盗まれるか、あるいは破壊されるか」
「随分とまあ、殺伐としたゲームじゃないか」
「まあ、襲撃モードはログイン中しか起こらないようになっているのだが――迂闊だったな。まさか他の部活か? それとも私を鬱陶しく思う何らかの勢力か? 厄介だね」
高速で独り言を唱え始める実良乃に対して、陸太は尋ねる。
「僕は、どうすれば良いですか?」
「迎撃だね」
陸太の疑問に答える直前から、実良乃の手は既に動き始めキーボードを忙しなく叩いている。
「急ごしらえではあるが、せめて陸太くんの専用機だけでも急いで組み立てるしかない。汎用機よりはスペックが向上するはずだ。それまで汎用機を操作して、襲撃者を迎撃してくれ」
「それしかねえか! 陸太!」
「うん!」
実良乃の権限で現れた汎用機に二人のアバターが乗り込む。実良乃が外部から指示を出しているのだろう。自動でシステムが起動し、汎用機がゆっくりとその場から立ち上がった。
「悪いが、できるだけ時間を稼いでくれ」
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