第5話

 そうやって目覚め、転生を理解し、死にかけグループでの生活がはじまってからあっという間に数日が過ぎ去っていた。


 慣れるだけで精一杯で……あまり記憶には残っていない。

 この部屋に来る前とそこまで変わったことはしていないはずなのにね……でも、みんなとは少し親しくなれたと思う。

 ハワードに関しては進展なしだけど、部屋にひとり増えたのは認識してるっぽい!だって、トイレへ行くときにたまたま導線にいたいたわたしのことちゃんと避けていったもん!避けるってことは認識してるってことだよね?ほかのひとだと思った可能性もあるけどねぇ……


 まぁ、いつもお腹はすいているし、疲れているが……慣れてきたことでようやくゆっくりと考える余裕ができてきた。


 わたしは夜は疲れてすぐに寝てしまう……瞑想?やってるよ?ただ、寝落ちしてしまうことが多いから、何かするなら朝かなーってことで……


 「ステータスオープン」


 とりあえずはファンタジーならお約束の言葉を言ってみる。

 よくあるステータスプレートとか出ないかなーって期待したが……うんともすんとも言わない。


 「オープンザステータス!ステータス開示!……むぅ」

 

 やはり、これも見送られたパターンじゃないと駄目なのか……ちぇー。


 「メリッサ、ステータスが知りたいのか?」

 「うん!しりたい」


 あら、マイケルじいちゃん起きてたのね。もっと小さな声で言えばよかった。ちょっと恥ずかしい……


 「そりゃ、鑑定の魔道具とやらで調べられるらしいぞ……たしかスキル?とかいうものも見れるとか」

 「ほんとに?」


 鑑定の魔道具とかスキルってまさにファンタジーじゃん!


 「まぁ、儂らには関係ないことじゃがのぉ……その恩恵を受けられるのは帝国人だけなんじゃよ」

 「そうなのかぁ……」


 なんだ。ステータスがあったとしても確認するのは難しいのか……ちぇー、残念。


 「メリッサ、がっかりするのは早いよ。その代わり私たちにしかないものもあるんだよ」

 

 あら、おばばさまも起きてたのね……

 

 「わたしたちにしかないもの?」

 「おぉ、ばば様。そうじゃったの……」


 そう言うとマイケルじいちゃんは服を捲り上げて腕の模様を見せてくれた。


 「これは我々にしかないようじゃぞ?」

 「それはだって、奴隷のしるしでしょう?」


 そりゃ、奴隷のしるしなんだからわたしたちにしかないよ……なんだ、おばばさまのブラックジョークってやつか?


 「うむ。それが少し違うそうじゃ。ほれ、よく見てみろ……この手首の魔方陣は奴隷のしるしじゃが、この腕にある蔦のような模様は魔力量を示してるとされてるんじゃ」

 「この模様は帝国人にはないんだよ……私たちだけのものだ」

 「へぇ……」

 

 おぉ!ブラックジョークじゃなかったっ!

 マイケルじいちゃんの見せてくれた蔦のような模様は手首のうえにほんの少ししか伸びていない。


 「儂は元々は肩近くまで蔦が伸びていたんじゃが……理由はよくわからないが、いつの間にかここまで短くなっちまったんじゃ。魔力が枯渇気味なのは間違いないようでの……それにこの年じゃあ、肉体労働などしても足手まといじゃし、いつ死ぬかわからんからの……この部屋に来ることになったんじゃよ」

 「……そうなんだ」

 「ふっ、いつ死ぬかわからないといったね?たしかにそうさ。でも、皮肉なことに健康な年寄りはこの部屋に来たことで外より長生きできるのさ」

 「たしかにそうかもしれんの……ここに来ると決まったときは干からびてすぐに逝くと覚悟したもんじゃが不思議なものだ……」

 「マイケルは器用で魔力が枯渇気味、反抗する体力がない。向こうからすればあの担当にうってつけだ。きっと前から目をつけられていたんだろうよ」


 あー、魔道具の基盤担当か。


 「でなけりゃ、もう少し外の生活を強いられていたと思うね」

 「ふむ……ばば様に言われるとそんな気がしてくるから不思議じゃの」


 どうやら帝国人はこの蔦の模様で、ある程度わたしたちをグループ分けしているようだ。

 蔦が短いものほど肉体労働に回され、鉱山での採掘や畑作業、水汲み、森への採取や狩りなどが割り当てられるみたい。


 鉱山から魔石を掘り出すことから坑道の魔物討伐まですべてわたしたち奴隷の仕事らしい。

 鉱山ではツルハシや金槌ぐらいしか持たせてもらえないのに……それで魔物を倒せってどんな無理ゲー?そりゃ、殴るだけで倒せる魔物ばかりなら問題ないだろうけど……

 残念ながら、殴っただけでは倒すことのできない魔物もいるらしい……

 そして見張りは坑道には入ってこないし、危険な魔物が出れば入り口が封鎖され……倒すまで裏口からほんのすこしいい武器を持たされ送り込まれる世界だという……恐ろしい。ほぼ、見殺しってことでしょ……

 しかも、入り口付近でも命がけなのに、さらに強い魔物が跋扈する場所の鉱脈を目指せと言われることもらしい……たしかに年寄りなら、なおさらそこへ送られるよりこの部屋にきたほうが長生きできるかも。


 「それに、ひとによって太さも違うし……ばば様のように変わった模様が付いてるひともいるぞ」

 「そうだね。私のようなひとはかつては沢山いたんだけどね……いまはどうだろうね」


 ふむ。自分の腕を見てみると二の腕の中程まで蔦が伸びていた……すごいひとは首まであるらしいから、魔力量とやらは真ん中らへんだろうか?

 だから、前は水汲みの他に魔石に魔力込める仕事だったのかな。

 両手に魔石を持って作ってみたら差が出たのも魔石の大きさだけでなく、その辺りも関係している可能性もあるな……


 でも、マイケルじいちゃんの言うことが確かなら魔力量は一定ではなくて、蔦は長くなったり短くなったりするのかも……自分の蔦の長さをよく覚えておこう。何か変化があるか確かめてみたいな。


 そして、おばばさまには細い蔦に絡まるように変わった模様があるらしい。

 時々そういうひともいるらしく、みんなとくに不思議には思わないそう……確かにひとそれぞれ蔦の模様が違えばあまり深く考えないのかもしれないな。

 帝国人にとって重要なのはどんな模様かよりもどれだけ魔力量があるかだろうし。

 今度、時間があるときにおばばさまに変わった模様っていうの見せてもらえないか聞いてみよう。


 部屋をグルっと見回し、みんなの腕を見てみる……


 グウェンさんは前腕のなかほどまで。

 マチルダさんは肩に近い位置まで蔦が伸びている。

 フランカお姉ちゃんは火傷のせいでかろうじて隷属の魔方陣が判断できる程度で蔦の模様は確認できなかった。ただ、両手での魔石作りが早くならなかったことからおばばさまと同程度ではないかと考えた。

 おばばさまは肘より少し上くらいらしいので、フランカお姉ちゃんもそのくらいなのかな?


 そして、まだ寝ているハワードをちらりとみると……肩ぐらいまで蔦が伸びている。ハワードは元々魔力量が多かったみたい。この部屋ではいちばんだと思う……だから、大きな魔石でも問題なく作れたんだね。


 魔力量はマイケルじいちゃん<グウェンさん<フランカお姉ちゃん、おばばさま<わたし<マチルダさん<ハワードって感じかな?同じ位置にあっても蔦の太さで魔力量が違う可能性もあるけど……検証のしようがないので一旦放置しておこう。


  そんなハワードだが……どうやら彼が喋らず、感情も現さなくなってしまったのには大きな原因があったそうだ。

 魔力を暴発させたとは聞いていた。

 その理由までは詳しく知らなかったが……両親が同時に亡くなったこと。そして一気に隷属の魔方陣が増えてしまったため……それが引き金となり魔力を暴発させたということらしい。

 

 隷属の魔法陣の紋様は基本的には手首についているのね……さっき知ったけど!

 この魔方陣は幼いときに隷属の儀とやらでつけられるんだって……まぁ、1歳のころなんて覚えてない。でも、わたしより年下の子たちが受けると聞いた記憶があったようなないような?

 

 「ふーん。このまるいのが奴隷のしるしだったのかあ……」


 隷属の魔方陣は5つの丸い紋様が円を描いて重なっていた……これまた細かい模様をしている。この小さなひとつひとつの丸も魔方陣なんじゃないかな?すべての模様も違うみたいだし、それぞれに意味があったりしそう……


 「そうさ。その紋様が全て消えると奴隷から解放、流民になれるとされているよ」

 「え!そうなの?」


 奴隷解放とかあるんだっ!しらなかったー!流民ってことはここからも出ていくってこと?


 「まあ、まず無理な話なんだけどね」

 「え?なんでっ」

 「うむ。実際は親が手首にこの紋様が残ったまま死ぬと……その分が子供に自動で振り分けられ、追加されてしまうんじゃ。だから、解放されることはないかの」

 「私も解放されたってやつはみたことないね」


 なんだそれ、鬼仕様じゃないか。自動で振り分けるとか……へんなとこで高性能なことすんなよぉ。


 親が死んで魔方陣が増えるときには元の魔方陣の外周へ足されていく仕組みなんだってさ。

 そのときにはひどい痛みがともない、小さな子どもは命を落とすこともあるって話だ。

 例えば……亡くなったひとに子どもがふたりいた場合は……それぞれに振り分けられ外周へ半分づつ魔方陣が増えるらしい。そこではじめて兄弟の存在を知るひともいるんだって。


 そして、理由はわかっていないけど……成長するにつれ魔方陣が増えたときの心身への負担も少なくなるらしい。


 そっか……ハワードはまだ幼いうちにそれを経験してしまい、心を閉ざしてしまったのか……どうやら子供が亡くなっても親に魔法陣が増えることはないみたいだ。


 マチルダさんはハワードという現実を目の当たりにして、少しでも長生きして子供への負担を減らしたいと頑張っている。


 

 「それとなぁ、隷属の魔法陣はの……10年で1つ消えればいい方なんじゃよ」

 「へぇ」

 「ほれ、見てみろ」


 マイケルじいちゃんの魔法陣は外周部分のひとつだけが少し薄くなっていた。


 「これだけうすいね」

 「うむ」

 「ふん。この魔法陣はね、ジワジワと薄くなっていくために希望を抱かせるんだが……解放は希望としてぶら下げた餌なんだよ。解放する気などさらさらなく、懲罰と称して魔方陣を増やすこともあるのさ」

 「そうかもしれんの……」


 ふと、自分の手首を見る。5つの魔方陣が円を描いて重なっているものしか見当たらない。

 そうか。顔も知らない両親だけど、まだ生きているようだ。


 「おや、メリッサの両親はまだ無事なんだね」

 「……そうみたい」


 ……しかし、実情を知れば複雑な気分だ。


 なぜなら、帝国ではあまりに奴隷が減ると魔物の素材や貴重な薬草、魔石の出荷量が減り、魔道具が使用できなくなるなどの不都合が多くなると気付き……十数年前に前王から現王に世代交代した際に方向転換があったそう。ん?帝国だから王じゃなくて皇帝かな?ま、どっちでもいいか。


 それまでは産まれる子どもも今のように多くはなかったそうで……養育班などなく、個人や部屋単位で育てられ、育った子どもは親と同じ仕事を担当していたそうだ。

 そして、見張りが隷属の儀がされていない子どもをみつけると、儀式をするというかたちだったため、儀式を行った年齢は様々だった。


 帝国は奴隷の数が先細りどうにもならなくなるまえに早めに手を打つことにしたのだろう。

 つまり、使い潰すのではなく……ほんの少し待遇を改善した上で奴隷たちに子どもを増やすよう命じたのだ。

 相手は奴隷たちに任されたらしい。

 適当に好みで選ぶなり、何人も産んだ実績のあるひとを選ぶなり自由なんだってさ……この世界の出産は命がけだ。もちろん前世でだって出産は一大事だったが、ここでは医者はいない……少なくともわたしたちのそばには。

 産まれる直前に少しいい部屋に移動できるのため、産婆の手伝いで出産に挑むのだ。

 ただ、産婆といっても数人産んだことのある経産婦がほとんどを占めており……知識や経験に差はあるし、衛生環境もよくない。煮沸消毒?なにそれ美味しいの?状態だ。


 しかし、そんな環境でも子どもが1歳になるまではきちんと育てることを条件にさらに待遇が良くなることもあり、子どもが少しずつ増えていくこととなった。


 そうして生まれた子どもは1歳を過ぎると集められ隷属の儀をされた後、まとめて育てられるのだ……孤児院的な感じだね。

 その方が十数年前と比べて子どもの死亡率が低いっていうんだから皮肉なもんだよ。

 マチルダさんがかつて仕事場としていたのはこういう場所みたい。ま、子どもの世話だけでなく、他にも魔石作りなどもしていたようだけど。


 子どもたちはここで奴隷としてのルールや畑仕事などを教えこまれる。そして、5歳くらいから本格的に働くこととなる……5歳前後で部屋に割りふられるかたちだ。ある日突然、見張りがやってきて連れていかれるのは恐怖である。


 大人たちの中には子どもが1歳になるまでは待遇が良くなるので、その間にもうひとり子どもを作って待遇の良い生活を維持してるひともいるらしい。割り振られる仕事はあるけどノルマがそこまで厳しくないこともその理由だとか。 



 十数年前……養育班などができた頃、奴隷たちも仕事の担当や部屋などが大幅に変更になったそうだ。

 ここでも効率化を推進し、魔力や体格などで再度人員の振り分けがあったらしい。

 親の仕事をそのまま手伝っていた子どもたちのなかには振り分けによって親と離ればなれになったものもいるとか……そして、肉体労働を避けたいひとが積極的に子作りしたという裏話もある。

 特に一部の男のひとは肉体労働で危険な目に遭うより、いろんな女のひとと子どもをつくって待遇のよい生活を維持しようとするひともいるんだって……

 女性は命がけなのに同じ扱いなのかと思うとすこし不満を感じる制度ではある。まぁ、女のひとのなかにもたくさんの子どもをもうけて10年近くそこで暮らし続けているひともいるらしい……そして、そのひとは実績が認められ、産婆さんとしてバリバリ活躍しているとか。


 はぁ……帝国……飴と鞭を使い分けるっていうか……やり方が汚いよ。いや、ある意味やり手なのか。気にくわないことにかわりないけど。


 わたしの両親がどういう経緯でわたしをもうけたのかはわからないけど、名前をつけてくれたことはありがたく思う。

 待遇改善のための道具扱いしてるひともいるからか……子どもの中には名前をつけてもらえない子もいるのだ……

 なかには髪の毛が赤いからアカやちょうど雨の日に生まれたのでアメとか、お腹が空かないようにパンと名付けられている子もいた。

 


 何故、他の大人が名付けないのかといえば……親や兄弟など血の繋がった者が名付けないと早世すると信じられているから。

 名前がないのは可哀想だけど、ヘタに名付けて子どもが早世するのは……ということなのだろう。

 だから、そういう子は大体あだ名で呼ばれ、そのうち自分で名前を決めることとなる。



 ちなみに生まれてから1歳になるまでの間にじわじわと腕に蔦の模様が浮かび上がってくるんだとか……その仕組みはわかっておらず、そういうものとして受け入れられている。


 隷属の儀で子どもの魔力量をチェックしつつ、肉体労働と魔石作りに向いた子を分けて教育という名の洗脳をしていくようだ……

 そのときに全ての子どもに厳しく教えるのは食事の度に神に祈ることだ。

 今世のわたしはなんの疑問も持っていなかったようだが……かつてそれを拒否したものたちは見せしめに殺されたりひどい拷問を受けたという話を何度も聞かされたし……今でも祈らなかったのを見咎められれば魔法陣を通じて痛めつけられると教え込まれた。

 そうして、みんなご飯のために祈ることに疑問を抱かなくなって……ある意味これも洗脳だったのか。


 「まぁ、あまり気にしない方がいいよ」

 「そうじゃ。隷属の魔法陣が薄くなったら幸運くらいに思っておくのがちょうどよいぞ」

 「……うん」



 余談だが……帝国では奴隷との性行為は魂が穢れると信じており、そういう目的で強制してくることはほとんどないらしい。

 なぜか1度でも性行為をすると相手が誰であれ生まれてくる自分の子供がみなカラフルな髪となるのだ。

 帝国人はそれを呪いだと信じ、今となっては差別対象となっているんだとか。

 だが、奴隷達にとっては不幸中の幸いだと言えるだろう……

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