『戦う理由-1』

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* ミラのイメージ図を作ってみました。 *

* 近況報告に貼ってあります。      *

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※アルフレッドはグレン王子(王女)の護衛です

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「それじゃ、まずその喋り難そうなマスクを外しませんか? アルフレッドさん」


 頭部のバラクラバに似たマスクを脱ぎ捨てる黒づくめ。


 その下の顔の人物は予想した通り、第七王子付きの護衛であるアルフレッドだった。


「おや、いつから気付いていたんですか?」

「最初からです」


 グレン王女なんてデリケートな立ち位置の王族の護衛を務める人物が、手練れとは言え闇ギルドの暗殺者数名に後れを取るようなことがあるのか?


 それに、暗殺者が王城に入っている時点で協力者の存在は確定的だ。


 駄目押しで、グレン王女が逃げた先で都合よく人攫いに遭遇するものだろうか?


 お人好しの王女とポンコツのローズさんは疑問に思わなかったようだけど、僕にはアルフレッドが一番怪しい人物だとしか考えられなかった。


 その他にも、理由は二つくらいあるけれど。


「なるほど、流石はの師、と言った所ですか」

「それ、やめてくれません? 一応、僕は彼女の師匠をやってるので」

「……」


 僕がアルフレッドを怪しんだ理由の1つ。


 それは、ローズさんを見る侮蔑の視線だ。


 表面上は取り繕っていても、瞳の奥の感情までは隠せていなかった。


「少し気になったんですけど、貴方には何か彼女を嫌う理由でもあるんですか?」

「理由……理由、ですか」


 僕の質問が心底可笑しいと言ったように、アルフレッドは笑い出す。


「アレの何処に団長たり得る資質が有るのか、甚だ疑問だ。作戦らしい作戦を立てず、頭が悪く、極め付けにあの口調。アレの全てが私を苛立たせる」


 そもそも誰かの下に着きたくないタイプか。


 こういう輩は上の粗探しをしては、ストレスを下にぶつけるからタチが悪い。


「王には失望しましたよ。そもそも、何故あのような下民を要職に据えたのか理解に苦しむ」


 ああ、そういえばアルフレッドは貴族出身の設定だったか。


 出自のあやふやなローズさんが上司になるのは、彼にとっては屈辱だったのだろう。


「たったそれだけの理由ですか?」

「……たった? それだけ?」


 空気が変わった。


「それだけじゃない‼ あの王は、私に、第七王子の護衛などという端役を押し付けたのですよ⁉︎ 」

「名誉なことじゃないですか」

「言ってくれるじゃないですか。継承権の低い王子の子守りなど、私という人間には役不足も甚だしい‼」 


 それまで薄ら笑いを浮かべていたアルフレッドは、堰を切ったように不満をぶちまける。


 プライドの高い彼にとって、王子の護衛は不満だったようだ。


 これだから、自信過剰な人間は困る。


「話しはこれくらいでいいでしょう。死にゆく貴方にこれ以上時間をかけるのも無駄だ」

「そうですね。僕も早く、迂回をしたあの人たちを追いかけないといけませんから」


 『フェンリル』との繋がりとかも聞きたかったけれど、ここまでのようだ。


 倶利伽羅を構え、アルフレッドと対峙する。


 対するアルフレッドは無手。


 一体、どういうつもりだ?


「まだ分かりませんか。既に貴方は私の掌の上……蜘蛛の巣に囚われた愚かな虫も同然なのですよ」

「――‼」


 視界の端を、高速で何かが動く。


「心配する必要はありません。すぐにあの女も、貴方と同じ場所に行くことになるのですから」


 それに気付いた時にはもう遅く、僕の胴体は袈裟切りに斬り付けられる。


 鮮血が、薄暗い地下道を赤く染めた――



***



「~~~っ」


 私は口から零れそうになる欠伸を必死に嚙み殺す。


 静かな夜だ。


 向こうの夜といえば配信で喋り続けて、時々お隣さんから蹴りが入ったりもした。


 それも遠い昔のように感じる。


 こっちに来てから夜の訪れが異様に早くなった。


 昼夜逆転した生活なんてしていられないから、否が応でも早寝早起きの身体になった。


 それが悪いことだとは思わない。


 むしろ、健康的な生活だと思う。


 でも、ふとした時に寂しさを覚えるのも確かだった。


 何か足りない。


 何かを忘れている。


 魔物に剣を突立てているときも、浴場の湯船に浸かっているときも、常にそんな気がしてならなかった。


「……すみません」


 ベッドの側に置かれたスタンドライトの弱い明りが照らす室内。


 横になったグレン王子……王女?


 あれ、どっちで呼べばいいんだっけ?


 対外的には男性の設定だから王子でいいか。


 グレン王子から声がかけられる。


「何でしょう……あっ、喉が渇かれたのならお水を――もしかして小腹が空いたのでは? それでしたら、何か適当なものを――」

「いえ、大丈夫です!」

「そ、そうですか」


 危ない危ない。


 一瞬、寝そうになっていた。


 グレン王子に話しかけられなかったら、危うく眠っている所だった。


 それにしても、王子は何を話そうとしたんだろう?


「迷惑、じゃありませんか?」

「何がですか?」

「私が来たことで、ローズさんとアラタさん、それに多くの方のお手を煩わせています。それがとても申し訳なく思ってしまって」


 グレン王子、意外と良い人じゃない?


 王侯貴族とか、人間性の欠片もない奴ばかりのイメージがあったけど、この人は違うっぽい。


 ……いや、そういえば私も王侯貴族そっちサイドの人間じゃん!


「そんなこと、気にしなくていいんじゃないですか? 王子らしく、どっしりと構えていれば」

「どっしり、ですか?」

「そうです。『騎士だから、その部下だから、王子である自分を護って当然だ!』って感じで……あっ、でもグレン王子が将来嫌な貴族になってもアレなので、やっぱりこのままでいてください」


 こんな純粋な子が、将来人間を物のように使う姿とか見たくない。


 というか、そんなになったら第二騎士団長止めて別の国行く。


「ふふっ、そうですね。私も横柄な貴族になりたくないのでこのままでいます」

「そうしてください」

「すみません。変なことを聞きました」

「そういう時は『ありがとう』ですよ」

「……そうですね。ありがとうございます、ローズ騎士団長」

「勿体ないお言葉です」


 グレン王子と笑い合う。


 アラタ君の話だと、このままだと第二王子が国王に即位するんだっけ?


 それより、優しそうで腰の低いグレン王子が国王になった方がいいな。


 絶対、そっちの方がいい国になりそうだもん。


 まあ、国のトップなんて、優しいだけじゃ務まらないんだろうけど。



 ……それにしても眠いな。


 気付けのポーションは飲んだはずなのに――


「ごふっ――」

「ローズさん、どうかし――⁉」


 急な咳でむせ返り、咄嗟に口元を手で隠す。


 その途端、熱した鉄でも流し込まれた様な熱が喉を駆け巡った。


 覆っていた右手を見ると、そこには赤いものがべっとりと付いている。


 これは――血?


「何……これ?」

「大丈夫ですか、ローズさん‼」


 攻撃を受けた?


 どこから?


 突然の吐血に、頭が真っ白になる。


 その混乱に拍車をかけるように、スタンドライトの明かりが弾け飛んだ。

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