突入
一口に闇ギルド言っても、その形態は様々だ。
スリや小さな窃盗を繰り返す小悪党共。
人攫いや盗品の売買を地下で行う組織。
商会や商隊を襲い、殺して金品を奪う狂人集団。
さらに、それらの形態も、犯罪を自ら実行している組織もあれば、仕事を斡旋するだけの組織もある。
当然ながら、重罪を行う闇ギルドは構成員のレベルが高く、計画的に行動する組織は討伐条件が複雑に設定されていた。
単に討伐するだけの依頼。
特定の人物を捕獲しなければならない依頼。
クエストのクリア条件も難易度も、相手にする闇ギルドで大きく異なる。
そして、この世界の闇ギルドの討伐は、さらに複雑化している。
兵士や騎士に【鑑定】のスキルが標準搭載されていたゲームと違い、ここではスキルそのものが特殊技能。
彼らはレベルが低ければ、そもそもスキルさえ持っていない者も珍しくない。
そのため、一般人と罪人の識別は非常に困難になっている。
ましてや、シナリオに沿って行動するだけのNPCは、この世界で意志を持つ人間へと昇華した。
中には賄賂を支払うことで見逃されている闇ギルドも存在するだろう。
ここまで来ると、指定された人物を討伐したり捕縛すれば片付く問題ではない。
ただでさえ、今回のターゲットである闇ギルド『フェンリル』は、全体像が把握できていないのだ。
中途半端に幹部を捕えても、肝心の首謀者を取り逃がせば、問題は解決するどころか悪化することすら有り得る。
誰を殺せばいいのか。
また、誰を殺してはいけないのか、少々判断に困るところ。
とは言っても、難しく考える必要はない。
目に付いた『フェンリル』の構成員を、手当たり次第に討伐していけばいいだけだ。
壊滅はできなくとも半壊くらいさせれば、それだけで示威行為くらいにはなるだろう。
後日、ローズさんにも討伐隊を編成して、闇ギルドの討伐作戦を実行してもらえれば完璧。
調子に乗った結果、騎士団や冒険者ギルドから目を付けられると知れば、闇ギルドも活動を縮小せざるを得ないだろう。
活動が巧妙化する可能性もあるけれど、それは僕には関係のないこと。
それは手綱をしっかりと握っていなかった人間が悪い。
そもそも、王族に手出しできるような組織が野放しになっている現状を収束させるべきだろう。
『人喰いの潜窟』の店主から貰った地図に記入されていた、スラム街の一角へと足を運ぶ。
そこに在るのは、一件のボロ屋。
倒壊寸前の、風でも吹けば飛んで行ってしまいそうな小さな小屋だ。
風魔法『ディテクト:クリーチャー』を発動させ、ボロ屋の中を確認。
中に居るのは……一人か。
腐りかけのドアノブを引き、ボロ屋の中に入る。
見張り番らしき男のステータスを【鑑定】のスキルで確認する。
案の定、闇ギルド『フェンリル』に所属している。
レベルは一桁台。
下っ端か。
「何だ――」
彼に用は無いので【利刀:倶利伽羅】で首を刎ねる。
ギルドからフェンリルの討伐依頼が発表された状態のため、この殺人はPKとして扱われない。
そもそも、ここはスラム街なので、フィールド特性であらゆる行為が犯罪としてカウントされないから、安心して行動できる。
死体は一時的にストレージに収納し、ボロ屋の探索を開始する。
地図によれば、この部屋の床に隠し通路が存在するそうだ。
「――あった」
地図に従い、床を調べていく。
すると、一部、木材の質が他と異なる部分を発見した。
地図には正しい手順で開けなければ、トラップが発動する仕組みだと書かれているが、解除するのは面倒だ。
隠し通路の続く床を倶利伽羅で斬り裂く。
砕け散る木片。
舞い上がる埃。
その向こうから飛来する黒い影。
毒矢か。
飛んでくる三本の毒矢を倶利伽羅で撃ち落とす。
単純なトラップだけれど、小さな闇ギルドのアジトにしては仕掛けが凝り過ぎている。
この先が『フェンリル』の拠点と見て間違いないだろう。
他にトラップは……【鑑定】の結果、無いみたいだ。
隠し通路の階段を下りていく。
短い階段の次は、狭いながらも整備された地下通路。
狭いと言っても、数人は余裕で通れる幅があり、坑道のように入り組んでいる。
地下通路には等間隔にマジックアイテムのランプが設置され、僅かな光が通路を照らしていた。
メニュー画面からマップを確認する。
まるでアリの巣だ。
地下通路は予想よりも広大で、一部はスラム街から出て商業区や居住区、さらには貴族区にまで伸びている。
それは『フェンリル』が仮のアジトにしている建物やダミーの本拠地などに繋がっている。
この地下通路をしらみつぶしに歩いていては埒が明かないが、幸いなことに小屋までの地図と一緒に貰った紙に地下通路の見取り図もあった。
一体、どうやって調べたのか、気になるところだ。
さて。
小屋に近づいてから、どこの誰かは知らないけれど、監視されている。
フェンリルに敵対する他の闇ギルドか、それとも騎士団か。
もしくは全く別の組織かもしれない。
友好的な組織ならともかく、下手に邪魔されても嫌なので、この辺りで排除しておこう。
地下通路を少し進んだ所で踵を返す。
突然の行動に、僕の後を付けていた人物の動きが一瞬遅れた。
件の人物は距離を取ろうとするも、その時には『縮地』で間合いに入っている。
「ストップ、ストーップ‼」
小声で叫ぶという、器用なリアクションをする追跡者。
聞き覚えのある声に動きを止めると、目の前の人物は目深に被ったフードを取る。
「……アヤさん?」
「そうです‼︎ 私です、アラタさん‼」
僕の後を付けていたのは、レーネの町からお世話になっている、冒険者ギルドの受付嬢アヤさんだった。
「どうしてアヤさんがここに?」
「その前に、剣を下ろして貰えませんか?」
両腕を挙げ、顔を青褪めさせたアヤさんが、恐る恐る口を開く。
牽制のために首元に突き付けていた倶利伽羅を下げると、一呼吸おいてアヤさんが話を始める。
「アラタさんは“ハンター”をご存知ですか?」
「まさか、アヤさんが?」
「はい。私の肩書は受付嬢ではなく、正式には冒険者ギルド特殊作戦遂行部隊、通称“ハンター“の所属になります」
驚いた。
冒険者ギルド直轄の冒険者でも、精鋭中の精鋭で構成される部隊。
その組織に属する冒険者は『ハンター』と呼ばれる。
ハンターは高難易度クエストの選定や、闇ギルドを調査して依頼を発表するなどの役割がある。
また、冒険者証の停止もハンターの役割であり、迷惑プレイヤーやチーターの排除もハンターが請け負っているなんてことも言われていた。
ただ、この『ハンター』という役職は、言ってしまえば世界観を出す為の演出に過ぎない。
実際にハンターとして登場するNPCの存在は確認できず、ギルド職員や闇ギルド所属のNPCの会話でしか名前が登場しない為だ。
だから、てっきりこの世界にもハンターは居ないとばかり思っていたんだけど……まさかアヤさんがハンターだったとは。
「ハンターであるアヤさんが、どうしてここに?」
「任務の一環です。私は現在、闇ギルド『フェンリル』の調査と監視を行っているんですよ」
アヤさんの話によると、レーネの町で発生したスタンピードも『フェンリル』が関与した可能性が高いらしい。
さらに『フェンリル』は小規模な闇ギルドを吸収し、勢力を伸ばしたことで王都や周辺の町での犯罪件数も増加傾向にあるとのことだ。
「まあ、その調査も今となっては無駄になってしまったんですけどね」
「どうしてですか?」
「だって、アラタさんが来たってことは、そういうことでしょう?」
……ああ。
アヤさんは『フェンリル』の討伐依頼を公表するための証拠を集めていたのか。
それなのに、僕がヴェルギリウスさんに無理を言って、依頼の公表を切り上げてもらった。
つまり、アヤさんの仕事を取ってしまったことになる。
「すみません」
「いえいえ、アラタさんが予想外のことをするのは今に始まったことじゃないので。それに、グランドマスターが依頼を出したのは、現状の証拠だけで討伐依頼を出すのに十分だと判断したということです」
アヤさんと話をしていたら、目的の場所に辿り着いた。
石の階段を上った先に、ひとつの古びた扉が待ち構えている。
地図によると、ここが『フェンリル』の本拠地らしい。
「グランドマスターには残業代と特別手当を請求することにします」
「アヤさんも戦うんですか?」
「はい。実は、こっちが専門なんです」
そう言ってアヤさんは、腰の剣帯から二本のダガーを手に取った。
僕も倶利伽羅を鞘から引き抜く。
「準備はいいですか、アラタさん?」
「はい、これが終わったら、また食事にでも行きましょう」
「でしたら、今度は私が選んでもいいですか? 美味しいウイスキーのお店、知ってるんです」
「アヤさんのオススメなら、間違いないでしょうね」
この前のレストランも良かったし、今から楽しみだ。
ウイスキーの味に思いを馳せながら、僕は扉を蹴破った。
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