グランドマスター


 第七王子の意識は、今朝の時点でも戻らなかった。


 僕が王子を人攫いから救出して、丸一日が経過。


 僕が鑑定したところによると、HPやSTの減少が著しかった。


 恐らく、誘拐の際に使われた薬品が劣悪だったのだろう。


 ローズさんの屋敷に常備されていた回復系のポーションや状態異常回復系のポーションを処方したら落ち着き、鑑定の結果も正常となった。


 ただ、体力が回復するには時間が必要らしく、もうしばらくは意識は戻らないと考える。


 本来ならば王城に事情を説明し、そちらで療養するべきだろう。


 ただ、王子を保護した状況に疑問が残る。


 なぜ危険なスラム街に、王子は護衛も付けずにいたのだろうか。


 何者かの謀略が原因である場合、下手に情報を広めると、事態が悪化しかねない。


 最悪の場合、王子が暗殺の危機に晒される。


 事実、この世界より未来が舞台になっていたであろうゲーム内では、第七王子は死亡していた。


 そして、ゲームのストーリー上では、第二王子によって圧政を敷かれた王国を、プレイヤーが正す展開となる。


 今回の件が第二王子によって引き起こされたものかは不明だが、このままだと第七王子が再び狙われる可能性が高い。


 ただ、現状ローズさんの屋敷の警備が不足していることも事実。


 ローズさんや使用人の一部は戦闘の経験はあるけれど、要人警護の経験は無い。


 僕もPKから自分の身を護る方法は心得ているけれど、NPCを護るのは苦手だ。


 それに、相手となる可能性が高いのは本職の暗殺者。


 十分過ぎる対策を講じても損は無い。


 そのために足を運んだのが、王都の冒険者ギルド。


 国の権力と対等である組織を味方に付ける。


 力には力を。


 権力には権力を。


 八か国の王都には、その国の冒険者ギルドを束ねる長が常駐している。


 彼らは“グランドマスター”と呼ばれ、ストーリー上で重要な役割を担っていたり、高い戦闘能力を有している。


 ただ、彼らの地位の高さもあって、冒険者ランクA以上でなければ、接触するイベントは発生しない。


 しかし、幸いにして、プロマリス王国ここのグランドマスターに関しては簡単に面会することが可能だった。



 ギルドの敷居を跨ぐと複数の視線に晒される。


 その意味は様々だ。


 余所者に対する悪感情を向けてくる者。


 見知らぬ人物の来訪に興味を抱く者。


 また、面白くなさそうに顔を背ける者。


 それらをスルーして、僕は受付へと向かう。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「グランドマスターに会いに来ました」


 その言葉を口にした途端、ギルド内の空気が変わる。


 グランドマスターとの面会。


 その言葉が意味するのは『決闘』。


 決闘のシステムは、一部のNPCに対して行うことができる。


 王国のグランドマスターの場合、Bランク以上で冒険者ギルドの一番左にある受付に話しかけることで決闘を行うことができた。


「おい、アイツ……」

「偶に居るんだよ、身の程知らずな輩が」

「どっちに賭ける?」

「バカ、お前。そんなモン、賭けにならねぇよ」


 せせら笑いを隠そうともしない冒険者たち。


 こういう雰囲気は大好きだ。


 確かに、今の僕のステータスでは、グランドマスターと戦うのは厳しい。


 だけど、誰しもが負けると思っている勝負に勝ってこそ、その勝利には意味があり価値がある。


「――騒がしいな」


 一言。


 ともすれば、ギルド内に蔓延る失笑に搔き消され、誰の耳にも入らないような声だった。


 しかしその言葉は、一瞬にして場を静まり返らせる程の圧と威厳を放っていた。



 奥の部屋から現れたのは竜人族ドラゴニュートの男。


 ドラゴニュートは竜鱗や竜翼、竜尾などの特徴を併せ持つ種族だ。


 獣人族の分類に蜥蜴人リザードマンが存在するが、こちらの見た目は二足歩行のトカゲそのものであり、人間がベースとなるドラゴニュートとの見分けは付けやすい。


 ドラゴニュートの種族的な特性として、ステータスが総じて高い。


 その反面、魔法が一切使えないため、近接戦をメインとして運用されやすい脳筋種族のひとつだ。


 その高いフィジカルが肉体にも影響を与えるのか、目の前の男性も一目で武人だと判る体つきをしている。


――ヴェルギリウス・スパーダ


 血を思わせるような赤い鱗を持つ彼こそ、王国の冒険者ギルドを統べるグランドマスターだ。


 ヴェルギリウスさんの鋭い眼光が僕を捉える。


「ほう……貴殿、相当な腕前とお見受けする」

「剣には少し自信があります」

「韜晦も甚だしいな」


 返答がお気に召したのか、ヴェルギリウスさんの口角が上がる。


 そこから覗く、白く鋭い牙は、獲物を見つけたかのように喜色に満ちていた。


「お手合わせ願います」

「寧ろ、此方から頼もう」

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