タイムラグ


「お帰りなさい。それにしても、遅かったですわね?」

「少しトラブルがありました」


 屋敷に戻ると、夕食の準備が完了していた。


 身だしなみを整えて案内された食卓で、主であるローズさんが出迎える。


 絶望に打ちひしがれていた昨日とは違い、今日は夕食を食べるようだ。


 テーブルの上には、使われていない食器が並ぶ。


 どうやら、僕が帰るのを待っていたらしい。


 先に食べてしまえばいいのに、意外に律儀な人だ。


 執事が椅子を引いてくれるので、そこに座る。


 丁度、ローズさんの対面の席だ。


「武器は買えましたの?」

「ええ、いいものが」

「そうですか」


 料理が運ばれてくる間に戦利品の話になる。


 ローズさんは、僕がどんな武器を買ったのか興味のある様子だ。


 だけど、ここは夕食の席。


 武器について語り出すと、何時間でも話してしまいそうになる。


 それだと料理が冷めてしまい、作った人に失礼だ。


 なので、武器の話は明日、訓練の時にでも詳しく説明すると言ってお茶を濁す。


「お金は使わなかったので返します」

「あら、そうですの?」


 控えていたメイドに、預かっていたお金を渡す。


 努めて平静を装っているけれど、ローズさんはどことなく嬉し気だ。


 第二騎士団団長という肩書から、5000万Rくらいと思っていたが、ローズさんはお金には厳格だ。


 がめついと思うかもしれないが、彼女の性格には理由がある。


 それは前世の影響が大きい層で、名前が売れる前はバイトを掛け持ちしていた時期もあったそうだ。


 なので、当時も機材などは、先輩からのお下がりも多かったらしい。


 そんな彼女の趣味は貯金だそうだ。


 曰く、月の収支が黒字でないと安心できないとのこと。



 しばらくすると、料理が運ばれてくる。


 オイルが使われているから、今日のメニューはイタリアン系なのかな?


 前菜として出されたマリネのようなものを口に運ぶ。


「そういえば、トラブルがあったって言いましたよね?」

「ああ、それは――」


 僕がトラブルの内容を口にする前に、控えていたメイドのひとりがローズさんに耳打ちをする。


 ただ、タイミングが悪かった。


 食前酒を飲んでいたローズさんは、盛大に咽ることになる。


 どうやら、今日も彼女と夕食を食べることは無理のようだ。



***



 食後、客室で改めて会談の機会を設ける。


 流石に、屋敷の中といえど、多くの人の耳に入れる内容ではない。


 ローズさんの使用人の中でも、第七王子の件を極秘扱いにしてもらった。


「それで、どういう経緯で王子を拾ってきたんですの?」

「それは――」


 ローズさんに事の経緯を詳しく説明する。


 気分としては、警察の事情聴取だ。


 まあ、彼女は騎士団の人間だから、あながち間違いではない。


「王子がスラム街に……」

「どういった理由で城下を、それもスラム街を出歩いていたのかについては、本人から直接聞いてください」


 ただ、王子が護衛を付けずに出歩いていたことは大きな問題だ。


 城には多くの兵士や騎士が配置されているため、王子が彼らの目を掻い潜ったとは考えにくい。


 漠然とした考えだが、何か嫌なことが起きている可能性が高いだろう。


「王子の件は、一旦脇に置いておきましょう」

「いえ、話を逸らせる内容じゃ……」

「所詮は現地人の問題です」

「私、この国の騎士なんですけれど?」

「それも一先ず忘れましょう。……ここからは、僕たち、転生者に関連する内容です」

「!」


 王子の処遇について話を煮詰めたいローズさんだが、生憎とそれどころではない。


 話の流れを無理矢理に切り上げ、話題を変える。


「――。疑問に思いませんか?」

「? 何がですの?」

「……」


 ああ、忘れてた。


 この人、ストーリー進めてなかったんだった。


 配信はほとんどがモンスターとの戦闘。


 NPCの会話も聞き流すことが多く、重要なセリフを無視して次の町に向かうことなんて珍しいことじゃなかった。


「……プロマリス王国の国王である『ジェームズ・ウィリアム・グラハム・プロマリス』にはの王子が居るという設定でした」

「五人? 七人ではなくて?」

「間違いありません」


 五人ではなく、七人存在する王子。


 疑問に思った僕は使用人に尋ねた。


「ローズさん、この国の王子の名前、言えますか?」

「言えませんわ」

「……貴女、仮にもこの国の騎士ですよね?」

「し、仕方ないじゃないですか! 私、団長に就任して半年も経っていませんのよ!」


 それでいいのか、第二騎士団。


 それとプロマリス王国。


 いくら転生者ローズさんが強くても、責任者に据えるのは人選ミスじゃないだろうか?


「使用人に王子たちの名前を聞くと、第二王子の名前がジェームズでした」

「え、それって――」

「この世界は、ゲームが舞台にしていた時間よりも過去の世界です」

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