第37話 死決同士

「自殺? 殺した? って……」

「それ、どういうこと?」

「私が……彼女を追い込んだから」

「だから、私が殺したみたいなものです」 

 そうしてゆめは、アイカとの出会いから亡くなるまでの経緯いきさつを郁斗に赤裸々に語った。

「そう……だったんだ」

「きっと私のあの投稿のせいで、マスコミも殺到したんだと思います。アイドルとして売れ始めて、すぐのスキャンダル。彼女は否定してたみたいですけど」

「でもそれから暫くして、アイカは亡くなりました。死因は報道されてなかったけど……間違いない。他にもいろんな誹謗中傷を受けてて、ホントはずっと苦しんでたんだと思う」

「ごめんなさいって……私、どうしても伝えたくて。彼女の葬儀は親族と関係者のみで行われるって知って、でも、押さえられなくて……。だから会場を探し回ったんです。けど会えなかった。彼女、って世間では通っているけど、本当は……っ

「ハッッ!」

 突如、何かを思い出したように言葉を詰まらせるゆめ。

 そして深く息を吸うと、ゆっくり郁斗の方に視線を向け、見開いたまなこを見せた。

「ゆめ、どうかした?」

「あ……」

「あいかは……白星じゃないんです」

「えっ?」

「白星は芸名で、彼女の本当の名は……き」

「‟桐島愛華”」

「キリシマ?」

「ってことは、まさか……」

 その時。全てのピースがはまり、確かなる輪郭を得た、そんな気がした。

 だから‟桐島”は。

 この場所に、オレたちを?

 ??? 

 じゃあ、何だ?

 ポケットを今さらまさぐり返すも、スマホは取られてしまっていて無い。

 郁斗は確認したかった。自分の過去の投稿履歴を。

 承認欲求を得たいが為に、複数のアイドルの発信を引用していた。

 その中の一人に、きっと彼女も?

 何だ? 

 何を言った? 

 一体オレは。

 どんな投稿を——。

 だが今の郁斗には、何も思い出せなかった。



 ◆



「ガタン」

 その後、小休止を終え——。

 覚悟を決めたような表情で、リフトの上に立つ郁斗とゆめ。すると緞帳どんちょうが下りるようなブザー音が鳴り響き、リフトが真下へと降り始めた。

 見えて来たのは幾重にも並んだ誰もいない客席と、劇場のような広々とした空間。頭上には眩しい光線が照りつける。

 ここは……ステージ? 

 郁斗たちが降り立った場所、そこは劇場のステージのど真ん中だった。

 この建物にやって来た当初、エントランスを抜けた先でホール会場のような両面扉が並んでいた。おそらくここは、その会場の中ってことか。


≪オメデトウゴザイマス、よくぞここまで辿り着きました≫

≪デハコレヨリ、最終ステージを始めます≫


≪オフタカタ、ステージの上手下手かみてしもてをご覧ください≫


 ようやく流れた声。そのネズミ声に従い、二人はステージの両側に目を向ける。上手と下手それぞれに一台ずつ演台が置かれ、その上には照明の光を浴びた鋭利なサバイバルナイフがキレイに立てかけられていた。


≪ルールハ、シンプル≫

≪ドチラカガイキノコルマデ、殺し合う——以上です≫


 その言葉を最後に。

 スピーカーからの音声は途絶えてしまった。

「「…………」」

 呆然と立ち尽くしたまま、郁斗とゆめは互いに目を合わす。

 これまで何度もステージを共にし、協力し合い死地をくぐり抜けて来た相手。そんな彼女と、殺し合いをしなければならない。どこまでも……どこまでも非道なゲームだった。

「バタッ」

 郁斗は一歩踏み出しただけで、ビクッと怯えた反応を見せるゆめ。彼女はどうしていいのか困惑した様子で、既に全身を震わせていた。

 見つめ合い、目を逸らす二人。

 硬直状態のまま、暫しの時が進む。


 だが、やがて——。


「そんな、待って」

「……おねがい」

「ごめん」

「だけどもう、やるしか……」

 急いで演台のナイフを手に取る郁斗。そして固唾を呑み、微動だにしないゆめに向け刃を突き出し、じりじりと迫っていく。

「ピタ……ピタ……」

 後ずさりをするゆめの足音が静かな舞台上に響けば、それを塞ぎ消すように追撃する郁斗の靴音。互いに一切視線を逸らさず、間合いを取るようにしながら向かい合う。郁斗は客席を背に足を止め、ゆめと対峙した。

「大丈夫。できるだけ苦しまないように、一瞬で終わらせるから」

「おねがい、待って郁斗さん」

「きゃ!!」

 ゆめの説得を拒絶するように、郁斗はナイフを振り上げ襲い掛かった。

「っっ!」

 咄嗟にしゃがみ込んだ彼女。対して決心を固め切れてなかったのか、突如体勢を変えたゆめに動揺し、郁斗の初撃は空振りに終わってしまう。

 角度を崩し、ふいによろける身体。その一瞬の隙を狙って、今度はゆめがナイフを持つ郁斗の右手へと飛び掛かった。

「はな……すんだ」

「っ、いや……です」

 郁斗の右手にしがみつくゆめの両手に、動きを制御される。

「カシャン」

 そして——。共に倒れ込んでしまう二人。

 すると衝撃によって汗に塗れた皮膚の間からナイフが滑り落ち、郁斗の手から離れてしまった。

「まっ、まて!!」

 零れ落ちたその刃は、床を弾く様にして少女の足元へ。ゆめはすかさず奪い取ると、反撃の構えを見せ、倒れる郁斗の身体にまたがった。

 静まり返る両者。

「やめてくれ」

「ゆめ……頼む」

 頭上に浮かぶ彼女に向け、怯えた声色で言葉を放つ郁斗。……だが。

「!!!」

 ゆめはグッと顔をしかめながら、両手で握り締めたサバイバルナイフを郁斗の腹部へと振り降ろした。彼女の動作に合わせ、電気が走ったように郁斗の両足が飛び上がる。

 降ろしてはまた振り上げる刃。

 何度も、何度も……。ピクリと痙攣けいれんを続ける郁斗の足先が、やがてピタッと止まった。

「カシャンカシャン……」

 赤く震えた少女の手から、血で汚れきったナイフが零れ落ちた。

「ごめ、ん……なさい」

 そうして涙を浮かべ、郁斗の身体から離れるゆめ。

「ぐは、ァ」

 横たわったままの郁斗。その上半身は真っ赤な血の海へと染まり、口からは大量の吐血をしていた。溺れたような言葉無き声をあげながら、徐々に消えていく郁斗の呼吸音。

「バサッ」

 重力に負け、血の伏せる両の手。閉じる瞼。

 そうして郁斗は、自らのその命を終えた。



 ◆



 静かなる時。

 訪れた終幕。

 死闘を終え。ステージ上に座り込んだまま、ゆめは呆然とたたずむ。

 まるで時が止まってしまったかのような、奇妙な空間が生み出されていた。 

 と、その数分後——。

 客席の先、エントランスへと続く正面入り口に見える影。「バタン」と中央の両面扉が開かれ、そこから一人の人物が、ゆめのもとに近づいて来る。

「おめでとうございます」

「まさか、あなたが勝ち上がるとは」

 現れたその人物は上下紺のスーツ姿に白のシャツ、そして茶色の光沢ある革靴でスマートな出立ちをした四五十代と思しき男だった。

「想像とは少し違いましたが。まあいいでしょう。フフフ」

「黒川ゆめさん、最終ステージクリアおめでとうございます」

「見事勝ち残った貴方には、この私が直々に、お相手を」

 ほくそ笑みながら、淡々と。

 そう語る男の手には、のこぎりのようなセレーションを備えた、エッジの長いハンティングナイフがキラキラとゆらめいていた。

「…………っ」

 涙に濡れる顔をゆっくりと上げ、男を見つめるゆめ。

 茫然自失となりながら、彼女は問いかけた。

「あ、あなたは……愛華の」

「‟父親”、なんですか?」

「おっ」

「何と」

「そうですか」

「なるほど、お気づきになられたのですね」

「ではご挨拶を」

「ええ、そうです。貴方の言う通り」

わたくしは、愛華の父」


「“桐島才人きりしまさいと”」


 目の前に姿を現した人物。

 それはこの殺戮ゲームの主催者、「桐島」本人だった。

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