第21話 正当なるイカサマ
「あれ? どうしました桃野さん」
「あ、いや……ちょっと吐き気を催しちゃってね。でも大丈夫」
「それより二人とも、続けてクリアしたんだ」
「はい」
「——それもこれも、浦城さんのおかげです」
「えっ? オレ?」
首肯する二人。そしてゆめからの感謝の言葉に、突然の事であっけに取られる。
郁斗はゲームの進行を、ここまで全く持って見ていなかった。
「ボ、ボクたち……浦城さんが出したお題を模倣して、ポイントを得られたんです。ゆめさんは“半場”と出題して。それで、ボクは……」
「浦城さんすみません。ボク、“郁斗”って入力して……それで、勝てました」
申し訳なさげに答える数馬。
それに対し「いいよ別に」と、郁斗はなだめた。
郁斗が開いた、もう一つの必勝法。
それは「具体的人名」を出すことだった。
モデリングに続く二つ目のパンドラの箱を開いたことで、次点のゆめ、そして数馬が続けてポイントを獲得し、勝利を手にしていた。
これも戦略的な模倣。とはいえこの具体的人名を使った方法は、全てに有効という訳ではなく、はじめから一定の制約がついている。
それは「確実性」と「限られた人間」。この二つのピースが揃う必要があるからだ。
おそらく今この場で、具体的人名が有効に働くのは、『浦城郁斗』と『半場勤』の二名。そして使える単語のコマは『浦城』、『郁斗』、『半場』、『勤』の四つ。フルネームが連語に該当するかどうかは正直わからない。だが分けてしまえば、確実だ。
郁斗は自覚している通り、この参加者の中で一名から負の感情を抱かれている。一方の半場勤に関しては、郁斗に比べると確証は低いが、票は分かれるだろう。半場をお題にした場合、まず確実に数馬の票は「恨めしい」に投じられる。一方その他の票に関しては、半場との交流がそもそも皆無だ。第一ステージを早々にクリアした師谷と蜜に至っては、半場は全く持って無害の存在だと言える。奴の人間性や第一印象での好き嫌いがあると仮定しても、先程あれだけ無残且つ非業な死を遂げた人物を目の当たりにし、全員が「恨めしい」に移るとは現状考えにくい。同情の余地も有り得る。それはすなわち、票が二分する可能性が高い事を意味していた。
だが郁斗は意外に感じていた。予想ではゆめが『郁斗』と入力したのかと思っていたが、彼女は『半場』と入力。一方の数馬が自分の名前を入力し、勝利を勝ち取っている。郁斗は半分は読み通りで、もう半分はそうではなかった。
もし仮にゆめが『郁斗』と入力した場合、数馬は『半場勤』のワードは使えない。というか、使いにくい。半場勤を使って票を二分させようと思えば、思いつく理想は「羨ましい」に、数馬以外の誰か3人。「恨めしい」に数馬の構図だろう。となれば、数馬以外の人物が出題することが有効とされる。
ゆめがそれを見越して『半場』と回答し、『郁斗』の切り札を後に残したのなら、相当頭が切れる子だ。第一ステージで自身の違和感を察知したあの洞察力。それを思えば、ありえるのかも。
郁斗は感心と同時に、彼女を敵にして考えた時の恐怖感も抱き始めていた。
「で、でも」
「三巡目の回答だけが、まだ謎で……」
「ゆめさんの後、ボクの“男”、玉利さんの“女性”、師谷さんの“秀才”。どれもゼロポイントだったなんて……。このゲーム、裏で操作されているんじゃないですかね」
そう言って数馬は、不思議そうに顎に手を当てる。
「浦城さんは、どう思いますか?」
「っ、オレ?」
ゆめが唐突に、郁斗に質問を投げかけた。
「そう、だな……。確かにあの三巡目は驚いたし、かなり動揺した。オレは心理学者でも脳科学者でもないから、確証も何もないけど……」
「もしかしたら、“慣れ”と“予測”が関係している、とかかも」
「慣れ? 予測?」
「うん。あのヘルメットは脳波の振れ幅で票が決まる。だとすれば、二巡目以降にほとんどのプレイヤーが
「例えばゆめさんが出した“女”。これより前の二巡目以降から、ゲーム内は模倣が横行していた。だから皆、“女”の後はおそらく”男”が来るだろうとか、”女性”のお題が出されるだろうって大方予想が付く。で、いざその通りにお題が出されれば、きっと誰も驚かないだろ? ということは脳波の振れ幅も小さいんじゃないかな。それが票として現れた——みたいな感じ」
「な、なるほど!」
「す、すごいです、浦城さん」
「いや……言っただろ? 確証は無いって」
こうして、数馬たちと話し込んでいる最中も。
一方でゲームは続いていた。
≪残り三名となりました≫
そのアナウンスに、郁斗の意識はゲームへと立ち戻る。
≪次の一名がクリアすれば、ステージは強制終了となります≫
≪ですのでここで、改めてルールを確認しておきましょう≫
■ルール ~お題、投票について~
●出題者は順番にローテーション形式
●キーボードを使用しお題を入力すること
●お題は1単語のみで連語は不可
●1度使用したお題は2度と使用できない
●出題者の未(誤)入力
●回答者の未回答(ポリグラフメットを外す)は無効票「0」となる
●選択がどちらでもない場合(計測周波に変動がない)は自動的に「羨ましい」へカウントされる
●残り2人となった時点でゲーム終了
●最下位に「死」を与える
ラストスパートとでも言うように、再びルールの一覧が液晶画面に表示された。
何だろう……やけに親切だな。
残り、プレイヤー三名。
③玉利紗代子 計1pt
④師谷倫太郎 計0pt
⑤水菜月蜜 計1pt
現状不利なのは、師谷ただ一人。
とはいえ、残りの二名も一ポイントでリーチではない。
ここからまた、何回か投票が続きそうな気がする。
て……、あれ?
だがその時。
郁斗の中に、一つの疑問符が浮かんだ。
残り三人。これって、勝負にならないんじゃ……。
郁斗は再び、ポイント表に目を向けた。
三人のうち、出題者一人は投票できない。回答者は二人。ということはこのゲーム、何をどうしようと上手くいかない。いくはずがないんだ。
なのにどうして、残り2人になるまで続行なんだ?
郁斗の視線はそのまま、ポイント表からルール画面へと流れていった。
……そうか。
まさか、これって……。
桐島はきっと——‟三人を試している”
◆
その後。ルール画面が再び表示されてから次のアナウンスまでに、結構なラグがあった。緊張感を
≪では出題者、玉利紗代子さん≫
≪お題を入力してください≫
おそらくこの投票結果で、二人の思考が読めるはず。
郁斗は静かに固唾を呑んだ。
≪入力を確認しました≫
≪——それでは、皆様へお伺いします≫
≪『勤』は、羨ましいですか??≫
先程のゆめの出題時、票が割れたことから引用したのだろう。玉利はそのまま半場の名前をお題に指定した。
≪投票が終了しました≫
≪開票結果を発表します。スクリーンをご覧ください≫
結果:「羨ましい0」「恨めしい0」=0pt
投票結果はゼロポイント。そして玉利は前回もゼロポイントのため、-1ポイントが加算されることに。
「あ、あれ?」
「両方とも‟0”ってどういうことですか?」
票数を見て不思議がる数馬、そしてゆめ。
それもそのはず……。疑問に思うのも当然だ。
この結果が何を意味するのか。なぜアナウンスは、ルールをもう一度見せたのか。それには、重要な意味があった。
そして……。
この時点で既に、師谷と蜜は気づいている。あとは玉利が、この卑劣なカラクリに気付いているかどうか。
それによって、このゲームの決着がついてしまう。
続いて、師谷のターン。
≪入力を確認しました≫
≪——それでは、皆様へお伺いします≫
≪『命』は、羨ましいですか??≫
師谷のお題は『命』。彼は誘っている。
きっと……この結果次第で、全てが。
≪投票が終了しました≫
≪開票結果を発表します。スクリーンをご覧ください≫
結果:「羨ましい1」「恨めしい0」=3pt
≪おめでとうございます≫
≪師谷倫太郎様、ステージクリアです≫
最終結果:
③玉利紗代子 計-1pt
④師谷倫太郎 計3pt クリア
⑤水菜月蜜 計1pt
≪終了時間になりました≫
≪ステージ失格者——≫
≪‟玉利紗代子”≫
その瞬間。
傍で見守っていたゆめが、膝から崩れ落ちた。
大きく息を吸う数馬と未来美。
郁斗はただ、画面を見つめることしかできなかった。
玉利紗代子。
彼女は最後まで、純粋だった。
……が、故に。
彼女は敗れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます