第4話 集いし者たち

「あと何分くらいですか?」

「そうですね。あと二十分ほどで到着するかと」

「えっ? 二十分? 結構かかるのね」

 つい本音を言葉にするタマリという女性。だが内心では郁斗も同感だった。きっとココにいる全員が同じように思っただろう。小型のシャトルバスは市街地からどんどんと離れ、山合の道をひた走る。

「屋内アミューズメントパークって、ジェットコースターとかもあったりするんですか? ワタシ、じつはあまり得意ではなくて」

「…………あ、すみません」

「じつは私、行きのドライバーとしてだけで臨時で雇われた身でして。なので詳しい施設の詳細については、何も教えられてはいないのです」

「えっ? そうなんですか」

「まあまあタマリさん。きっと情報漏洩を徹底して防いでいるのでしょう。今日だって特別招待とはいえ、随分と速いプレスリリースにも思いますし」

「ふーん、なるほど。そういうことなのね」

 後方に座るシヤがそう言って持論を展開すると、タマリは半信半疑ながらも納得して見せた。


「そういえば、吉永さん? でしたっけ」

「はい、何でしょう」

「先程、第二便っておっしゃっていましたけど。ということは、私たちの他にも招待されている方々がいるということでしょうか?」

 確かに。吉永にそう投げかけるシヤに対し、郁斗は数分前の会話を思い返していた。

「ええ。その通り」

「じつは先に、もう到着されている方々がおりまして」

「ここに居る皆さんと合わせて、八名の方々がご招待されております」

「そうなんですか」

「わあ、どうしよう! ワタシ以外のみんな、みたいに若い子ばっかりだったら」

 タマリはそう言って振り返り、同乗する女子高生であるユメのほうに顔を向けた。

 シャトルバスには助手席と最後尾の三名分を含め、ちょうど八名分の座席がある。だからわざわざ、便を二回に分けなくたって……。そう思ったが、長い峠道を走っていることから推測するに、おそらく主催者側が気を利かせたのだろうか。そんなことを思いながら、郁斗は改めて車内を見渡した。

 四人はバラバラに着席し、郁斗は一番後ろ。その一段飛ばした前の席にシヤ。真ん中の通路を挟み、シヤと同じ対極の窓際に女子高生のユメ。そして運転席から一番近い前方の席に、タマリが乗車していた。

 吉永に度々声を掛けるタマリとシヤに対し、一方の郁斗たち二人はずっと黙ったまま。

 何だろう……この気持ち。社交性の差というか、社会人の線引きがここでまじまじと見せつけられているかのような、そんな気分に勝手に苛まれる。

 だがその中でふと、郁斗はシヤの動向に視線が留まった。彼は吉永と度々会話しながら、チラチラと横目で女子高生のことを見ていた。

 何か、話しかけようとでもしているのか。座っているこの席からはユメという子の後頭部しか見えない。ぐったりと項垂うなだれた様子の彼女は、ずっと窓の外を見ているようだった。

 にしてもこのサラリーマン。社交的すぎるというか、積極的というか……。

 そんな空想はさておき。時間を持て余した郁斗は、ポケットからスマホを取り出す。そういえば、ここ数日追ってなかったな。いつもようにメセラを開き、人気アイドルたちのアカウントを巡回する。

「チッ、つまんないのばっか」

 別にアイドルが好きというわけではない。だがきらびやかな実生活を赤裸々に投稿する女性アイドルたちの投稿は、郁斗にはとりわけ興味深かった。

「収穫なし、か」

 じつは政治系よりも、芸能ネタの方がリコメンドを集めやすい。そうして星稼ぎのネタを物色するも、残念ながら空撃ちに終わる。そんな折、何度も訪れるカーブ道。

 ……ふう。しだいに車酔いしそうになった郁斗は、結果スマホをすぐさまオフにすると、到着まで瞳を閉じることに全集中した。




「皆さん、見えてきましたよ」

「——あちらが会場となります」

 四人を乗せた車は、ようやく会場へと到着。

「うわぁ、おっきい」

「ここが……」

 広大な緑地の中。郁斗たちの目の前に見える、巨大で四角い高層建造物。

「では皆さん」

「どうぞ、お楽しみくださいませ」

 吉永はそう告げると再びエンジンを吹かす。そして颯爽と来た道を下り、山合の中へと消え去って行った。

 その後、入場ゲートへと向かう四人。

『ギーーーン』

 すると、何かのスイッチが入ったような機械音が空にこだました。

『ゲストノミナサマ、ようこそ』

『ソレデハココカラ、正面ゲートを抜けた先、一階フロアを入り、右手にございます、待合室へとお進みください』

 抑揚のない、一調単な声。「非対面ゲートシステム」が組み込まれているのか。入り口の守衛は完全に無人化されていた。スピーカーから流れる自動音声に従い、郁斗たちは目の前に見える全方位が白銀色の建物へと進む。都心で目にする高層ビル程の高さは無いが、敷地面積としては相当なモノ。一見コンベンションセンターのようなシンプルな外観だが、間近で見るそのスケールは目を見張るほどだった。

「へえ。カッコイイですね」

「そう? 何か思ってたのと違うけど」

 先行するシヤとタマリの後を、ただただ付いていく。その後ゲートを抜け、一階正面の自動ドアを過ぎると、まず天井の高さに驚いた。大型図書館や博物館のように、高さと奥行きに十分すぎるほどの余白。だがタマリの言うように、想像したのとは少し違った。

 何とも殺風景な景観。一階は受付用としてだけなのか、娯楽施設を想起させるモノは何一つ見当たらない。会場の左手には垂直にそびえる銀のエレベーターが見え、真正面にはホール会場で見かけるような幾つもの両面扉が並んでいた。

 けれどそれらは全て閉鎖されているようで、扉には「→」の矢印マークがデカデカと貼り付けられている。行き先はこの扉の奥ではなく、ゲートで言われたように右手に見える待合室へと指示がなされていた。

 にしても——。スタッフが一人ぐらい、居ても良いと思うんだが。

 郁斗たち四人は案内通りに進み、待合室の前へ。

『ビーーン』

 手動ではなく自動ドアがスライドし、入室。すると内部は、オフィスの大会議室のようなレイアウトが広がっていた。中央を囲むようにして置かれた、いくつもの真っ白なスタッキングテーブル。そして均一に並んだ、白革に覆われた複数のオフィスチェア。おまけに壁や床全面も白張りで、暗色が一つとして存在しない。まるでSF映画で見かける研究施設のようにも思えてくる。

 けれど、その錯覚は刹那に終わり、不揃いな配色と音色の散らばりが郁斗たちへと向けられた。

「あ! 来た来た」

「これで、全員みたいですね」

「…………」

「フン」

 郁斗、ユメ、タマリ、シヤの他に。

 そこには別の四人の男女が、既に到着していた。

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