第五話 こいつの思考回路を侮ってはいけなかった

 そんなこともありながら校門を突破した。

「日生! あのシュークリーム?はどこにあるんだ」

「ここから20分くらい歩いたとこだな。あー、そこの信号を右だ」

 地図アプリを確認すると、あとは道なりでつきそうだ。

「りょーかい」

「ん? 信号は分かるのか?」

「当たり前だろ」

 んー……魔界の当たり前はよく分からないんだけど……イメージで言えば、

「もっとなんか……こう、マグマが吹き出してたりとか、紫色の液体が流れてたりとか……」

 ラフェは俺を小馬鹿にするように笑った。

「ふっ。いつの時代の話をしているんだ。そんなのは、ひいおじい様が統治されていた頃に整備されたぞ」

 そう言って、歩きながら近くのビルを指さす。

「あれに似たような建物はある。信号もある。飛行者と歩行者を分けないとだからな。ああ、人間は飛べないんだったか。くふふ」

「ラフェも飛べるのか?」

 そう聞くと、途端にラフェの表情が曇った

「まだ……でも! あともう少しすれば、私だって父みたいな、魔王の娘にふさわしい立派な羽が生えるはず……!」

「そうか」

 魔王の娘っていう肩書も大変なんだろうな。

「まあ、態度は一人前に大きいし、それに見合った羽がじきに生えるんじゃないか」

「……態度が大きいっていうのは余計だが、励ましとして受け取っておく」

 気づけばビル街を抜け、河川敷に出ていた。歩道には等間隔に木が植えられていて、所々に咲いている白い花を見ると、これは桜か。

「この花……」

 ラフェが呟く。

「ん?」

「なんか懐かしい感じがする……何でかは思い出せないけど。」

 そう言って口元に手を当て、考える素振りを見せた。

 これはチャンスかもしれない。桜を見せてやれば、それがきっかけで故郷を思い出して魔界に帰りたくなるかも。時期的にもそろそろ満開になるだろう。

「じゃあ、今度この花がたくさん咲いてるところに行ってみるか」

「いいのか? お前、意外といいやつだな!」

 ラフェが嬉しそうに笑う。

「そりゃ、どうも」

 魔界に帰すためだからな。

 川沿いを歩いていると、カーブを曲がったところで奥に行列が見えた。アプリを確認すると、やっぱりあの行列が目的の店らしい。

「ラフェ、あの並んでる店がそうだ」

「こんなに並んでるのか!?」

 ラフェは目を丸くした。

「まあ、今日テレビに出てたし、元々が行列店らしいからな」

 店の近くまで行くと、30人くらいは並んでいそうだった。

「魔法で店を10個くらいコピーして作ってやればすぐ食べれるか……?」

「やめろって!」

 危ない危ない……こいつの思考回路を侮ってはいけなかった。

「どうする? 結構待ちそうだし、やめておくか?」

「いや、やめない。これを食べるためにここまで来たんだからな」

「そうか」

 俺達は最後尾に並んだ。店からは生地の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。

「ぐぬぬ……恐るべし、クリームパンの上位互換……」

「それ、パン屋の前では絶対言ったらだめだからな?」

 列が進み、俺達の番が近づいてきた。店先の看板を見ると、定番のカスタードの他にもチョコレートやストロベリーなんかの変わり種もあるらしい。

「色々あるんだな……! 私は一種類ずつだ!」

「いや、高木先輩達からもらった予算の範囲内でお願いしたいんだが……」

 ラフェにかかる分のお金は支給してもらえるらしい。俺としてはありがたいが、お金の出どころは……余計なことは知らないほうがいい。

「ケチ!」

 ラフェは頬を膨らませてそっぽを向いた。

 その時、俺達の後ろに二人組の男が入ってきた。割り込み……だよな。

気になって後ろの様子を気にしていると、割り込まれた女子高生達が男に声をかけた。

「ちょっと! 割り込みやめてください!」

「割り込みだなんて人聞き悪いなぁ。俺らは仲間と合流しただけだよ。な、相棒?」

 そういって男の一人が俺と肩を組んできた。はぁ……?

 男の口元は微笑んでいるが、目は笑っていない。話を合わせないと後でどんな目に遭うか……後ろの子達には悪いけど、ここは「はい」って言うしかない。巻き込まれたときは流れに身を任せる、だ。

「は……」

「違うぞ! 私達はこんな下衆の仲間なんかではない!」

 俺の言葉を遮るようにラフェが言い放った。

 男達がラフェに近づく。

「ああ? 何言ってんの?」

「下衆、だと?」

「ああ、そう言った」

 ラフェは自分より大きな男たちを相手に、一歩も引く様子を見せない。

 俺は茫然として声が出なかった。心臓がバクバクと早まっているのが分かる。ラフェは、一体どうしようっていうんだ……

「お嬢ちゃんは俺達が手を出さないって高をくくってるんだ? そんなことないよ。なんたって俺達は下衆らしいから、ね!」

 そう言って男の一人が腕を振りかぶった。まずい……!

「あ?」

 男は俺を睨みつける。俺は咄嗟に男の腕を掴んでいた。

「ちょっと! そこで何してるの!」

 その時、向こうから声が掛かった。見ると自転車に乗った警察官だった。

「ふんっ」

 男は腕を強引に振りほどいた。バランスを崩して俺は地面に尻もちをつく。

「行くぞ」

 そう言って男達は去っていった。

「大丈夫ですか?」

 近くに来た警官は俺に声をかけた。

「ああ、はい。助かりました……」

 警官がいなくなった後、ラフェはニッと笑った。

「日生、まあまあかっこよかったぞ」

「お前は危なすぎる! あのまま男に殴られてたかもしれなかったんだぞ!」

「私が人間ごときに負けるとでも?」

 そう言って不敵に笑った。

「でもまあ、もし日生が止めてくれなかったら、あいつの頭にうさ耳を生やして、語尾が『ぴょん』になる魔法をかけてやろうと思ってたから、あいつにとっては日生が止めてくれてよかったんじゃないか?」

「なんだよ、それ……」

 俺なんかが止めに入らなくても大丈夫だったってことか。ははっと笑うと、一気に疲れが押し寄せた。

「なんか猛烈に腹減った……」

「そのためのこれ、だろ!」

 ラフェはキラキラとした瞳で店を指さした。

「ああ……そうだったな」

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