巻き込まれ体質の俺は魔王の娘の世話係になりました
亜瑠真白
第一話 俺はどうやら巻き込まれ体質らしい
俺はどうやら巻き込まれ体質らしい。
幼稚園生の頃は知らない子供が連れていたでかい犬の背中に乗せられて連れていかれそうになるし、小学生の頃は女子同士の派閥争いに巻き込まれて約一年間「どの子が今日一番のプリンセスか」を決める訳の分からない係をやらされるし、中学生の時は仲良くなったおじいさんが指名手配中の強盗犯だった。
俺は十五歳にして、これは体質なんだと割り切ることにした。
そして今、俺は薄暗い空き教室でパンツ一丁の男に腕を掴まれている。
「俺の制服を剥ぎ取った女が廊下を右へ走って行った!」
高校入学初日。初めてのホームルームを終え、下校の混雑を避けようと人の流れと反対方向に向かったら人気のない廊下に行きついた。
歩いていると開いていたドアから突然腕が伸びてきて、今に至る。
「あいつは危険なんだ!」
男は必死な様子で訴えかける。ぴっちりとした七三分けの黒髪にメガネっていう完全な優等生スタイルなのに、パンツ一丁のアンバランスさが変態感を増している。こいつの方がヤバい奴なんじゃないのか?
「捕まえてここに連れてきてくれ! 頼む!」
そもそもこいつの話が本当かどうかも分からない。こいつは本当の変態で、女の子は逃げだしたのかもしれない。
でも巻き込まれたときは流れに身を任せた方が、傷が少なく済む。十五年間の巻き込まれ経験で得た処世術だ。
「分かりました」
俺の返事を聞いて、男は手を離した。
女の子を見つけたら話を聞いて、それからどうするかを考えたらいい。俺は走り出した。
廊下を抜けて突き当りの階段に差し掛かると、ぴょこぴょこと跳ねるように階段を下りる女の子がいた。一段一段降りるたびに長い黒髪が揺れる。
間違いない。この子が例の子だ。ダボダボのブレザーに、引きずったチェックのズボン。俺は急いで階段を駆け下り、女の子の肩に手をかけた。
「ちょっと……」
「ふぇっ!?」
驚いた声を上げて女の子が振り返る。小さい顔に白い肌。丸く見開かれた瞳は赤味を帯びている。
日本人、じゃないのか?
その時、ぶわっと急に風が吹いた。
すると女の子の頭には、羊のような角が現れた。
「きゃあぁ!」
女の子は角を両手で隠してその場にしゃがみ込んだ。見ると、狐のようなふさふさの尻尾も生えている。
ああ……俺はついに幻覚が見えるようになったのか。でも、頭がバグを起こしても仕方がない。もう十五年も面倒なことに巻き込まれ続けてきたんだから。不思議と心は落ち着いていた。
「見たな?」
女の子は睨むように俺を見上げる。目には涙を溜めて、今にも泣きだしそうだ。
「見たんだろ! 答えろ!」
この反応は俺の幻覚じゃなかったみたいだ。それなら可能性としては……
「えーっと……手品かなにか?」
「作り物と一緒にするな! これは正真正銘、本物だ!」
そう言って立ち上がると、自分の尻尾(のようなもの)を掴んで俺の方に差し出してきた。
これは触って確かめろってことか。俺は手を伸ばした。
「触るな!」
女の子は俺の手をペシリと叩き落とした。ええ……
「人間が私の尾に触れていいはずがないだろ! この無礼者が!」
「人間って……君もそうでしょ。」
「ふんっ、一緒にするな。私は魔界第二十四代王、ルゼリフ・ドリースの一人娘、ラフェだ!」
自称魔王の娘は腰に手を当てて、ドヤ顔をした。
……うん、これが自称ならかなり重度の中二病だし、もしも仮に、万が一本当だったとしたら超危険人物だ。というかもう人ですらないのか? とにかく、どちらにせよこの子はヤバい。さっきの男が随分まともに思えてきた。
さっさとあの男に引き渡して、今日のことは見なかったことにしよう。うん、それがいい。
さて、どうやって連れて行こうか。
「どうした? あまりにも恐れ多くて声も出ないか。」
あざ笑うような表情とは対照的に尻尾がゆらゆらと揺れている。機嫌がいいのか。
その時、くるるっと腹の鳴る音がした。
「くぅっ!」
ラフェと名乗る女の子は腹を押さえた。キッと俺を睨みつける。
「お前……!」
いやいや、俺、関係なくない!?
「私のお腹の音を聞くなんて百億年早いわ! 罰として何か食べ物を差し出せ! いいな!」
ひどい言い分だけど……これは使えるかもしれない。
「分かった。渡すからついてきてくれ。」
「お、お前! 騙したなぁっ!?」
椅子に縛り付けられたラフェは俺を睨みつけた。いつの間にか角と尻尾は影も形もなくなっている。
よっぽど腹が減っていたらしく、ラフェはすんなりと俺の後をついてきた。男のいる空き教室の前まで来ると、ラフェも気が付いたらしく逆走。しかし、あの男が瞬時にラフェを捕獲し、逃げ出さないように置いてあった椅子に縛り付けた。
「よく連れてきてくれた。俺は二年の
そう言ってパンイチ先輩は恭しく頭を下げた。
「それはまあ、いいですけど。俺は一年の
俺は部屋を見回した。恐らくこの部屋のどこかにラフェの元々着ていた服があるんだろう。教室かと思っていたが、改めて見るとかなり狭い。俺の部屋と同じくらいか。部屋の奥にある唯一の小さな窓はカーテンが閉められ、オレンジ色の照明が部屋を照らしている。置いてあるのはラフェが縛り付けられているイスと古びたクローゼットが一つ。クローゼットは両開きの扉の一枚が壊れたのか、無くなっている。床には木片やらなんやらが散らばっているだけで服のようなものは見つけられない。それにここは一体何の部屋なんだ。
「それは出来ない」
「はぁ?」
「こいつの服は千切れてただの布切れになってしまった。もとはと言えば……」
「とにかく、服はないってことですよね!?」
思わず口を挟んでしまった。高木先輩は話を遮られて少し不満そうに俺を見た。
「そうだ」
「じゃあこれ使ってください」
俺は持っていたカバンを高木先輩に投げた。中には新品のジャージが入っている。高木先輩は初め不思議そうにしていたが、バッグの中を見て理解したらしい。
これから三年間、ジャージを着るたびにこの人のことを思い出すんだろうと心地の悪さはあるが、パンツ一丁の男と椅子に縛り付けられた女の子の絵面を思えば、それくらい大したことではない。
「助かった。あのままでは外に出られないからな」
俺のジャージに着替えた高木先輩はそう言って爽やかに笑った。どういういきさつで服を剥ぎ取られる羽目になったのか分からないが、ラフェのような危険人物に遭遇するなんて、この人も巻き込まれ体質なのかもしれない。少し同情する。
「最悪、君の制服を剥ぎ取らなければならないところだったよ」
爽やかな笑顔のまま、そう言った。
前言撤回。こいつも危険人物だ。
「それにしても、よくジャージなんて持っていたな。今日は入学式とホームルームだけだろ」
「それは、まあ、人生の教訓と言いますか……」
俺は日ごろから着替えを持ち歩いている。そうなったきっかけは二年前。海沿いを歩いていると、知らない家族のグループに巻き込まれ、無理やりバナナボートに乗せられた。その日は遠くに住む親戚との久々の再会だったらしく、俺を甥っ子と勘違いしていた。もちろん水着など着ていない俺は海に落ちてびしょ濡れになり、知らない家族に服を買ってもらう羽目になった。
高木先輩は不思議そうに首を傾げた。
「まあいい。俺の制服をこいつに着せておくわけにもいかないし、あいつに要らん服を持ってきてもらおう。ちょっと電話するから、待っていてくれ」
そう言って部屋を出て行った。
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