悲しきオッサンと賢者の石

日々人

第1話 後ろのションベ…もとい、正面誰ぁれ。。

とりあえず、このまま歩いていれば家には着くだろう。

ひどく切なく、悲しくてやるせない。

くすんだ月だけがオレをずっと追ってくる。


業界でも有名な、垣根のない、自由な会社では確かにあるが。

GW前、新入社員を含めた親睦会には自由参加にもかかわらず多くの人たちが参加した。

オレは普段会社で仕事仲間として接している彼らや彼女らが妻や夫、子どもたちをその会に連れてくることに年々耐えられなくなってきていた。

それは確かに、以前から自覚していたことだが。

どこからか、オレのことを「オッサン」と呼ぶ子どもが近寄ってきて、邪険にできない状況でもあり、耐え忍ぶこと一時間半。

若かりし頃は「宴会部長」とあだ名をつけられていたオレは、一次会で静かにその会場を後にするのであった。


もちろん一次会で帰る者も多くいる中で、でも同じように酒飲み組と連れ立って駅に向かう気にもなれず。

賑やかな表通りから静かな路地に入った瞬間、空気が変わった気がして、あぁ、今日はこのままゆっくりと歩いて家に帰ろうか、と思い立った。

生ビール8杯に酎ハイ4杯。

一時間半も歩けば少しは悪酔いも覚めるだろう。

お酒が入ると、どうも気が大きくなってだめだ。

回らない舌でお世辞を言ったり、何言ってるか分からない話に大げさに相槌をうったり。

これといって場を盛り上げる会話術もなく、ただひたすらに気まずくなるとアルコールを胃に流し込む。

こうして独りになって、その時間を振り返って、オレは自分のことをまた一つ嫌いになる。


「酒が飲めることって、そこに自慢とかないから、」

オレが若いころ、そうやって忠告してくれた上司がいた。

取引先と食事会を重ね、そこで過ごした時間、飲みながら話し込んだ…つもりの時間を積み重ねること。それが、その頃のオレの、仕事の進め方だった。

だから、当時、そのいつの間にか会社を去った上司の言葉はただの嫉妬だと本気で思っていた。

時代が変われば仕事も変わる。

ライフスタイルも変わってくる。

酒は飲まない、テレビをそもそも持っていない。恋愛はめんどうくさいからもういいかな?だと。

20代の若者と接していると、本当にそういう人が少なくない。

時代錯誤ですよ、と言われているようで、オレは若者と接するのを最近は避けている。

曲がりなりにも、こうやって生きてきたんだ、という自分の殻はすでにボロボロで、明日、どんな新しいことが起きてしまうのか。

凝り固まり始めた自分が変化についていけないことを目の当たりにするのが怖いのだ。怖くてたまらないのだ。


…そして、歳をとるとションベンも近くなる。

どこかでトイレを借りたいが、そういう通りを避けて歩いているがためにコンビニも見当たらない。

不覚にも本気で漏らしそうになり、おろおろとこのオッサンは股間を抑えながら小走りをはじめる。

変な声を漏らしながら、いや、まだ漏らしてはいないのだが、月明かりもとどかない、さびれた商店街の真っ暗な片隅でファスナーをおろす音だけが生々しく、それからしばし立ち往生、ジョジョジョーとしでかしてしまう。

最低だろ。

もう、みっともなくて、恥ずかしくて。

本当に生きているのが申し訳なくてたまらないのであった。


この時代、監視カメラで何を撮られているかもしれない。

こんなところを会社の誰かにでも見られてしまったら。

嫌な予感というものは確かに存在していて、その嫌な予感を招待するのはだいたい己である。

そして、その正体は残念ながら自分とはいかなく、ほぼほぼ他人。

しかも大概が苦手なタイプの人間ときたものだ。

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