第19話

 紫香はじっくり身体を洗いたい、とのことなので俺は一足先に風呂から上がった。

 さすがに水着じゃ洗いにくいだろうしな。

 それに、このあとは水着の下も俺が――って、想像はやめよう。

 風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かし、リビングでスマホを眺めながら紫香を待つことにした。

「ヒカ兄ー、上がったよー!」

「ああー!」

 風呂のほうから紫香の声がした。

 我が家には二階に空き部屋があり、客間ということにしている。

 女子なら風呂上がりはやることが山ほどあるだろう。

 紫香は二階に上がっていったようだ。

 それからしばらく経って――

「お待たせ、ヒカ兄♡」

「意外と早かったな」

「待ちきれなくて」

「…………」

 なにを?とは訊けない。

 正直、俺も紫香が戻ってくるのが楽しみで仕方なかった。

 紫香は、まだしっとりしている長い黒髪をそのまま背中に流している。

 服装は胸元が大きく開いたTシャツに、太ももがまぶしいショートパンツ。

 ゆるい服装だが、仕事終わりでわかふじに晩メシを食いに行くと、たまにこんな格好で現れる。

 そんなに驚きはない。

 二人きりでこの格好というのは、少しばかり刺激的だが。

「はー、いいお湯だったぁ」

「ああ、そうだ。紫香、ちょっと待っててくれ」

「んー?」

 俺は一度キッチンに行き、冷凍庫を開けて戻ってくる。

「ほら、紫香」

「わー、ハーケンデストルのアイスだー!」

「チョコクッキークリーム、好きだったよな」

 紫香に渡したのは、少しお高めのカップアイスだ。

 昔からこれが好きで、風呂上がりに食べるのがなによりも美味しいと言っていた。

「んー、美味しい。ヒカ兄に買ってもらったアイスは余計に美味しいね」

「誰が買っても同じだろ」

 俺は苦笑しつつ、自分の分のハーケンデストルのカップを開ける。

「ヒカ兄は抹茶チョコか。わたし、それも好きなんだよね」

「一口食うか?」

「あーん」

「……ほら」

 催促に気づいて、俺はスプーンで抹茶チョコをすくい、紫香の口元に運ぶ。

「はー、これも美味しい。もう一口ちょうだい」

「しょうがねぇな」

 さらに一口上げると、紫香は嬉しそうにぱくりと食べた。

「じゃ、お返しね。二口分♡」

 ちゅっちゅっ、と紫香が二度続けて唇を重ねてくる。

 そのキスは、抹茶チョコの味がした。

「このアイス、全部やったら何度キスしてもらえるんだろうな」

「このあと、いっぱいするのに?」

「……それもそうか」

 俺が答えると、紫香はもう一度キスしてきた。

 さらに、ぺろっと俺の唇を舐めるようにしてくる。

「ふふ、ヒカ兄の唇も抹茶チョコの味するね」

「まだ一口も食ってないのにな」

 そんな風にして、二人で美味しいカップアイスを食べてから。

「紫香、俺の部屋でいいか?」

「ん……いいよ」

 紫香はさすがに――顔を赤くして、こくんと頷いた。可愛すぎる。

 俺はソファから立ち上がり、紫香の手を取って立たせた。

 まだ少し濡れている長い黒髪をそっと撫で――

 紫香が寄り添うようにしてきて、俺はその腰に軽く触れてまたキスする。

 こんなキスなら、何度でもしたい。

 だが、いつまでもリビングでキスしていても仕方ない。

 俺たちは手を繋いで、リビングを出て廊下を歩き、階段を上がっていく。

「子供の頃、紫香が泊まりに来たときも、こうやって手を引いて客間に連れて行ってやったなあ」

「ヒカ兄も客間で一緒に寝てくれたよね」

「おまえ、一人にすると泣くからだよ」

「そ、そうだっけ?」

 徒歩三分のところに自宅があっても、ホームシックになるものらしい。

「紫香、泊まりに来てメシ食って風呂入るまでは機嫌いいんだが、寝るときになるとグズり始めるんだよな」

「グズるって……小さい子だったらしょうがないじゃん」

 ぶー、と紫香が不満そうに言う。

「今日はグズらないでくれると助かるな」

「でも、泣くかもしれないよ?」

「…………」

「イヤとか、怖いとかじゃなくて……でも、泣くかもしれない」

「ああ、そうかもな」

 女の子の心理は複雑なのだろう。

「泣いても止めないでね。今のうちに言っとくよ」

「こんな可愛い子がそばにいるのに、止めたくても止められないだろうな」

 階段を上がりきったところで、俺たちは再び抱き合い、キスする。

 キスばかりしてて、なかなか前に進めないな。

「はぁ……ヒカ兄、お部屋に行こ」

「そうだな……」

 二人で俺の部屋に入る。

 もちろん片づけはしてあるし、そもそも帰って寝るだけの部屋なので物は少ない。

 ベッドにローテーブル、学生の頃から使っているデスクがある程度の部屋だ。

「ヒカ兄の匂い、するねえ……」

「タバコもやらないし、そんな匂いはしないと思うがな」

 俺は紫香の腰を抱き寄せながら、くんくんと嗅いでみる。

「なんの匂いでもないよ。ヒカ兄の匂いなんだよ」

「そんなもんか……」

 ちゅ、ちゅっとまたキスをして。

 二人で並んで、ベッドに座る。

 大きくもないシングルベッドで、二人で寝転がるには狭いだろうか。

「髪、まだ濡れてるな……」

 俺は紫香の髪を撫でながら言う。

「だいぶ伸びてるからね。ドライヤーかけてもなかなか乾かなくて。わたしは短いほうが楽なんだけど、中学までは短かったから。どっちがいい?」

「長いのも短いのも可愛いからなあ。選びにくい」

「ヒカ兄好みに合わせるのに。ね、もっとちゅーしよ?」

「ああ……」

 俺は、紫香の小さな頭を掴み、また唇を重ねる。

 ほのかに甘くて柔らかい唇――何度味わっても最高だ。

 紫香は身体を寄せてきて、薄いTシャツの生地越しに胸の感触が伝わってくる。

「んっ……ヒカ兄っ♡」

「紫香……」

 俺たちは座ったまま抱き合い、何度も何度も唇を重ねていく。

 胸がさらに押しつけられて、もうその感触がたまらない。

「あ、しまった……失敗しちゃった……」

「え?」

「いつもお風呂上がりは、スポブラ着けてるんだよね。今日もつい、いつものクセで着けちゃった。下は可愛いのはいてるのに」

「はは、詰めが甘かったな」

 意外に、紫香もかなり緊張しているのかもしれない。

 しかし、下着事情まであっさり明かしてくるな……。

「もぉー、マジで失敗したと思ってんだからー」

「そんなに気にしなくても」

 ちらりと視線を下げると――

 俺は、ごくりと唾を呑み込む。

 大きく開いたTシャツの胸元から、くっきりした谷間が見えていた。

 柔らかそうな胸のふくらみが、紫香が腕を胸に当てているために押し上げられている。

 ギリギリでそのスポブラは見えていないが――

「じゃあ、紫香……そのスポブラ、見せてもらえるか?」

「グレーの……可愛くないヤツだよ?」

「紫香の下着なら、どんな形でも何色でも見たいに決まってるだろ」

「ん……いいよ、ヒカ兄。もっかいキスしてから見せてあげる」

「わかった」

 俺は紫香をまた抱き寄せ、キスして――舌を差し込む。

 紫香は少し驚きつつも、向こうからも舌を絡めてきた。

 よかった、邪魔は入らずにこのままいけそうだ。

 紫香の舌は、チョコクッキークリームと抹茶チョコの味がするような。

 それ以上に、なぜか蜜のように甘い味がするのは錯覚だろうか。

 八つ下の近所の子が――今は俺にこんな濃いキスも許してくれている。

 その事実が、俺にはあまりに甘すぎる。

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