雛祭さんは確かめたい 3

 ノートの中身を見せてもらうと、すっきりとした見やすい構成で、『異世界』に関することが書かれていた。

 それも、オリジナル設定の異世界のことだ。『マシュかわ』のことは書かれていない。おれがこれまで読んできた異世界転生ものも、異世界転移ものの設定も。


「これ、雛祭さんが考えたの?」

「はい、そのようです」


 読むと、ピッパム、ジャリバンゴなど雛祭さんがいっていた単語、それに食べ物をわける婚姻の儀式などが書かれている。

 やはり、あれはマシュかわの設定ではなく、雛祭さんのオリジナル設定だったらしい。


「これって、記憶をなくす前に書いたんだよな」

「そうみたいです」

「えー。記憶をなくす前の雛祭さんって、こんなこと書くような人だったか?」


 快人が届いたコーラをずずっと、すする。

 コーラが届いたと思ったら、続々とカフェオレ、ココア、ウインナーコーヒーも届きはじめた。

 一息つくように、おれもウインナーコーヒーに口をつける。


「あんたが知んないだけで、そうだったかもしれないでしょ」

「いやでも、雛祭さんってまじめキャラだったじゃん。このノート見ても、なんか信じられないっつうか」


 みくりと快人が、ノートをのぞきこみながら、同時にうなる。

 そりゃそうだ。おれもまじめな雛祭さんしか知らず、このノートを見せられたら、「嘘だろ」と一蹴するかもしれない。

 でも、記憶をなくした雛祭さんはまるで別人のようじゃないか。

 そして、記憶をなくす前に書いたという、このノート。

 記憶をなくす前の雛祭さんには、おれたちの知らない一面があったのかもしれない。


「まじめ〝キャラ〟なんだろ。そうじゃないキャラも、あったかもしれん」

「確かになあ」


 おれがいうと、快人がぽりぽりと頬をかいた。

 ノートは全ページに渡って、オリジナルの異世界設定が書かれており、雛祭さんはそうとうな異世界好きのように思えた。

 それも、おれや快人が読むような、よくある異世界設定じゃなくて、あくまで雛祭さんの好きなものだけを詰めこんだ異世界のようだ。

 既存のラノベではあまり見ないような設定が多い。


「雛祭さんって、そうとう異世界のことを想像するのがすきなんだあ」


 感心するようにぱらぱらとページをめくる、みくり。

 みくりは本をあまり読まないので、おれたち以上に興味深々のようだった。


「いえ、わたしは以前のわたしのことも知りませんから。異世界がすきだったのかどうかも、さだかじゃないです」

「でも、これとか面白いよ。夢のなかで逃げ足が速くなる呪文『ポピット』。んふふ」

「ああ、それですか」

「夢のなかで足が速くなっても、しょうがないじゃん。現実で早くなんないとさ。逆な発想みたいなとこが、おもしろいなあって」

「これ……本気で作ったんだと思います」


 真剣な面持ちでいう雛祭さんに、みくりは思わずぽかんとしていた。


「え?」

「わたし、本気で逃げたかったんだと思います。夢のなかのこわいものから」

「夢のなかの、こわいものって……?」


 雛祭さんは「うーん」と悩み、そして、こてんと首を傾げた。


「わかりません」

「それって、今は記憶がないから……だよね?」

「そうだと思います」

「記憶を思い出しちゃったら、こわいものも思い出しちゃうじゃん」


 みくりが、慌てたようにいう。

 そうだ、そうなんだ。

 雛祭さんは、何かを忘れたままでいるために、記憶を思い出さないようにしているんだ。

 だから、記憶なんてむりやり思い出さなくてもいいんだよ。


「でも、ここを見てください」


 雛祭さんがめくったページの真ん中に、見覚えのある単語が書いてあった。


『メモ ほしるべ洞窟』


 これは、封筒に書いてあった単語だ。

 なぜ、雛祭さんのノートに書かれているんだ……?


「この洞窟のことについて、知りたいんです。たぶんここに行けば、何かわかると思うんです」

「そうだね。でもこの町に洞窟なんかあったかな」


 おれがいうと、快人がスマホをタップしはじめる。

 テーブルに置かれたスマホの検索ボックスには「近くの洞窟」と入力されている。


「うーん、ないなあ。一番近くで三十二キロだってよ。県一個またいじゃうぞ」

「そんな遠くまで、確証もないのに行くわけにはいかないでしょー」


 快人とみくりが、さわいでいるなか、おれはお小遣いを気にしていた。

 三十二キロなんて、早起きして電車に乗れば、行けない距離じゃない。

 新幹線にお金は出せずとも、おれには電車がある。あせらずのんびり行けばいいのだ。


「今確実にいえることはさ、雛祭さんのノートのなかにヒントがあるってことだ」


 おれがそういうと、みくりと快人がうなずいた。

 雛祭さんは不安そうにしながらも、ノートの表紙をさらりとなでている。

 ほしるべ洞窟か。

 洞窟をいくつか調べて、数件アタリをつけておくのもいいかも知れない。

 帰ってから、もう少し検索してみるか。

 ウインナーコーヒーを飲みながら、今後のことを考えていた。


 それからは、みくりのバイトの店長の愚痴や、快人の彼女ができないという嘆きにつきあわされた。

 一時間くらいたったあと、みくりはバイト、快人は推しの配信があるからと、ドリンク代だけ置いて、先に出て行った。

 そう。雛祭さんとふたりっきりになったしまったのだ。

 一気に緊張してきて、今さら「今日の服装は大丈夫なのか」という焦りが出てくる。

 ひとりでテンパっていると、雛祭さんがココアを飲みながら、「ふふ」と笑った。


「どうしたんですか。変な顔をしてますけど。変顔ってやつですか?」

「あ、や、別に……」


 変顔をしていると勘違いされるとか、サイアクだ。

 雛祭さんに見てほしくて、普段しないような恰好をしてきたのに。

 やっぱり、おれなんかがオシャレしたって、ムダなんだ。おれみたいなオタクがオシャレしたところで、オシャレに見えるワケないんだよな。

 ひとり、どよーんと落ちこんでいると、雛祭さんがぽつりといった。


「星が降る夜、明後日ですね」

「え?」

「……オリオン座流星群ですよ。教えてくれましたよね」

「う、うん」

「しかも、明日から修学旅行ですよ! わたし、とっても楽しみです」

「……修学旅行?」

「え? ……はい」

「うおおおお、めっちゃ忘れてた! 全然、用意してない!」

「ええ! それは、大変です。早く、用意しないと」

「う、うん。ごめん、おれ帰るよ。雛祭さんは? いっしょに出る?」

「……はい。とちゅうまで、いっしょに帰りたいです」


 ドクン、と心臓が跳ねあがった。

 なんだよ、それ。「いっしょに帰ろう」じゃなくて「いっしょに帰りたい」って、なんなんだよ。

 おれと、いっしょに帰りたいと思ってくれてるなんて、嬉しくなってしまうだろ。

 会計をして、店を出ると、とちゅうまでの道をいっしょに歩く。


「鯉幟くん。今日は、ありがとうございました」

「いや、そんな。おれなんて……いや、おれは、何も」

「ふふ」


 あやうく「おれなんて」といいかけ、訂正する。

 雛祭さんに笑われてしまったが、またあんなケンカをするよりかは全然マシだった。


「明日からの修学旅行、楽しみだね」

「はい。わたし、明後日の夜は、ぜったい夜更かししてしまいそうです」

「……エーデルリリィに、帰れるかもしれないんだもんね」

「帰れるでしょうか」

「え?」

「あのノートは何なんでしょう。とっても気になるんです。わたしのなくした記憶と何か関係があると思うんです……」

「雛祭さん……」

「だから本当は……今日の夜、鯉幟くんの予定が会えば、『星降る夜の予行練習』に付きあってもらいたかったんです」

「へっ?」

「でも、明日の修学旅行のためにも、しっかり準備しなくちゃですよね」

「いや、おれは……」

「あっ、わたし、こっちなので……それじゃあ、鯉幟くん! また明日!」


 にっこりと手を振って、去っていく雛祭さん。

 おれは、自分の行いを思い返し、愕然とする。

 おれが、しっかりと修学旅行の準備をしなかったばっかりに……雛祭さんとの夜景デートが、消え去ってしまった。

 おれはなんて、ばかなんだあああ!

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