4日目 土曜日

雛祭さんは肝を試したい 1

 土曜日の夜八時、セブンイレ〇ン前に待ち合わせ———なんていわれた日には、はっちゃけた若者がストゼロとな〇チキ、あるいはからあげ棒を買って帰るのを何回も目にすることになる。コンビニホットスナックの誘惑に、何回耐えればいいんだ、おれは。

 約束の八時まで、あと五分もある。待ち合わせ十五分前には、コンビニ前に待機していたおれは、来てそうそう、あっさりと欲望に負け、肉まんを買った。そして、すでに食い終わっている。これ以上、散財するわけにはいかないんだよ。


「おー、大知。早いな」


 快人が、へらへらしながら、手をあげてやってくる。

 こいつと遊んだのは、共通して読んでいたラノベが映画化することとなり、いっしょに観に行った一回ていどだ。たしか、今年の八月くらいだったか。だから、普段着の快人を見るのは、久しぶりだ。

 だが黒のブルゾンに、白のスウェット、ワイドデニムに白スニーカーといういでたちは、平常時よりもモテを意識したコーディネートだということが、丸わかりだった。

 おれなんて、黒ジャケットに黒シャツに、黒デニム、黒スニーカーだ。全身黒のオタクくん丸出しスタイル。黒以外の服など持っていない。そもそも黒以外の服を着るなんて、恥ずかしくてむりだ。


「大知、おまたせ~! おお、海野も来てんじゃん」


 コンビニの明かりに照らされながら、みくりが大手を振ってやってきた。隣には、雛祭さんもいる。どこかで待ち合わせをして、いっしょに来たのだろうか。

 みくりは、オーバーサイズの白フーディに、デニムのショートパンツ。厚底の黒スニーカーという、おれからしたらなんだか寒そうなかっこうだ。足、寒くないのか。

 雛祭さんは、チェックのワンピースに、ベージュのカーディガン、黒のブーツ。以前に見た私服とはまた雰囲気が変わって、違う印象に見える。不思議だ。


「おい、天野川ー。おれはついでかよ」

「え? なにが?」

「大知にだけ、おまたせっていってんじゃん。おれには、ナシかって聞いてんの」

「は? ちっさ。そんなこと気にすんなよ」


 会ってそうそう、みくりと海野がいざこざをはじめた。まだ、肝試しすらはじまってないのに、なんでもう険悪ムードなんだよ。

 

「鯉幟くん。あの、昨日は」


 雛祭さんが、おれの隣にそっと立った。今日は学校がなかったから、会うのは昨日ぶりだ。あれから、ラインもしなかったので、昨日から話していない。

 うつむいている雛祭さんは、気まずそうにして、次にいうセリフを探しているように見えた。


「もう昨日の話は……終わりにしよう。今日は、今日のことを楽しもう」

「そう、ですね」


 ようやく顔をあげた雛祭さんは、照れくさそうに笑っていた。おれも笑い返そうかと思っているところへ、みくりがあいだにわって入ってきた。


「ふたりとも、何話してんの? ほら、行くよー」

「マジか。せっかくコンビニに集合したんだぞ。何か、買っていかなくていいのか」

「海野さあ、お腹でも空いたわけ?」

「ちげーよ。肝試しの準備だよ。食料とか、いらないのか」

「いやいや、無人島にでも行くつもり? まあ、いいよ。あたしもカフェオレ飲みたい気分だったし。大知と雛祭さんは……いい? じゃあ海野、さっさと買いに行こ」


 みくりと快人が、そろってコンビニに入って行くのを見送る。

 快人のやつ、あきらかにビビってたよな。仕方ないか、こんな夜にまじのホラースポットに行くんだもんな。むりもない。

 さすがの雛祭さんは、動じていないようだ。

 そして。おれはというと、実はけっこう怖がっている。

 ホラー小説を読んでいる雛祭さんを見て、すごいなと尊敬するくらいには、ホラーが苦手だ。YouTubeで聴いた、初代ポケ〇ンのシオ〇タウンのBGMで、ビクッと肩を震わせるくらいには、ビビりなのだ。あの曲、なんかわからないけど、ぞっとしてしまうんだよな。

 だから本当は、肝試しなんて行きたくない。

 昨日の雛祭さんとのケンカがなければ、来たくなかったまである。

 だが、行くといってしまった以上は、男として、なんとしても最後までかっこつけさせてもらう。

 ぜったいにビビらない。悲鳴なんてあげない。その場から逃げない。何が何でも、女子を置き去りにして逃げるようなマネだけは、しない。さっき食べた肉まんに誓う。


「戻ったよー。みんな、準備はいい?」

「うーっ。いよいよかあ。大知、大丈夫か。チビんなよ」

「あほか。……雛祭さん。怖かったら、むりしないでね」

「はい。大丈夫です。わたし、こういうのちょっとすきなので」


 横断歩道を四人、早足で渡り、次の信号を待つ。目的の潰れた喫茶店は、もう目の前だ。


「怖いの、すきなんだ?」

「はい。だって、これって肝を試す修業なんですよね。達成できたら、何かしらの段位がもらえるんですか?」

「あー。段位はもらえないよ」

「じゃあ、単純に修業に行くわけですね。皆さん」

「うん。シンプルに、享楽主義的な趣向で行っている道楽イベントだよ」

「なるほど……」


 むむ、と考えこむ雛祭さん。おれたちの会話が聞こえていたらしい、みくりと快人が、じり……と、おれに近づいてきた。

 

「ねえ、もしかして雛祭さん、がっかりしたんじゃない?」

「え? なんでだよ」

「だって、これを精神の修行だと思ってきたってことじゃん。今の会話!」

「いや、おれの説明で納得してくれたと思うが」

「お前の説明で納得するわけないだろ! なんだよ『享楽主義的な趣向で行っている道楽イベント』って。肝試し、ばかにしてんのか!」

「ばかにはしてないが、肝試しってそういうもんだろ」

「完全に見くびってるだろ! ホラースポットの恐怖を!」


 話しているあいだに、ホラースポット・喫茶『のーぶる』の前に着いてしまった。快人が青い顔で外観を見あげている。そんなに怖いんなら、何で来たんだよ。まあ、おれも他人のことを強くいえない。心臓が水揚げされた魚くらい、暴れ回っているからな。

 もともとの全時代的な見た目の外観は、人の手が入らなくなったことで、ますます廃墟感が増している。食材の空きダンボールや瓶用のコンテナががそこらじゅうに転がり、窓からはやぶれたカーテンがのぞいている。


「うわあ、雰囲気あるう。でも、何でいきなりホラースポット扱いされ出したんだろ? ここが潰れたのって、いつだっけ?」


 みくりの疑問に、スマホで店を撮影していた快人が、ついでに調べ出した。


「んー、二年くらい前っぽいな」

「うそ。最近潰れて、もうこんな廃れっぷり?」

「人の手が入らないと、建物は一気に朽ちていくらしいからな」


 いつかの本で読んだ一文を引用していうと、みくりが「ほえー」と気のない返事をよこした。

 その時、雛祭さんが「あっ」と店の駐車場を指さした。コンクリートがぼろぼろになっている駐車場の奥のほうは、とっぷりと闇のなかに消えている。そのなかから一匹の黒猫が、「みゃー」とすがたを現した。


「黒猫は、闇の使い魔です! この先に何かがあるんですよ。みなさん、行ってみましょう!」


 おれが止める間もなく、雛祭さんはまっ先に走りだし、あっというまに闇のなかへと消えていってしまった。


「待って、雛祭さん! ひとりじゃ、あぶないよ!」


 みくりまでもが、雛祭さんを追いかけて、駐車場の闇のなかへと走って行く。

 おれと快人は、冷や汗だらだらで、顔を見あわせた。


「うそだろ……おれまだ、心の準備できてないんだけどお!」

「あきらめろ、行くぞ。女子が先陣切って入って行ったのを、呆然と見ているだけの男なんて、誹謗中傷で炎上するぞ」

「お前……例えがインターネットすぎるって……」


 呆れる快人を引っぱりながら、おれはいわくつきの駐車場へと足を踏み入れた。

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