第5話

 金曜夜。つまりは水瀬に脅されて間もない当日の夜。

『住所を教えなさい』

 登録させられた連絡先から、個人情報を強請られていた。指示の意図は相変わらず抜けているが、すぐに明かしてしまう。脅されている身として、余計な抵抗はしない。

『明日十三時、家まで迎えに行くから準備しておいて。転んでも痛くない服装で』

「……どんな服装だよ。というかなにをさせられるんだよ」

 幸い、明日は姉さんも家にいない。万が一上がり込まれたとしても、問題は無いか。

「まあ、とりあえず掃除くらいはしておくか」

 死んだ妹を探す、なんて妙なことに巻き込まれた。それも、あの水瀬によって。

 突然舞い込んできた非日常に、年頃の男子としては高揚を感じていないわけではない。もっとも、そこには脅されている事実への反感もトッピングされている。

 加えて、五年前に失踪した妹捜しときている。心の置き場をどうすべきか、正直、掴みかねていた。

 俺がどう思おうとも、時間はやってくる。

 準備をして、そして翌日。

 言われるがまま待つ俺の前に、水瀬は現れた。赤色の、ゴツくてデカいバイクを携えて。

 アパートの前で待つ俺は、ヘルメットを外すまで水瀬本人だと気づくことができなかった。バイクと水瀬が、俺の中で結びつかなかったからだ。

 そもそも、クラスであんなにも高嶺の花扱いされているような人間が、厳ついバイクを乗りこなすなんて事前情報なしではまずわからないだろう。

 困惑する俺に、水瀬は当たり前のように、二つ目のヘルメットを俺へと差し出してくる。

「ほら、付けてさっさと乗りなさい。行くわよ」

「いや待って。ちょっと待ってくれ……それで探しに行くのか? というか、水瀬って……バイクとか乗る方なんだな……!?」

「それ以外にどう見えるのよ」

 さも当然のように水瀬は話す。しっかりとした服装を、と要求してきたことも、バイクに乗るためと考えれば合点はいく。それ自体は問題もない。

 これから俺が乗ることを考えなければ、何一つ問題もないのだ。

「いや俺、バイクに乗るのは初めてなんだけど……」

「奇遇ね、私も免許を取ってから後ろに誰かを乗せるのはほとんど初めてよ」

「……冗談でなく?」

「事実よ」

 最悪な情報が次から次へと流れてくる。

「できるだけ安全運転を心掛けるから……大丈夫よ。それとも、鳩羽くんは怖いのかしら。それだったら、無理にとは言わないけれど……」

 怖いのか。まるで試すようなことを言われてしまう。

 そう聞かれたら正直なところ、

「ごめん、超怖い」

 ただ、俺に拒否権はないだけで。なにせ脅されている身の上なのだ。それでも、少しくらいの譲歩を引き出せないか試みる。

「いや、わかった。バイクに乗るのは、いい……ただ、その前にネットで調べさせてくれないか……? どう乗ればいいのか、皆目見当もつかない」

「そのくらい、別に構わないけど……」

「悪い、助かる」

 いきなりバイクを乗せようとする非常識な人間ではあるが、嫌がる人間を無理強いするほど非常識な人間ではないことに心から感謝してしまう。

 スマホで急いで検索をかける。文明の利器様々だ、すぐに乗り方について書かれた記事が見つかる。

 しかし、文章で見てもいまいちわからない。そもそもバイクの構造も名前もほとんど知らないのだ。

「……別に、ロープで縛って引きずり回すわけじゃないんだから、ゆっくり調べていいわよ」

「そう言ってくれると本当に助かる。マジで」

「……そんなに怯えられるのも、心外なんだけど。鳩羽君は、私をなんだと思ってるのかしら」

 昨日今日で、水瀬への認識は崩れ続けている。適切な回答が思いつかなかったので、返事はせずに、調べることに集中しているフリをして誤魔化した。

 数分調べてみたところ、法律的にはヘルメットさえつけていれば問題ないらしい。他にもプロテクターだのなんだのと、人によっては装備するのが定石だそうだ。俺が持っている上着や手袋は、冬用の防寒具程度。防具という面では、いささか頼りない。

 加えて、いきなりこの辺の道を走るのは、素人の見立てでも危ない気がする。海沿いというのもあって、曲がりくねった道も多い。スピードが出なくても、転倒する可能性もあるのではないか。

 というようなことを必死に水瀬に進言したところ、

「なら今日は、買い物に行きましょうか」

 そういうことになった。




 七年ほど前にできた、一際大きなホームセンターがある。空いた土地にものをいわせて、校庭みたいな広さの駐車場付き。おまけにフードコートだって併設されている。

 引っ越す前、つまりは小学生の頃は、そこで過ごすこともあった。引っ越してからは用事もないので、向かう機会もない。

 そんな場所に自転車を漕いで向かう。スマホには、水瀬が店の中で待っているという連絡。中に入れば、涼しい顔で迎えてくれる。

「待ちくたびれた。やっぱり、一緒に乗っていけば良かったのに」

「いや、それで事故ったら意味ないだろ」

 とまあ水瀬と共にホームセンターに来たわけだが、久々に来る場所に、俺は周囲を見回してしまう。ホームセンターへの用事も、そうあるわけでもない。最後に来たのは中学だから、懐かしさに加えて配置が記憶と異なる新鮮さもある。

 だが、それ以上に他のクラスメイトがいたりしないか俺は警戒していた。仮に水瀬と二人でいるところを見られたら、どう思われるか。恥ずかしいだのなんだのではなく、単純に厄介事が目に見えていた。

 平穏第一。自衛のためだ。既に面倒事に巻き込まれているのは、ともかくとする。

「どうしたの、お上りさんみたいに見回して。こっちよ」

 水瀬は怪訝な顔で俺を振り返り、再び前を向いては前進していく。

 バイクの関連用品で棚三つを占領している場所を前にする。俺はといえば、初めて見るものに対して、結構あるな、と圧倒されているのだが、

「……意外と少ないわね」

 と水瀬は不満げの様子。

「……まあ、そりゃ東京とかと比べたら、そうなんだろうな……」

 田舎民の僻みで、ついぼやいてしまう。水瀬は不思議そうな顔で、俺の事を見てくる。

「私、そっちの方にいたって話した?」

「……いや、人づてに聞いただけだけど……なんか、悪い」

「別にいいわよ。気になっただけ」

 水瀬はなんでもないように言う。

 一方的に知っていることに、後ろめたさがある。あるいは、この際だからと聞いてしまえばいいのだろうか。そんな勇気の持ち合わせなんてない俺は、逃避のように陳列してある道具を見て、

「うわっ……高っ」

 値段に声を上げてしまう。上半身を守るプロテクターでさえ、一万を越えている。もう少し安いと勘違いしていた。

 持って来た金では足りないな、と冷や汗をかいていると、

「私が鳩羽くんに頼んでるのだから、私が払うわよ」

「いや、それは……なんというか……」

 確かに脅されている身だ。だからといって、高校生にとっても安い値段ではない。それでも水瀬は、変わらない調子で話す。

「気にするくらいなら、働きで返して。これは……必要経費とでも思うことにするから」

 水瀬の言葉に、俺はようやくここに来て、水瀬は本当に妹を探す気なのだという実感が足下まで伸びてきた。

 ただ、働きで返すというのが今回の場合は一番難しいとも思う。なにせ俺達がやろうとしているのは、雲を掴んだり、虹の根元を掘り当てるようなことだろう。

「そういや、探す場所に宛てでもあるのか?」

「そんなものないわよ」

「ないのかよ」

「だから手当たり次第にこのあたりの海の近くを見て回るつもり」

 目的はほとんど達成不可能。制限時間は水瀬が諦めるまで。

 気の長い話になりそうだ。




 最終的に買ったものは、プロテクターつきのジャケットに、グローブと足用のプロテクターの計三点。代金は宣言通りに水瀬持ち。

 人に、それも女子に買わせてしまったという事実は覆しようもない。少しは悪い気にもなる。だから、少しは助けになればと思い提案する。

「せっかくだし、この辺の海岸に寄ってから帰るか? ここからなら、直ぐに着く場所があるぞ」

 既に十六時。日が沈む早さも随分と早くなってきているが、それでも軽く見て回るくらいはできるだろう。

 せっかくここまで来たのだから、という勿体ない精神も多分にあっての提案だったのだが、

「……今日はいい。また、明日にしましょう」

 どこか疲れた様子で、水瀬は返す。当人がそういうのであれば、俺はなにも言うことはない。その場で解散の運びになった。

 帰り道、一人で自転車を漕ぎながら、俺はようやく気づいた。

「……明日もまた会うのか」

 漏れ出た言葉は、不安か、それとも未知への期待によるものか。自分でも、判断はつかない。

 とりあえず、二人乗り向けの動画でも見て準備しておこうと心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る