第3話
同じクラスメイト、という枠組みにある。だから当然、いくら孤高の水瀬といえども最低限の交流は避けられない。逆に言えば、水瀬が自分から積極的に人に話してくる姿はほとんど見ていない。
クラスの人間が消極的無関心なら、積極的無関心。
初めは話しかける人もいる。水瀬は美人だ。その程度、と言ってしまえるほど矮小な付加価値ではない。光に向かう虫の如く、近づいてくる者も現れる。自分にとって有益な人間か有害な人間を見極めるために近づく者もいる。そんな人間に対して、そっけない返事を返し続ければ、自然と孤立していく。
物珍しさに話しかける距離感から、やがてはそういうやつであるという認識に変わる。
良く言えば腫れ物、悪く言えばマスコット。遠くで見ている分には有害ではない存在。やがて水瀬はそういう立ち位置に落ち着く。
水瀬も、理解しているだろう。
水瀬は、気にもしていない。
背筋を伸ばし、本を読む、あるいは窓の向こうを眺める。凜とした姿には、まるで彼女以外が異物のように見えることもある。そこまでいけるのなら、それは孤立ではなく孤高だ。
一人でいることを気にした風もない、孤高の人。というのが、水瀬への印象だった。
だから、水瀬のことを知っていた人間がいれば驚いたに違いない。
実際に、誰かが近くにいたのかは分からない。俺は俺で、突然水瀬に話しかけられたことに、ひどく驚いていた。周りを気にしている余裕なんて欠片もなかったから、誰に見られたなんて意識を向ける余地もない。
驚きに無言で固まる俺に、水瀬は頭の中でどう好意的解釈に変換したのか、「じゃあ、着いて来て」と声をかけてくる。そして当たり前のように歩を進めていく。
有無を言わさない勢いに、俺は無防備にも着いていってしまった。
向かったのは学校からすぐの、国道沿いのファミレスだった。学校に近い立地もあって、時間によっては生徒でほとんどの席が埋まってしまう日もある。夕食時、たまに使うから知っていた。
まだ授業を終えてすぐの時間。席には空白が目立っていた。水瀬と一緒にいるところをあまり見られずに済むのは助かる。
テーブルを挟んで向かいに座る水瀬を見る。
美人は黙っていると怖い、とはいうが、水瀬もその例に漏れない。あるいはここに来るまで一言も説明はなかったから、という可能性もある。要件も話されていなければ、こうして呼び出される心当たりもない。
「そういえば」
ようやく口を開いた水瀬の第一声に、どきりとする。果たしてかけられた言葉は、
「あなた、名前、なんていうの?」
拍子抜けにもほどがあった。なんと名前さえ知らずに呼び出されたらしい。いよいよろくでもない要件で呼び出された気がする。こうなると、肩肘を張ってしまっているのが馬鹿らしくなってくる。
「鳩羽アキノ、だけど」
「そう。鳩羽くんね。鳩羽くんは、何か頼まないの?」
「ドリンクバーだけ、とりあえず」
「奇遇ね。私も同じ。ついでに、私の分も取ってきてもらっていい? ジンジャエールで」
「……いいけど」
水瀬は歯切れの悪い俺に構わず、淡々と注文する。俺は席を立ち、ドリンクバーへと向かう。なんだか完全に主導権を握られていた。
ジュースを入れている間に、考える。名前を知られていないのに、なんで呼ばれたのか。
心当たりなんてない。俺とクラスに纏わることといえば……聖についてくらい、だろうか。聖との恋愛事の仲介かもしれない。
「いや、まあ、ないか」
そういった話をする雰囲気にも見えなかった。どうでもいい仮定は置いていこう。
大事なのはこのあとだ。余計なことに関わらずに済むには、今が最後の機会だ。
俺にプラスになる用事ではないことは、まず間違いない。水瀬も、教室では声をかけてこなかった。わざわざ隠れてすることは、ろくな要件でもなさそうだ。
日常のサイクルは、既にかき乱されている。でも、いまならきっと戻れる。
ただ、それを引き留めるものと言えば、先日の姉の言葉だ。
友達でもつくりなさいよ、そういう言葉。なんでもない言葉だ。
別に友人が欲しいわけではない。ただ、自分がこのままでいいと思っている訳でもない。ただ、いくら望んでも、劇的な変化の機会が訪れることはない。
結局、自分のオレンジジュースを入れて、それから水瀬のジンジャエールを入れた。
こうして俺は逃げる機会を失った。俺が中途半端な人間だからだ。
戻った時にも、水瀬は涼しげな顔で待っていた。彼女の正面に、ジンジャエールを置く。
「ありがと」
「どう、いたしまして」
水瀬は当たり前のように礼を述べて、ジンジャエールを無警戒に口に含む。夏休み明けとはいえ、九月も頭だ。まだ暑い。俺もコップを傾けて、口を潤す。口の中に、薄い味と酸味が広がり落ちていく。
「ちょっと、見て欲しいものがあるの」
俺が飲み終えたのを見計らい、水瀬は一言前置きしてから、スマホの画面を向けてきた。淡々と、自分の要件だけ進めていく。未だ呼びつけられた理由は語られない。当然疑問に思っているが、それを問うのは見てからでいいかと、視線を画面に向ける。
画面には、動画が流れていた。白いタイルだ。画面が移動し、それから上に動く。映るのは商品棚。直ぐ側にレジのカウンターが見える。
つまりは、どこにでもあるような、コンビニの中を映した映像だ。
水瀬の顔を伺う。じっと、様子を覗くみたいに、俺に視線が向いていた。その視線が、咎められているようにも感じて、映像に再び視線を向ける。
画面は移動していく。映ったのは一人の男だ。
その姿には見覚えがある。
映っているのは、俺だった。
画面の中の俺は、カップ麺と野菜ジュースを持ってレジの列に並ぶ。待機列は、菓子売り場の横が分岐点だった。
俺は視線もよこさずに、棚からチョコレートを手に取った。
ポケットに忍ばせた。
レジに向かい、手元のカップラーメンと野菜ジュースを購入し、コンビニを出た。
動画は、そこで終わった。
「ねえ、これ、鳩羽くんだよね?」
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