水死体とドーナツ
大宮コウ
プロローグ
十六年も生きていれば、日常的な行為は自動で出来てしまう。
自分の意思を逐一介する必要もない。必要なのは慣れと反射。出来るという過信と、失敗したときに向けてのほんと少しの諦め。それさえあればできてしまえる。
例えば、スマホのながら歩き。前を見ずに歩くことは過信で、ぶつかったとしてもそれは運が悪いだけ。想定外だが仕方のないことと切り捨てられる。
俺がやらかしたことも、たぶん、そういう類いのものだった。
夏休みも終わりの間近、俺はコンビニに入った。いつものように、夕食を買いに来ていた。
買っていくのはいつもの醤油味のカップ麺と、それからいつもの野菜ジュース。一つずつ手に取ってレジに並ぶ。いつものように現金で支払い、いつものようにレシートは受け取らない。
変わらないルーチンワークだ。
だから気づかなかった。
家に帰ったあと、上着のポケットの膨らみに気づいた。その日は風があって涼しい夜だった。だから羽織っていた。
上着のポケットには、チョコレート菓子が一つあった。ポケットに収まりの良いそれが、知らずのうちに潜り込んでいた。
万引き。何のことはない三文字が、頭の中に浮かんだ。犯人は勿論、俺になる。
当然、慌てもした。身に覚えのないことだ。窃盗なんて、いままでしたこともない。他の犯罪だってそうだ。
今すぐ戻しにいくことも、なんとなく憚られる。自分が本当に万引きしてしまったのかさえ、わからない。レシートを見ようにも、貰っていないから確認のしようがない。
悩んだ末に、昔買ったものを放置してしまっていたことにした。買った覚えなんてない。けれど、忘れているだけかもしれない。
盗んでいたらいたで、諦めよう。
布団の中で、夢の世界へと逃げる。
大抵のことは、時間が解決してくれる。
悩んでも仕方のないことは、考える必要もない。
短い動画を連続して垂れ流して無為に時間を過ごすように、身に起きていることに向き合わず、漫然と日常を流していた俺は気づけない。
俺のことを見ていた女がいたなんて、知るはずもない。
夏休みが明けて、一週間も経った頃の話。
「ねえ、これ、鳩羽くんだよね」
放課後のファミレス、机を挟んで向かいに座るクラスメイトが言ってきた。
俺はクラスメイトに銃口を向けられていた。
現実には、スマートフォンの画面を向けられているだけでしかない。しかし画面に映るものは紛れもなく、俺にとっての銀の弾丸。
ヒビが入った液晶には、俺の背中が映っていた。コンビニで買い物をしている姿だ。カップ麺に野菜ジュース。見慣れたそれを左手に抱えてレジに並んでいる。列はお菓子売り場の間にあった。俺は右手でチョコレートを取り、ポケットの中に入れる。
動画はレジに向かってからの一部始終まで映っていた。その間、俺は身に覚えのない存在をレジに通したりしていない。するはずもない。
弁解のしようもない、動かぬ証拠。記憶にないなんて免罪符にもならない。
「私ね、鳩羽くんに捜し物の手伝いをして欲しいの」
そいつは何気ないことのように言った。
「俺は、何を見つけたらいいんだ?」
俺の問いに、そいつはこう返す。
「五年前に消えた、私の妹」
これが始まり。
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