暇:想像日常劇場

橙 天竺(トウ テンジク)

おじいちゃん

私のおじいちゃんは、それはそれは立派にボケている。それが全て演技だ…なんて事なら、演芸業界から引っ張りだこになるぐらいにはボケている。


私のおじいちゃんは、日課にしているのかと錯覚してしまうほどに、深夜徘徊をする。

でも、私も家族も近所の人たちも、特に心配をするような素振りは見せない。

その理由は簡単、100%連れ戻せるから。



私のおじいちゃんは、深夜徘徊をする際に、何故か必ずチューバを抱えていく。運命の赤い糸にしては結ぶのに苦労しただろうな。


私のおじいちゃんは、チューバを吹きながら徘徊する。ブオォーーという音を鳴らしながら歩くその姿は、さながらマーチングバンドのよう。というかマーチングバンドそのもの。


家には『チューバ吹きのおじいさんはウチのおじいさんです。090…』という張り紙がしてある。だから必ず近所の人から連絡があるのだ。

『あなたの家のおじいさんがどこそこでチューバ吹いてる』…って。そこに行って連れ戻して終わり。



でも、連絡がない日があった。おじいちゃんは部屋にいるから徘徊をしなかったのだろうか。

念のために近所のおば様に聞くと、『いつもの音色じゃなかったのよ~~~』と言った。

さすがに毒されすぎている。たとえモヒカンが超メジャーな髪型とされているような国であったとしても、深夜に楽器の音がしたら不審がってほしい。



そこからは、たまに別の楽器を持っていくことも増えた。ユーフォニアムやホルン、トランペットやトロンボーンを持って徘徊することも。


とりあえず思ったこと。

なんでそんなに様々な金管楽器が家にあるんだ。特に演奏者として名を馳せたとか聞いてないんだけど。しがないサラリーマンだったらしいんだけど。


でもいいか。悪いことじゃないし。いつか私も吹けるようになって、おじいちゃんと一緒にマーチングバンドしたいな。幸い歩けるぐらいには元気なんだし。



なんてことを書いてたら電話が鳴ったから、とりあえず一旦おじいちゃんを連れ戻すことにしようかな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る