第15話 理想のタイプを聞きたい、彼女さん
「久しぶりの三月君の家~!」
「えっと、いらっしゃい」
七瀬さんの襲来があった翌週。今週は水瀬さんの家ではなく、俺の家に水瀬さんが来ていた。
どうしてこうなったかというと、先日こんなやり取りがあったからだ。
『ねね、今週は集まるの三月君の家にしない?』
電話で水瀬さんの家事の進捗や失敗談などを一通り聞いた後、水瀬はそんなことを口にした。
『俺の家? 別に平気だけど、なんで?』
『前みたいに急に愛実が来るかもしれないでしょ? そうなると、三月君をまたクローゼットの中で待たせることになっちゃうじゃない?』
『あー、なるほどな。確かにそうなる可能性もあるか』
先週、何の前触れもなく水瀬の家を訪れた七瀬。俺は咄嗟に隠れるため、水瀬の寝室にあるクローゼットの中に隠れたんだった。
『まぁ、前みたいに一時間くらいなら問題ないけどな』
『ふーん。三月君は人の洗濯物を見るのが趣味なんだ』
『それだと俺ただの変態じゃんか。偶然だ偶然。それに、クローゼットの中に適当に放り込んだ水瀬だって悪いだろ』
そして俺はそのクローゼットの中で、水瀬の下着とご対面したのだ。長時間、水瀬の服の香りに囲まれながら。
以前水瀬の洗濯物を見てしまった経験から、水瀬の持っている下着を数種類把握してしまったことになる。
つまり、学校にいる水瀬や今電話をしている水瀬が付けている下着も、もしかしたら俺が知っている物かもしれなくてーー。
『三月君? 変な妄想してないよね?』
『しし、してないよっ!』
『……三月君のえっち』
『全部思春期が悪いんだ』
『ほ、本当に想像したんだ。~~っ。と、とにかくっ! 前回みたいなことにならないように、今週は三月君の家がいいの!! それでいい?』
そんなふうに聞かれて、断ることができるわけができなかった。
それでも水瀬の家がいいとか言ったら、いよいよただの変態である。変態は変態でも、紳士でありたい俺は水瀬からの提案を受け入れて、今に至った。
今日の水瀬の服装は、白いふんわりとした七分袖のブラウスに、淡い水色のロングスカート。くるぶしソックスよりも少し長めの白ソックスといったシンプルな服装だった。
しかし、シンプルがゆえに水瀬本来の可愛らしさを引き立て、二次絵に描かれたような佇まいをしていた。
そして何より、俺が水瀬の家で手伝った服仕分けの際に、俺が可愛いといった服装でもあった。
学校で一番可愛い女の子が、自分が可愛いと言った服を着てくれているのだから、平常心を保てなくなるというものだろう。
序盤から調子を狂わされそうになる。
俺は少しゆっくりアイスコーヒーを用意すると、リビングで待つ水瀬の正面に座った。
「今日は何を覚えて帰ってもらうか。今食材はないから、とりあえずスーパーに行きますか」
とりあえず、コーヒーを飲んで一服したらでいいだろう。
最近、気温も少しだけ暑くなってきた。アイスコーヒーでも飲んで少し休んでもらってから、買い物に出ることにしよう。
「今日料理するの?」
「え、しないのか?」
可愛らしくきょとんと首を傾げる水瀬は、そんな俺の考えなど一切考えていなかったかのように、不思議そうな顔をしていた。
「今日はゆっくりしようよー。毎日家事をする水瀬さんは、少しお疲れなのです」
「そんな主婦みたいなこと言われても」
へたっとわざとらしく肩を落とす水瀬の様子にツッコミを入れると、水瀬は少し不満げな視線をこちらに向けてきた。
「なによー。私と普通のお話しするのは嫌なの?」
「いや、嫌って訳じゃないけど」
「けど?」
「……嫌じゃない」
「じーー」
「あー、もう。話したいです、俺も水瀬さんと普通のお話がしたいです!」
「えへへっ、素直でよろしい」
水瀬はこちらが折れた様子を見て、心から嬉しそうな笑みを浮かべた。なんだか手玉に取られているようなのが癪だが、どうしようもない。
俺はアイスコーヒーを飲んで一呼吸間を取ることにした。その最中にも、にやにやとこちらを見て笑う水瀬が視界に入っていた。
……ちくしょうめ。
「そういえば、水瀬の家に俺がいたことは七瀬さんにバレたりしてないよな?」
俺は話の方向を変えるべく、共通の話題に逃げることにした。
「愛実? バレてないとは思うけど」
「何か詮索されたりしなかったか? 遠回しに誰かに家事をやってもらってないかとか」
「うーん。特にはないかな。料理とか食べ物の話題になると、愛実がいつもよりも話題に食いついてくるくらいかな」
「なるほど、まだ確信を突かれたりはしてないらしいな」
水瀬の話を聞く限り、まだ七瀬は俺達の関係に気づいてはいないようだ。
正直、少し手伝っているくらいならバレても平気かもしれない。
それでも、誰かが水瀬の家事を手伝うのではなく、代行しているのではないかと疑いを持たれると話が変わってくる。
それは一人暮らしができるスキルがないことを意味するからだ。
そうなると、水瀬の一人暮らしを打ち切りの可能性だって出てくる。それだけは避けたいところだが……。
「水瀬さん? なんで膨れているんだ?」
「別にー。三月君は愛実みたいのがタイプなんだとか思ってませんよーだ」
「いや、別にタイプとかではないよ?」
「本当にぃ? じゃあ、どんな子がタイプなの?」
膨れていた水瀬はちらりと視線をこちらに向けた。微かに興味を持たれているような視線に緊張してしまうが、それを誤魔化すように俺は顔を背けた。
俺の女性のタイプ。そういえば、あんまり考えたことなかったな。
そもそも、あまり女子と関わりのない学生生活を送ってきたのだ。すぐにそんな理想像を思い浮かべられない。
それでも、ここ数週間は水瀬と話す機会が増えた。その中で、俺は色んな水瀬を見てきたと思う。
アホな言動で慌てた表情をする水瀬。大したことでもないのに、どや顔で自慢する水瀬。些細なことで表情をころころと変える水瀬。羞恥の色に顔を染める水瀬。
潤んだ熱っぽい瞳。きゅっと閉じられた桜色の小さな口。絹のように滑らかな肌。金色の艶やかな髪。
あれ、待てよ。俺のタイプってーー
「三月君? 顔、赤いよ?」
理想の女性のタイプについて深く考え込んでいると、俺の瞳を覗き込むような水瀬の瞳が目の前にあった。
余裕そうで、どこかからかうような表情。まるで、俺の想像した理想像を知っているとでもいいたげな表情だ。
水瀬はクラスどころか学校中の人気者だ。当然、本人だってそのことは多少なりとも自覚しているはず。
我が学校で理想のタイプと言われ、水瀬の名を挙げる人が多いということも知っているだろう。そして、俺がそう思っていても、そんなことを本人の前で言う訳がないと高を括っているのだ。
なるほど。この短期間のうちに二回も俺をからかおうとするとは、良い度胸だ。
そっちがその気なら俺だってやってやる。いつまでも優位でいられると思うなよ!
「み、水瀬みたいのがタイプだな!」
「……え?」
水瀬は反論されないと思い込んでいたのだろう。心から驚くような声を小さくあげた。
そうだ。こういう場面で俺が照れて黙ってしまうからいけないんだ。あえて、必要以上に褒めまくることで、こちらが優位に立ってやる!
「ああ、そうだ。水瀬が学校で一番可愛いと思うね! 可愛すぎる顔立ちに、誰に対しても優しい性格。スタイルだっていいし、声だって可愛い! あと、良い匂いするしな!」
「え、えっと、三月、君?」
「それに加えて、アホ属性ときた! ただでさえ二次元みたいに可愛いのに、さらに二次元みたいな属性付加だぜ、参っちまうなぁ! ころころ変わる表情とか、無邪気な笑顔とか可愛すぎるし、今みたいに恥ずかしそうに顔を真っ赤にするところとか、可愛すぎて悶絶しちまうぜっ!! あと、良い匂いするしな!」
俺はろくに息づぎもせず、水瀬の俺を止めようとする声さえも振り切って言葉を続けた。文字通りの褒め殺しのセリフの数々。頭に浮かんだものをろくに整理もせずに、ただただ捲し立てた。なんか重複していたセリフもあった気がしたが、問題はないだろう。
どうだ、水瀬。理想のタイプとやらを言ってやった、ぞ?
「~~~~っ」
勝ち誇ったような表情で水瀬の方を見ると、水瀬は耳の先まで真っ赤にしてぷるぷると震えていた。
羞恥の色で染め上げられた顔は、今にも火でも吹き出しそうなほど赤くなっている。熱っぽくなった瞳はこちらを見つめていたが、やがて恥ずかしそうに背けられてしまった。
きゅっと閉じられた口元は、湧き出る感情を隠すような素振りにさえ見える。
そんな水瀬の様子を見て、俺は一人冷静になっていた。
好きな女性のタイプを答えただけなのに、気がつけば俺は水瀬のことを褒めちぎっていた。それどころか、俺のセリフは聞きようによっては変な勘違いをされるのではないだろうか。
「えっと、これは……返事した方が、いいのかな?」
「こ、コクハクちがう!!」
先程の俺のセリフは勘違いを生むものだっただろう。勘違いするなという方が無理があるかもしれないが、告白するにしてもあんな気持ち悪い告白の仕方は絶対にしない。
勘違いであったことに気づいた後、水瀬の瞳の色が変わるのは早かった。
なんとなく、俺がしたかったことにも気づいたのだろう。水瀬はぷくりと膨れながら、こちらにジトっとした不満げな視線を向けてきた。
「……三月君に、『水瀬さんってスタイルいいよね、良い匂いするし悶絶しちゃう』って言われたって、みんなにーー」
「確かにそれっぽいことは言ったけど意味合い変わってきちゃうからマスコミみたいな言葉の切り貼りやめてください逮捕されちゃうんで本当にお願いします何卒!」
一発アウト並みの発言をクラスメイトに相談されないように、俺は誠心誠意頭を下げるのだった。
うん、今回は俺が悪いな。
今さらながら熱くなってきた自分の体温に気づかないふりをして、俺は水瀬の機嫌が直るのを待つのだった。
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