第11話 買うものはお決まりですか、彼女さん
「おお、想像していたより大きいな」
俺は水瀬に連れられる形で、近くにあるスーパーに来ていた。敷地の広さからも、俺が普段買い物をしているスーパーよりも品揃えはいいんじゃないだろうか。
「ね? 結構人も入ってるでしょ?」
「ああ。正直、水瀬が案内してくれるって言うから不安だったんだが」
「本当に正直に言ったね。ふんっ、別にいいですよーだ」
水瀬は不満げな視線をこちらに向け、少し不貞腐れるように顔を背けた。
料理をしなくても、たまにスーパーに来るのか。そんなことを考えていると、水瀬が歩き慣れたような足取りで俺の先を歩いた。
俺は慌ててかごを手にして、水瀬の後ろをついていくことにした。
まだ何の料理を作るか言っていなかった気がするんだが、水瀬はどこに向かおうとしているのだろうか。
そんな俺の考えを無視するかのように、水瀬は当たり前のような顔をしながらあるコーナーに一直線で向かって行く。疑問を抱きながら水瀬の様子を見ていると、水瀬はそのコーナーの前で足を止めた。
そして、何やら物色をするような目を商品に向けている。
「いや、水瀬。なんで流れるようにお総菜コーナーに吸い込まれていったんだよ」
「え? あっ! ごめんなさい、つい癖で気がついたらここに来ちゃってた」
あはは、と誤魔化すような笑い声をあげる水瀬。そのの表情は、まるで悪いことがバレた子供のような表情をしていた。
「……まさかとは思うが、一人暮らしを始めてからずっとお惣菜しか食べてないとかじゃないよな?」
「さ、さすがにそんなことはないよ! コンビニとか、外食するときもあるもん!」
「なんで女子高生が、独身サラリーマンみたいな食生活してんだよ」
俺が気にしていたのは、買った物ばかり食べて栄養が偏っていないかだったのだが、その心配は見事的中していたらしい。
外食やコンビニのご飯は、野菜不足とか塩分の取り過ぎになりかねない。この歳でそんな食生活をしていて大丈夫なのだろうか?
そんな食生活を続けていれば、肌だってぼろぼろになりかねないーーん?
そこで俺の頭には一つの疑問が浮かんでいた。
なんでこんな食生活をしているのに、水瀬の肌は綺麗なんだ?
油分を感じさせず、ニキビの存在を知らないような肌。絹のように滑らかで適度な弾力がありそうな質感。きめの細かいそれは、他の人とはドット数が違うんじゃないかというほど綺麗だった。
顎に手を当てて、しばらく真剣に考えてみたがまるで分からない。
なぜ肌が綺麗なのだろうか?
「えっと、三月君?」
「なんで水瀬の肌はそんなに綺麗なんだ?」
「え?」
食生活が破綻しているのに、なんで水瀬の肌はそんなに綺麗なんだ。
その前の部分だけはなぜか頭の中に残っており、言葉として出たのは後ろの部分だけだった。
その理由を真剣に考えたがゆえに、俺の顔はいつになく真面目な顔をしており、俺のセリフ回しが少しキザになっていたことに気がついたが、もう遅かった。
「~~っ。そ、その、いきなり外でそんなこと言われると、」
水瀬は急に俺が水瀬のことを褒めたと思ったのだろう。恥ずかしげに視線を逸らして、恥じらいから耐えるように服の裾をキュッと握っていた。
「あ、いや、違くはないんだけど。言葉のあやというかーー」
水瀬の肌は綺麗なので、そこに関して否定するつもりはない。それでも、誤解がないように先程の言葉の意味を述べておこうと思ったのだがーー。
『あらあら、外ではだって。ふふっ、家の中では愛を囁き合っているのね』
『結構なボリュームで言ってたわよ? 『なんで、君はそんなに綺麗なんだ?』ですって! きゃーっ!』
『若いっていいわ~。若いって……いいわ~っ!』
俺の周囲で聞こえるおばさま達のガヤ。それによって、俺は言葉を続けることができなくなっていた。
羞恥のせいで上げられた心拍数のせいで、上手く口が回らない。
なんか俺の言葉が脚色されて別の言葉になってるし、変な想像と妄想を押し付けられて、俺の頭にもそんな愛を囁き合うようなイメージが浮かびそうになってしまった。
「~~~~っ、あぅっ」
そのイメージを振り切って水瀬の方に視線を向けると、水瀬は俺以上におばさま達からのガヤに当てられていた。
もはや熱でもありそうなほど赤い顔。極限まで恥じらいを受けたかのような目元は、微かに湿り気を帯びていて、頭がショート寸前のようだった。
水瀬がおばさま達の変な妄想の中に引きずり込まれそうだったので、俺は水瀬の腕を取ってその場から離脱することにした。
『あら、外では強引なのね? いいえ、外でも、かしらね?』
『お姫様の手を取って颯爽と去る! 『言わなくても分かるだろう?』とか思ってるのよ! きゃーっ!』
『若いっていいわ~。若いって……いいわ~っ!』
遠くからおばさま達のガヤが聞こえて来るが、それを振り切って俺達は野菜売り場に向かって行った。
少し強引に取ってしまった水瀬の腕の感触。変に意識してしまって心拍数がさらに跳ね上がっていたが、俺はそれに気づかないふりをした。
「……うぅ。三月君が、三月君が、公共の場で私を辱めるぅ」
「誤解しかしないような発言には気をつけて欲しいのでそんなことは誰にも言わないでくださいね本当に何卒」
俺が野外で水瀬に変なことをしたとしか取れないセリフを言うのをやめて欲しい。
ていうか、このスーパーの客どうなってんだ!
そんな誰に向けていいのか分からない不満を心の中で叫びながら、俺達の買い物は進んでいく。
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